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地獄寺と漫画

 頭がぼんやりしているので、このところ漫画ばかり読んでいる。
 最近では、『税金で買った本』というのが面白い。
 本好きのヤンキー青年が図書館でアルバイトをしながら、本に関する裏事情やそれにまつわる人間関係が展開するギャグ漫画だ。『税金で買った本』とは、私たちの税金で買われた図書のことである。

 昨年(2024年)11月に出た、最新13刊では、ビブリオバトルがテーマ。作中、女子高生の柴さんがお薦めしているのは、『タイの地獄寺』。
 なんで、この紹介の紹介という形で、今ここでこの本を出すのかというと、理由がある。

 さて、『タイの地獄寺』は漫画ではなく、さりとて小説的な読み物でもない。その名の通り、〝タイ寺院各所にある地獄絵図、及び立体像群〟に関する、早稲田大の修士論文を元に著された、奇怪至極な調査報告である。
 しかし、内容はいたって真面目で、読み終えると色々と自分の周囲の文化や心象に関して、腑に落ちる点があるのだ。


 その点に絞って言うと、

・タイには、昔から仏教儀礼を社会風刺に転用し、娯楽と入り混じる文化的特性があった。

・古くから、国に組織として組み込まれている仏教僧は、世人の道徳教育目的のため、地獄絵図を壁画に描いていたが、1950年頃から近代化に伴い、等身大のコンクリートの立体像も造るようになった。 

・広く人々に受け入れられるために、想像力を駆使した結果、土着の精霊やドラえもんなども含む、グロテスクだが、どこか滑稽味のある地獄ジオラマが誕生した。


 私はここ数年、漫画とは何と心が安らぐんだろうと大変助けられていた。
 葛藤があって、冒険があって、テーマに沿った落着がある。怪奇・妖艶かと思うと、教訓があり、自分でなくてよかったと安堵する。
 限られた日常のなかで、様々な体験と人生の予習ができるのだ。
 地獄寺は仏教の教えにすら、おおらかに娯楽的表現を取り込んでいる、という趣旨があった。すると、日本における漫画もやはり、形を変えた仏教説話なのかなと思ったのである。

 私個人は特定の宗教を信仰しているわけではない。自分の道徳観念と相性が良さそうな部分や、昨今真実らしいと感じられるものを、ほどほどに取り入れたり、アップデートしたりしている。
 そういうとき、何を指標に? と問うと、今現在まで、日本文化が育んで来た、人々の一般通念と、時にそれを疑えと突き付けてくる意見であり、この両方を漫画はよく満たしている。
 日本では、神道・仏教ともに頷き合いの文化であり、日本人の他者に対する規範的なスタイルは、かなり他者を尊重した、ヒトとして成熟したもののように思う。漫画を読むのに宗派は問わないし、説教話だと思って読むと面白くなくなってしまうだろうから、そんな風に思わなくていい。でもそこには、自己と他者の最も心地良い関係を追及する、まさに何千年にも及ぶ人間教育の賜が、著者と読者の間で対話され、自然と理想形を造っているようにも感じられるのだ。


 仏教によると、我々附近の六界として、

  天界・人界・阿修羅界・畜生界・餓鬼界・地獄界

があるそうである。

 日々生きていると、他者に対してガキとかチクショーとか内心罵ることもある。こういうとき、私の心は相手の非道さや盲目さに餓鬼界や畜生界の住人を感じる。同時に、己れのなかの怒りを阿修羅とも感じる。
 こうした事を、ちょっとスッキリさせてくれるのが漫画である。

 そんな漫画みたいなことないよ

なんて言わないで、自分が、少しでもそんな漫画みたいなことになれるといいなと思う。ムリせず、自然に。


参考図書

『税金で買った本』 原作ずいの/漫画系山冏(けいやまけい)(講談社)
『タイの地獄寺』 椋橋彩香(青弓社)

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三辻匡(みつつじたすく)
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