科学と聖書にまつわる随想(24)
「長調と短調(その2)」
創世記の記述によれば、人が創造された時、どのような言語かは分かりませんが、既に音声を用いてコミュニケーションがなされていました。声を用いて意思や感情を表現しようとする場合、声に抑揚やリズムを付けて“歌”に相当する形のものは自然に生まれるものだと思います。体を動かして表現するところから“踊り”が生まれるのも同じでしょう。
歌が生まれると、声以外の音を出してそれに調子を合わせるために、楽器が作られるのも自然な流れだと思います。聖書の記述で最初に登場する楽器は“竪琴”と“笛”のようです。
また、創世記には“タンバリン”についても記載されていますし、その次の出エジプト記では“角笛”が登場します。
旧約聖書の時代から、“歌”を歌うという文化は人類に定着していたようです。その頃にどんな“歌”があったのか、曲の区別を表す“~~の調べ”という記述をピックアップしてみると次のようになります。
アラモテの調べ (歴代誌第一15:20,詩篇46)
第八の調べ (歴代誌第一15:21,詩篇6 )
ギテトの調べ (詩篇8,詩篇81,詩篇84)
ムテ・ラベンの調べ (詩篇9)
「暁の雌鹿」の調べ (詩篇22)
「ゆりの花」の調べ (詩篇45 )
「マハラテ」の調べ (詩篇53)
「遠くの人の、もの言わぬ鳩」の調べ (詩篇56)
「滅ぼすな」の調べ (詩篇57)
「さとしは、ゆりの花」の調べ (詩篇60 ,詩篇80)
「ゆりの花」の調べ (詩篇69)
エドトンの調べ (詩篇77)
マハラテ・レアノテの調べ (詩篇88)
シグヨノテの調べ (ハバクク書3:1 )
実に様々な曲があったことがこれだけでも分かります。これらの曲がどんな調子の曲だったのかは知る由もありませんが、歌の伴奏に竪琴や笛が用いられていたとすれば、竪琴の場合は弦の長さで、笛の場合は管の長さで、出すことのできる音の高さは制約を受けることになりますから、何がしかの音律に従う音程でメロディーが奏でられていたのではないかと推測されます。
順序としては、声による歌が先で、それに合わせるために楽器が作られたはずですから、楽器の持つ音律は、歌に込められた感情や表情を上手く表すことができるように調整されたに違いありません。つまり、人間の感情などの内面的な景色と、音のどのような景色とが繋がるかということは、声は人が自発的に出すものである以上、最初から決まっているのであって、それに合わせて表現したいことを上手く補助して再生できるように音律が定まって行った、というのが自然な流れなのではないでしょうか。例えば、太鼓の音色にしても、重低音で腹に響くような大太鼓の音色と、ポンポンと軽い小太鼓の音色とでは、前者は人に恐ろしさ・重大さ・深刻さを感じさせるのに対し、後者は剽軽さ・楽しさ・軽快さを感じさせます。そして、これが逆に感じられることはおそらく無いでしょう。やはり、音色と、それを聞いた時に起きる内面の動きとの間には、生来の関係性があるように思えます。
とするならば、明るく楽しい雰囲気を表す音の響き、暗くもの哀しい気持ちを表す音の響き、というものが、人が創造された段階からDNAにプログラムされたものとして先にあり、それを西洋音楽の音律で表すと、前者は長調の和音や音階に、後者は短調の和音や音階に対応する、ということなのではないでしょうか。そのため、結果的に、長調で演奏すると明るく楽しく、短調の曲は暗く哀しく聴こえる、ということになるのではないか、というのが筆者の考えです。つまり、長調だから楽しく、短調だから哀しく聞こえるのではなく、楽しく感じる音律が西洋音楽では長調に当たり、哀しく響く音律が西洋音楽では短調であるに過ぎない、ということです。
これは、自然界と数学の関係に似ている気がします。自然界の物理法則は神(創造主)の作品であって、天地創造の初めからあるものです。それを人間が知性で解釈して、数学で表現すると、一般に“~~方程式”と呼ばれるような数式になります。しかし、決して自然界がその数式に従って動いている訳ではありません。もちろん、例えば、Maxwell方程式から電磁波の存在が理論的に示されたように、数式から予見された事柄が自然界において後から発見・確認された、という事例もありますが、決して数式の方が先にあった絶対的存在ではありません。数式で表現されるのは、あくまで理想化されたモデルであって、現実は理想とは必ずズレていて、もっと複雑なものであるはずです。人の知恵には必ず限界があることをわきまえる謙虚な姿勢が、科学者には求められるのだと思います。
ちなみに、重低音は地響きのように下から沸き起こるように聞こえるのに対し、鳥のさえずりのように高い音色は空から聞こえて来るように感じることは、音の周波数の大小と物理的な上下関係との繋がりが生まれた要因だと思われます。
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