妖精の涙

 どこにもない穴の中に私はひとりで入っている。どこにもないのに、あるのか?という疑問はわかる。もっともな意見だ。私は、その穴を私の心の 中が生み出した穴だと結論づける。つまり、現実の物理世界のどこにも存在しないが、私の心の中にだけある穴だ。穴はいろんなものが、埋まっている。主に、ジブリ作品の「もののけ姫」や「海がきこえる」といった映画から、テニスのラケットやら(そのラケットは白いグリップテープが巻かれた黒いラケットらしい)。その中にガラスの小瓶が入っていた。中には妖精が入っている。とても可愛らしい小さな妖精。ピーターパンでいうティンカーベルと言いたいところだが、男である。(少なくとも、その表情と仕草からは、中年のおじさんを思わせる。動作も遅く、動きもぎこちない)そして、妖精は瓶から出ようともがいている。瓶は鏡のように反射して、中を照らしている。瓶の中で、妖精は常に自分自身を見ている状況である。妖精はたまらず本を読みだした。題名は「瓶から出る本」だ。その瓶はどこにもないような奇妙な形をしている。通常の瓶とは違い、虹の中の象を思わせる特殊なつくりをしている。このような常軌を逸した比喩について、彼は本の中で触れながら、ときに怒り、ときに泣いて、感情を豊かに生きている。彼の過去は、どんなものだったろうか?鏡の中にその過去が映し出される。昔は、とても裕福な家庭の子どもだった。妖精学校でも、トップクラスの成績だった。スポーツ万能で、ホッケーを好んでやっていた。外国語は3つしゃべることができる。(今ではほとんど忘れてしまい、昔のこととして、彼の記憶の中では保持されているらしい)ここにある多くのものごとが、穴の中から出てきているというのに、きっと穴の中に小瓶はない。つまり、この小瓶は穴そのものでもなく、穴にあるものでもなく、穴をこえた何か?ということになる。さらに、そのこえた何かの中にいる妖精とはいったい何者であろうか?美しい妖精でもないのに、彼はなぜ存在を許されたのか?なぜ存在を明らかにされたのか?彼は泣いている。いつの間にか、泣き始めている。彼は、何かを思い出したのだろう。そこには、彼の母親と父親の姿があった。彼らは、老いていたが、彼のことをとても心配そうに話していた。彼は、その姿を見て、泣いたのだった。何かを見つめ続ける1人の穴の中の小瓶に住む妖精。彼が見つめ続けていたものは、何だったのか?どこからか、始まった物語が、穴の中に落ちていく。静かに静かに落ちていく。どこまでいっても、おちくたびれはしない。

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