はじまりの歌 公園にて

 知っているだろうか?私がここにいることを?あなたは何度たずねただろう?ここに世界があるかどうかを。鳥たちの声がする。私は心ここにあらず、ぼんやりとベンチに座っている。疲れたよ。かなりの疲れを感じていた。図書館で1時間半は本を読んだのだ。まるで、本を読むことじゃなくて、本を読むという行為に価値があると、思っている自分を発見する。人がいなくなった。瞬間的に誰も周りにいなくなった。人の流れ的に、そんな季節、そんな場所があるんだ、とうれしくなる。普段は人の多い場所なのに、人が行き交う場所ななのに。公園は工事をしているらしく子供も少なく感じる。休日だからもっと多いのかとも思ったが。少しずつ慣れてきている。少しずつ人混みにも慣れてきている。私は私の将来を感じて、暗い気持ちになる。また戻るのだろうか?私はまた元の自分に戻るのだろうか?人間的には成長できなくても、何らかの役に立てる人間になるだろうか?役に立つことにのみ価値を置くわけではないが、一つの考え方だと思う。だご、やはり自分には小説を書く、文章を書く、ことか合っていると思う。だから、教えてくれ。私が何をすべきか?最近嫌なのは、ホンを買っても読まずに放置していること。図書館という場なら、読めるので、図書館に本を持っていって読んでもいいかもしれない。実際やってみようと思う。月並みなものになった。だが、そこに刺激はある。私にとって何らかの刺激があるのは良いことだ。本屋さんに行こうと思っていたが、本を積読してる現状から考えると、あまり良い結果は出せないだろう。とりあえず、今は本を図書館で読めることが大事である。そこは、プラスにとらえていこう。

 改行を適切なタイミングでして、といつも思っているが、いつもそんな意識がないので、改行がなくなってしまう。まさに言い訳すると、それも私流なのだ。中日の落合監督のオレ流みたいだな。自分の流儀を貫くと、反発もあったりして大変だよなあ。
 さて、話は、かわり、わたしニルの未来について。いや、メンタルがどんどんとうふちゃんになってきている件について、このままじゃいけない。人混みに慣れたり、人と接することに慣れなければいけないと思う。チャットアプリで、ある方がVRチャットはどうかと、すすめてくれた。帰ったら、パソコンでやってみようか。それにしても、外にいるときは寒さをそこまで感じないのは良いことだろう。今でも、まだ外にいる時間は2時間くらいか。もう少しいれそうなので、頑張ってみる。今度は自習室で、村田沙耶香さんのコンビニ人間を家から持ってきているので、読もうかなと思う。冒頭読んだ気がするが、どんな作品だったか、あまり記憶がない。それよりも、川上未映子の乳と卵のほうが、長く冒頭読んだ気がする。文体的には川上未映子、村上春樹、カズオ・イシグロの流れに連なるほうが、好きらしい。記憶や内面意識、の表出を物語という形で行えるのは理想である。今のところ、私にはそこまで挑む力がない。ただ、自意識のみを垂れ流している気もする。

いいなと思ったら応援しよう!