ひとり哲学カフェfuba

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時間軸の認識を変えるだけで、時間の使い方が勝手に変わっていく

時間は誰にとっても一律に流れる しかし流れのとらえ方は一律ではない 川に例えてみよう 川は上流から下流へと滔々と流れている 川の岸辺に立ってみる 水面に目を凝らすと、石に水があたってしぶきがあがっている 上流側に目をやると、草に覆われた岸辺の向こうに山が見える 目を閉じて水の音を聞く。複雑な音に自らの心を投げ込む この大量の水はどこから来て、どこに流れ着くのか、と考えてみる 目の前に流れる水はいつどこで生まれた水か。 川は話さない。だが、いろんな角度で語りかけてくる 時

    • 思考力ではなく思行力が大事だなと、つくづく感じた今日このごろ

      「よく考えてから行動しなさい」 一見とても正しそうにみえるが、 実はとても危うい物言いだ 逆に言えば、 「よく考えなかったら行動してはいけない」 ということになる。 何でもあたりかまわず行動していて、 時には内省も必要だ、という人には この言葉は少しはためになるかもしれない。 しかし、今の時代、 むやみやたらと行動することがしきりに危ないと 控えられる世の中だ。 あえてリスクを冒す必要はない リスクを冒して失敗するのは敗者のやることだ 何もしないのが一番賢い そんな

      • 勇者、生と死をめぐる冒険

        「勇者よ、聞け。 おまえは勇者オルゴの血を引くもの… 世界を闇から救うため、魔王バラモスを倒すのだ!」 アリアハンの王から告げられた使命。それは、16歳になったばかりの私に課せられた、あまりにも大きな試練だった。父オルゴは、かつて世界を闇の淵から救ったとされる伝説の勇者。しかし、私が生まれる前に魔王討伐の旅に出たきり、二度と戻らなかった。 「父のように…」 私は決意を胸に、仲間を集め、旅立った。最初は、世界を救うという大義よりも、伝説の勇者の娘として、その名を汚さずに

        • 一日一つ、どんなに小さくてもいいから昨日まで一度もやらなかったことをする

          偉そうなことでなくていい 変わったことでなくていい 誰かにアピールするためではなく 自分の心のざわめきに耳を傾けるため 人間が生きるために必要な機能は飽和した。 人間の幸せのために必要な役割は枯渇した。 機能を求めた人間は、逆に機能に飲まれはじめた。 役割を疎んだ人間は、逆に役割を求めはじめた。 心をざわつかせるものが無くなった昨今 心をざわつかせるものへの渇望が生まれた。 誰かのためでなく、私の生命を活かすために 私の生命を保ってくれる全てに恩返しをするために。 形な

        時間軸の認識を変えるだけで、時間の使い方が勝手に変わっていく

          ドラクエでモンスターを倒すとなぜゴールドが手に入るのか

          魔王を倒すために旅立つ勇者一行は、いわば職業軍人だ。 リアルな軍人は、政府などの雇い主からギャラをもらって稼ぎとする。 いわばサラリーマン。 しかし、ドラクエの勇者は誰かに雇われているわけではない。アリアハンの国王に激励はされたが、給料は全くもらっていない。 稼ぎはモンスターを倒して獲得するゴールドだ。 モンスターがなぜゴールドを持っているのか。 ゲームだからツッこんでもしかたないのだが、ここに意外な示唆がある。 それは、人間社会でもモンスター社会でも共通の通貨があるとい

          ドラクエでモンスターを倒すとなぜゴールドが手に入るのか

          耳鳴りはプレゼント。現実と幻覚を意図的にオーバーラップさせる自主トレが意外と楽しい

          耳鳴りが最近よく聞こえる。 耳鳴りは物理的な音の感覚ではなく、神経のトラブルから聞こえるように感じる幻覚の一種だ。 他の人には聞こえないものが聞こえるのは、わずらわしい一方で面白くもある。 何にしても人間の外界を知覚する感覚の不確かさを心に刻み付けてくれる。 そんなとき、私は耳鳴りを現実の音だと思い、外界から知覚する音を幻覚だと思うということを試している。 なぜそんなことをするのか。 最初は耳鳴りにストレスを感じないようにするため、無視しようとしたが、聞こえるものは聞こえる

          耳鳴りはプレゼント。現実と幻覚を意図的にオーバーラップさせる自主トレが意外と楽しい

          定番のライフスタイルからはみ出す時間の大切さ

          何もしなければ水は高いところから低いところに流れる。 流れ続けると水の道ができ、その道だけに水が流れるようになる。 水によってどんどん土が削られ、ますます彫りが深くなる。 人間のライフスタイルも毎日同じような生活をしていれば、それがはたから見てどんなに変でも、本人は違和感を感じることはなく過ぎていく。 そこから脱却する一つの道は、 まだ実現せぬライフスタイルをありありとイメージして、 それが実現しているかのように振舞うことだ。 脳はリアリティが全て。それが現実かどうかは判断

          定番のライフスタイルからはみ出す時間の大切さ

          「毎日NOTE」で身についた?最後の最後に踏みとどまる我慢

          今日でNOTEをはじめてから20日連続投稿となる。 毎日、日付が変わるギリギリで何とか投稿にこぎつける。 夏休みの宿題を8/31に着手していた頃とあまり変わらない。 でもそういうキャラクターだと受け入れること、 その上でどう自身に対策できるかを斜め上から自分を見て考える そんな心の持ちようが大事だと改めて思う。 連続投稿したって中身が伴わなければ意味がないという考えもある ただ、そうしてせっぱつまらない状況で、自身で管理して進めていけるか それは自分の過去の実績からして大い

