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羽田空港第3ターミナルにて
地下鉄の車内では、換気のために窓の上部を少しだけ開けている。コロナウイルス以降、JRや各私鉄でも同じ対応を行っているが、地下鉄内だと走行音が反響して五月蠅いことこの上ない。中年の男が二人、車内で会話をしているが、この騒音のために声がますます大きくなり、感染症対策として、果たしてこれで良いのかと疑問に思う。
東京モノレール浜松町駅。平日の昼間にしては、人が少ないように感じる。この駅に来るたびに、懐かしさの念をもって見つめるあの立ち食いソバ屋も、休業中だ。ホーム上方に掲示されている羽田空港発着情報も、そのほとんどが欠航となっている。
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快速に乗る。駅を発車する。浜離宮、芝離宮を眼下に加速し、建造物の間を縫って滑らかに進む。磨き抜かれたビルの窓に映った自分自身の鏡像と並走している。海側のビルの隙間を注意深く観察するならば、別の埋立地に向かうゆりかもめの姿を目視することも不可能ではない。
天王洲アイル。停まらない。次の停車駅は、羽田空港第3ターミナル駅だ。
東京モノレールの車窓は、進行方向の右も左も常に素晴らしい。いつどの方向を眺めても楽しみがある。首都高の車との疑似的なレースを楽しめる陸側の趣向。運河と海とに開かれた海側の解放感。
競馬場も流通センターも当然通過する。
一度地下に潜った後、再び地上に出る。カーブを曲がり、高架駅である第3ターミナル駅に着く。東京モノレールの全ての駅の中で一番新しい。来るのは始めてだ。
さらに先に進むモノレールの後姿を、ホーム上から見送る。視界を遮る存在が何もないため、いつまでもずっと見つめている。曲線を描くあの軌道の先には、また別の空港ターミナルがあり、海があり、青空があるのだと思う。そしてその五月の青空に、飛行機雲は居ないのだ。
空港ターミナル内も、当然のことではあるが、人の数は非常に少ない。窓口はほぼ全て閉鎖されている。案内板に表示されている航空便は、国際線も国内線も、ほとんど全て欠航となっている。これが世界中のあらゆる空港で起きている事なのだと思うと、その事態の深刻さに改めて慄然とさせられる。石油先物価格暴落のニュース、世界第二位の富豪と言われるアメリカの投資家、ウォーレン・バフェットが、航空会社の株を全て手放したというニュース、それらが当然の帰結であるのだと思い知らされる。
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化石燃料によって濁されることのない五月の透き通った青空を、今地球に住む全ての人々が共有している。そしてまた、世界経済の全般的危機を示す折れ線グラフの垂直降下を等しく目撃している。
カートが整然と並べられている。使われた形跡がない。
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昼食時になる。各航空会社の窓口がある一番広い階層からエスカレーターを上がり、飲食店や土産物が並ぶエリアを歩く。やはりほとんど休業中だ。数少ない営業中の飲食店には、それなりに客が入っているが、いずれも空港関係者のようだ。制服姿、もしくはスーツ姿で、社員証やカードキーらしきものを首からぶら下げている。
さらにその上の展望デッキは立入禁止だ。つまりこの場所は、空港ではあるがモノレール駅の高架ホームより空から遠い。
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飲食店街の片隅に、ファストフード店が集住している一角がある。モスバーガーと吉野家が営業している。豚丼を食べる。
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ごく稀に、窓口の係員や整備員らしき人間が通る。全く無人というわけではないようだ。おそらく貨物便は飛んでいるのだろう。
土産物屋はやっていないが、コンビニとマツキヨは営業中だ。
迷彩服を着た、自衛官らしき二人組が通る。
良く見ると、デルタ航空という会社だけは、辛うじて国際線を運航しているようだ。白人の家族連れが窓口で手続きをしている。
空港ビルの外に出てみる。タクシープールや、無料シャトルバスのバス停がある。ターミナル間を結ぶこのバスが時折発車するが、やはり人はほとんど乗っていない。
京浜急行の駅から帰る。上りホームには、自分以外にもスーツ姿の若い男女の集団がいる。
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都営地下鉄や北総線に乗り入れる千葉方面への直通列車を見送り、品川行きのエアポート快特に乗る。終点までノンストップだ。地下駅から間もなく地上に出て、大田区の街を普通に進む。京急蒲田直前のカーブで徐行はするものの、停まることは無い。以前は停車していたような気がするが、ダイヤが変わったのだろうか?
京急蒲田に入線するこの鉄道高架の構造は、何だか高速道路のインターチェンジに似ていると感じる。
京浜急行の車窓はあまり海を見せてくれない。その高架の南側に見えるのは、巨大倉庫の看板ばかりではないか。
この移動の間に、日本国の全ての地域において、緊急事態宣言が解除されたことを知る。各種報道が以前から予測していた通りのタイミングだ。政府から事前に情報提供があったのだろう。茶番に近い。
北品川を通過した。品川駅港南口側の高層ビル群が進行方向左側に見えてくる。新幹線や東海道本線などの各JR路線とダイナミックに立体交差し、駅に着く。今日の私は、緊急事態宣言下の港区を出発して、緊急事態宣言が解除された港区に帰ってきたことになる。
JR品川駅の、南北連絡通路に佇む。伽藍のような屋根を見上げる。
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平日午後のこの連絡通路の人出は、どの程度のものなのか、平常時の正確な様子を知らないので、今自分が見ているこの風景が普通なのか、異常時のものなのか判断できない。それにしても良く晴れている。
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