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科学と聖書にまつわる随想(20)

「スペクトラム拡散通信」

 昔、アメリカのテレビドラマで「バイオニック・ジェミー」というのがありました。事故で瀕死の重傷を負った女性が手術で助かるのですが、その手術によってサイボーグ化されて超人的なパワーと能力を持つようになり、その特殊能力を用いて諜報員として活躍する、という内容のSFドラマです。その特殊能力の一つに驚異的な聴力がありました。ジェミーが耳をピクピク動かすと、ずっと離れたところの人の会話を盗聴器のように聴き取ることができるのです。周囲がガヤガヤとした雑踏の中でも、狙いを定めたターゲットの人物の話声を遠くから聞き取ることができるのです。

 「バイオニック・ジェミー」はSFなので作り話ですが、雑音に埋もれた非常に微弱な信号を取り出すことは、もちろん仕掛けは必要ですが、電子計測の技術としては不可能なことではありません。その基本的な手法としてロック・イン検出と呼ばれる技術があります。観測したい信号がある一定の周期(Tとします)で変化する特徴を持つように環境を設定します。例えば、光センサの信号を検出する場合であれば、照射する光を周期Tで点滅させます。そして、センサから得た信号をTと同じ周期で、正確に半周期毎に極性を反転させ、それを平均化します。そうすると、ノイズ成分はTとは関係がありませんから、周期的に極性を反転させると、ある時は+、ある時は-になるので、平均化すればキャンセルしてゼロになります。しかし、Tと同期して増減する信号成分は、うまくタイミングを合わせると+の時はそのまま、-の時は極性が反転して+になり、常に+同士となって信号が残ります。こうして不要なノイズを抑え込むことで、ノイズよりずっと小さな信号でもきちんと検出することができるのです。

 スマホやWiFiなどの無線通信に用いられている“スペクトラム拡散通信”も、原理はこれとは異なりますが、ノイズに埋もれた信号を取り出す、というところは共通しています。スペクトラム拡散通信の場合は、伝えたい情報をわざとノイズに紛れ込ませることで、通信の秘匿性を担保するのが目的で、元々は軍事用の技術として進歩してきたものです。その手法はいくつかありますが、基本的な考え方は次の通りです。

 伝えたい信号をある2進数の0/1パターン(スペクトラム拡散符号)に従って極性を反転させ、それを電波に乗せて発信します。その乗り物になる電波のことを“搬送波(キャリア)”と呼びます。電波で通信をする場合、アンテナの寸法は電波の波長と密接に関係しますので、必然的に搬送波の周波数はある程度高い周波数になります。一般に、無線に使われるような周波数のことをRF(Radio Frequency)といいます。搬送波に情報を乗せるために、その情報を表す信号に従って搬送波の周波数や振幅などを変化させる訳ですが、その操作を“変調”といいます。そして、その情報を表す信号のことを“変調信号”といいます。搬送波が変調を受ける前は、搬送波の周波数の1つの成分しかありませんが、変調を受けると元の周波数の上下に少し周波数がズレた成分が生まれます。横軸に周波数、縦軸に信号強度をとったグラフのことを“スペクトラム”と呼びますが、搬送波が変調を受けると搬送波の周波数の周りにスペクトラムが少し広がることになる訳です。そして、その広がり方は変調信号の周波数が高いほど大きくなります。ところで、スペクトラム拡散符号に従って極性反転された信号は、元の信号よりもずっと細かく+/-に反転しているので、ずっと周波数が高い信号になっています。したがって、これを変調信号として搬送波を変調すると、そのまま元の信号で変調した場合よりもずっと幅広くスペクトラムが広がることになります。これがスペクトラム拡散と呼ばれる所以です。

 電波を受信した側では、まず、搬送波から変調信号を取り出します。これを“復調”といいます。まだこの段階では、取り出された変調信号はスペクトラム拡散符号で+/-反転された状態ですので、同じ符号で再度+/-反転して元の信号波形に戻します。この操作を逆拡散といいます。この時、送信側で用いたスペクトラム拡散符号を知らないと、復調した信号から元の波形に戻すことができません。言わば暗号化された状態で電波で飛んでくるので、拡散符号の鍵を持たない第三者にとっては単にノイズにしか見えず、通信の秘匿性が非常に高いという訳です。

 例えば、写真をシュレッダーにかけたように細かく短冊状に切り分けて、その順番を入れ替えてしまうと、ゴチャゴチャして何の写真か訳の分からない絵になってしまうでしょう。単にノイズの状態です。しかし、どの順番に入れ替えたかという情報を持っていれば、それを正しく元の状態に戻して何の写真だったかを知ることができるでしょう。また、マークシート式の試験で、マークシートを塗りつぶして答えた答案は、パッと見ではあっちこっちに黒いマークがバラけて単にノイズの状態で、どれが正解でどれが間違っているかも分かりません。しかし、正解の部分だけ穴の開いたテンプレートを被せてみると、そこから見える黒いマークを数えればすぐに採点をすることができます。この場合、このテンプレートがスペクトラム拡散符号に当たります。

 発信者が用いたスペクトラム拡散符号を知らない者にとっては、空中を飛び交っている電波に乗っている信号は単にノイズにしか見えません。神(創造主)のことばも、私たちの住む世界にちりばめられていますが、それを聴き分ける鍵を持たない人にとっては、単にノイズでしかないかもしれません。その鍵とは聖書に他なりません。イエス・キリストは次のように招いておられます。

「わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。わたしもその羊たちを知っており、彼らはわたしについて来ます。」

(ヨハネの福音書10:27)

「見よ、わたしは戸の外に立ってたたいている。だれでも、わたしの声を聞いて戸を開けるなら、わたしはその人のところに入って彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。」

(ヨハネの黙示録3:20 )

讃美歌313番の歌詞が心に沁みます。

1 この世のつとめ いとせわしく、
  ひとのこえのみ しげきときに、
  祈りにしばし のがれゆきて、
  われはきくなり 主のみこえを。

2 昔主イェスの 山に野べに、
  ひとをはなれて ききたまいし
  いともとうとき み神のこえ、
  今なおひびく わがこころに。

3 主よ、さわがしき 世の巷に、
  われをわすれて いそしむまも、
  細きみこえを ききわけうる
  しずけきこころ あたえたまえ。

(讃美歌313番)

アーメン。

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