          「毎日NOTE」で身についた?最後の最後に踏みとどまる我慢

          仕事や人生をゲームに見立てると得すること

          AIに聞いてみた。 仕事や人生をゲームに見立てると、得すること。 目標達成へのモチベーション向上: ゲームには明確な目標やレベルアップがあり、それを達成することで達成感や報酬を得られます。人生や仕事にも目標設定とその達成による報酬を設定することで、ゲーム感覚でモチベーションを高く維持しやすくなります。 困難を乗り越えるための創意工夫: ゲームでは、困難な状況を打開するために、様々なアイテムや戦略を駆使します。人生や仕事においても、問題解決のために創意工夫を凝らし、試行錯誤

          仕事や人生をゲームに見立てると得すること

          自分、何してんの!?というツッコミに、後ろを振りかえっちゃうボケ

          今日、「ハラスメント」という言葉を聞かない日はない。 人権の侵害は悪だ!という主張の奥に、誰からも否定されたくないという弱さも見え隠れする。 しかし、否定される経験がなければ、自分の行動を改める機会はかなり失われてしまうという弊害もある。 そんな世の中では、自分で自分を律する能力を身につけることが必要だろう。 人間はその本能として「変わりたくない」というモチベーションを持っている。否定されるのを恐れるのも、そこに対して攻撃されたと感じるのを防衛する本能から来ている。 では

          自分、何してんの!?というツッコミに、後ろを振りかえっちゃうボケ

          ニーチェの「超人」を語るタカシとユキ、そして屋台のおやじの物語

          カフェを出て、夕暮れの街を歩くタカシとユキ。哲学談義は尽きず、二人はニーチェの超人について深く理解しようと議論を続けていた。 「でもさ、タカシ、超人ってなんか抽象的で、イメージしにくいよね。具体的にどんな人のことを言うんだろう?」ユキは首を傾げながら言った。 その時、彼らの前に一台の屋台が現れた。赤ちょうちんに照らされたその屋台には、大きく「超人」と書かれた看板が掲げられている。 「超人…ラーメン?」タカシは怪訝な顔をした。 ユキは好奇心を抑えきれず、「ちょっと面白そう

          ニーチェの「超人」を語るタカシとユキ、そして屋台のおやじの物語

          金曜日の夜は、風のことがやたら気になったという話

          「決戦は金曜日」 そんな歌が大ヒットするくらい、金曜日の夜は盛り上がるのが普通だ。 みんな気分アゲアゲになる中で、私の今はとても静かにしっとりしている。 暑いので扇風機をつけたら、風が吹いてきた。 扇風機から流れ出る風の音は、私の心をより落ち着かせる。 まわりに雑音があるとむしろ心がシャンとするのと同じだ。 風はとどまることはない。風であるゆえんだ。 だからどこかしら、ものさびしくあり、うらやましくもあり。 生命の本質は風のようなものだ。ずっととどまることはない。 せっ

          金曜日の夜は、風のことがやたら気になったという話

          NOTEをはじめて2週間後のビフォーアフター

          あるきっかけから奮い立って、NOTEの公開をはじめたのが8月22日。 今日がちょうど2週間になる。 読まれることを意識しない、かつ意識する、という矛盾の両立。 そんな野望を持ってスタートした。 振りかえってみてみたい。 1 予想よりはるかにビューしてくださる 開いたものの、誰一人として来ないお店のようなイメージを持って始めた。 しかし、投稿した直後から見てくださる人がいて、とても驚いた。 せっかく見てくださった方に、何か一つでもお土産になるものがあれば。 そんな気持ちが生ま

          NOTEをはじめて2週間後のビフォーアフター

          光陰矢の如し

          「ひかりより はやくちるのは いのちなりけり」 宇宙の歴史、地球の歴史、生命の歴史からしたら、 一人の人間の一生など、感知もできないほど一瞬のまたたきだろう。 その全てのまたたきを視界に収められたらどんな景色だろう。 そのはかなさに、日本人としての美意識がある。 桜はすぐに散るからこそ、いとおしく美しい。 ほんの命のかけらだからこそ、その命を使いつくしたい。 ただ長く生きることがすばらしいのではない。 生きることでどれだけ未来にバトンをつなげたかだ。 光陰矢の如し、はか

          人生は足し算でなく引き算

          人間にはキャパシティがある。 時間も空間も能力も限界がある。 どんなに足していっても、足したそばから漏れ出ていく。 足し続けることはおろか、保ち続けることも簡単ではない。 人間にはキャパシティがある 時間も空間も能力も限界がある。 だから引いていって一番大事なところを残す。 最初からあるものから削り出すことはできる。 足すものは自分の中にないもの 引くものは自分の中にあるもの 砂時計がたゆまずサラサラ落ちるように 満タンだった砂は、いつの間にかすべて無くなる。 人生は足

          人生は足し算でなく引き算

          生きることは死に向かって進むことである、をどうポジティブに解釈するか

          生きるということは死に向かって進むということである。 死とは終着点であるのか、通過点であるのか。 そこを目的とするなら終着点であって、そこから先が目的なら通過点である。例えば、名古屋から東京に行く。東京が目的なら終着点だし、仙台が目的なら東京は通過点であるのと同じ。 誰もが死ぬために生きているとは思いたくない。 東京で不幸なことが待ち受けているが、静岡で気晴らしして楽しもうという考えだと、本当に心から楽しめるだろうか。 頭のかたすみには東京に着いたら何もかも無くなって

          生きることは死に向かって進むことである、をどうポジティブに解釈するか