のうにふれたよ
あの時確かに脳に触れた。
同じ時間帯にずっとバイトのシフトを入れているため全てに慣れて飽き飽きしていた頃。
いつも最後の作業にイートインスペースの清掃をする。これが相当しんどい。机拭いて椅子を上げて床掃いてモップかけて。そしてゴミ捨ててモップ洗って、飲み残しの容器を洗って。
日によって汚され様はもちろん異なるわけだが、ひどいときはおにぎりの具が床に落ちているときもある。それを見た時はさすがに可哀そうだなって思った。でも拾えよ。あんたの胃に入るべきものが汚ねぇ床に散ってんだぞ。
飲み残しの容器を洗うのも決して楽ではない。ろうとのような金具とその下のポリタンクをバシャバシャあらうわけだが、ポリタンクの中に入っているものは液体だけじゃないというのは同じ業種の人ならわかってもらえるだろう。
そう。なんかいろいろ固形物も入っているのだ。
最も多いのは麺類。食べきれなかった、あるいは一口食べてそんなに好きじゃなかった麺が飲み残しに捨てられている。正直それは全然いい。わざわざ麺だけ箸でよそってゴミ箱に捨てるなんてそんなのは勧めない。ただ、まぁ、家で食べてよとは思うくらい。
バイトの一番最後の作業にこれに触れるもんだから、とても気が滅入る。私は人の食べかけとか飲みさしを、他人はおろか家族のものも食べることができない。そんな私が他人の、誰かもわからない固形物を目にし、それが触れた容器を洗わなくてはならない。
その日もシンクの排水溝に向けてじょばじょばとポリタンクを傾けて中に入っているものを流した。すると、中からコーヒーフレッシュとコーヒーシロップのプラスチックが、ボトッ、ボトッ。
うわ
でた~
きっしょいね~
間違えて入らないものが入っちゃってるじゃん。入れようとして入れてるじゃん。これは。
流石にこのまま残すのはよくないと思ったので、袖をまくり排水溝に手を伸ばして麺類にまみれたそのプラスチックを取り出そうとする。
麺に触れる。プラスチックに触れる。プラスチックをつかむ。ゴミ箱に捨てる。
プラスチックを飲み残しに捨てた奴はこの一連を想像していないことだろう。今頃何してんのかな。家で寝てんのかな。恋人と一緒なのかな。もしくは家で一人つまんねぇYouTubeでも見てんのか。
排水溝に手を突っ込んだ時、確かに脳に触れた。間違いなかった。触れていないけど、確かに触った。
脳の中からプラスチックを摘出した。それをゴミ箱に捨てた。だからあいつは忘れた。ポリタンクに捨てた自分の小さな嫌な部分を。意識することなく、それを人に振りかざす毎日を送ることだろう。
脳に触れたその手を洗った。しつこく洗った。
そしてまたポリタンクと金具を所定の位置に戻し、バイトを上がった。
こういったことは別に珍しくはない。お箸とかもよく捨てられる。しかし箸では触れられない。あれは引き抜くもので、触れられない。
寝る前もう一度左手を見た。
その手で頭を掻いた。
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