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科学と聖書にまつわる随想(38)

「トンネル効果」

 電気伝導のメカニズムは一つではありませんが、基本的には、金属などの場合のように、電子(自由電子)の移動によるのが最も一般的です。つまり、ある物質がどれだけ電気を通し易い材質であるかということは、その中に自由に動ける電子がどれだけたくさん存在するかで決まると言えます。そして、それはその材質を構成する原子・分子がどのように結合してできているかに依存します。

 原子間の結合の仕方としては、共有結合が最も基本的な形態と言えるでしょう。原子の電子軌道の一番外側にいる電子を価電子と呼びますが、隣合う2つの原子が互いにそれぞれの価電子を共有することで安定状態となって結び付くのが共有結合です。このように結合に使われている電子は、その場から動くことができませんので自由電子にはなれません。したがって、このようにして構成されている物質は、絶縁物ということになります。ただし、温度が非常に高くなったり、波長の短い(光子のエネルギーが大きい)強い光が照射されたりして、そのエネルギーを電子が受けて束縛から逃れることができると、自由の身になって動き出すことができる状態にもなり得ます。

 シリコン(Si)は、元素の周期律表で1段上の炭素(C)と同様にダイヤモンド構造の結晶を作ります。その際の原子間の結合は共有結合ですので、基本的にはほぼ絶縁物です。しかし、電子が共有結合の奴隷状態から解放されるために必要なエネルギーがそれほど大きくない、という特徴があります。したがって、ちょっとしたことで自由電子が発生して電気が流れる状態になります。こういう中途半端な性質なので“半導体”と呼ばれます。金属などの場合は、温度が上がるほど原子の振動が激しくなって電子が移動する際の衝突回数が増えるので電気抵抗が大きくなりますが、半導体の場合は、温度が上がるほど、エネルギーを得て動き出せる状態の電子が増加し抵抗が小さくなる、という逆の特性を持っています。

 シリコンが、半導体としてこれほどまでに現代の私たちの生活に欠かせない存在になった要因として大きな要素は、地球上に豊富な資源であることとともに、もう一つは、半導体であるが故に、以前の記事(8)にも記しましたように、不純物の添加によって電気伝導性を様々に変化できるとともに、酸化することによって非常に良質な絶縁物にもなる、ということです。シリコンの酸化物は$${\rm SiO_2}$$、つまり、石英で、ガラスの主成分でもあります。結晶化したものは水晶です。ですのでシリコンは、不純物を注入したり、炉に入れて表面を酸化したり、という処理をすることで、電気の通り道を様々に操ることができるようになる訳です。

 電気信号で電気の流れをコントロールする基本要素が“トランジスタ”です。トランジスタには大きく分けて2種類あるのですが、ここではデジタルICの基本要素である“電界効果トランジスタ(FET:Field Effect Transistor)”を前提として取り上げます。FETは、“ゲート”と呼ばれる電極がシリコン酸化膜($${\rm SiO_2}$$の薄い膜)を挟んでシリコン基板の表面に設けられています。ゲート電極には昔は金属が用いられていましたので、この3層構造をMetal-Oxide-Semiconductorの略でMOS構造と呼びます。トランジスタは、ゲート電極に電圧を加えることで、その下にあるシリコン表面の部分の電気の流れ易さをコントロールします。電流に対して“門”の働きをするので“ゲート”と呼ばれます。このゲート電極の下の電気が流れる部分のことを“チャネル”と呼びます。完全に電流を切ってしまう(OFF)状態と、もうこれ以上は流れない(ON)状態、つまり、0と1との間を切り替えて使うのがデジタルICです。

 ゲート電極とシリコン基板表面との間のシリコン酸化膜の中に、もう一つ電極層を入れた構造のものがあります。このもう一つの電極は、シリコン酸化膜の中に隔離されていてどこにも繋がっていません。宙に浮いた状態なので“フローティングゲート”と呼ばれます。ただ、そもそもゲートの下のシリコン酸化膜は非常に薄いもので、さらにその間にフローティングゲートが挿入されていますので、フローティングゲートとシリコン基板との間の酸化膜は輪をかけて薄いものになっています。

 シリコン酸化膜はもちろん絶縁物です。ですから、絶縁物に囲まれているフローティングゲートは絶縁孤立状態で、そこに電流が流れて電子が行くことはできません。ところが、実は、電子は粒子としての性質と波動としての性質の二重性を持っており、絵で描くように粒として見えるものではなく、不確定性原理によってその存在場所を特定することができず、ある広がりを持って存在確率を定義することしかできないものであるのです。したがって、絶縁物があったとしてもその中にも存在確率の広がりがしみ出して、ある確率でその中にも電子が存在し得ることになります。そして、絶縁物が非常に薄いと、その向こう側にまで存在確率の裾野がはみ出すことがあり得ます。そうすると、間に絶縁物(薄いシリコン酸化膜)があるにも関わらず、いつの間にか電子がすり抜けて向こう側に行ってしまっている、という現象が起こり得ます。いわば、山の向こう側へトンネルをすり抜けて行ってしまったような現象ですので、これは“トンネル効果”と呼ばれます。絶縁物の両側に高い電圧を加えるほど、電子のエネルギーが大きいほど、電子がトンネル効果ですり抜け易くなります。

 USBメモリやSDカード、パソコンのSSDなどに用いられているフラッシュメモリは、このフローティングゲートを持つトランジスタが記憶素子になっています。ゲート電極に通常動作時以上の高電圧を加えることで、薄いシリコン酸化膜をトンネル効果ですり抜けさせてフローティングゲートに電子を注入することにより、データを書き込みます。一旦、フローティングゲートに注入された電子は、周りが絶縁物で囲まれて孤立状態ですので、再び逆向きに高い電圧が加えられるまでは逃げ出すことができず、したがって、電源を切ってもデータが記憶されることになるのです。

 絶縁物をすり抜けて向こう側へ行ってしまうのは、まるで空をすり抜けて天の御国に迎え入れられるようではありませんか。

「それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」

(テサロニケ人への手紙第一4:17 )

 私たちが地上にて生きている間に、肉体の死を経ずして天に携え挙げて頂くことができたなら、なんと幸いなことでしょうか。
 主よ、来てください。


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