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【コロ燕販売記】20231122.印刷所への道

 新著を出すに際して、今までとは違う印刷所を利用しようと考えた。従来の印刷所に、特に大きな不満がある訳ではないが、最後に利用してから既に十年近い月日が経っている。令和時代になってから初の自著であるので、気分を一新したいというのが主要な動機である。
 それに加え、印刷条件には若干の差異があった。私がいつも発注するのは活字本のセットメニューなのだが、今までの印刷所では、本文中に占める写真や画像の割合に制限がある。今回使おうとしている印刷所には、そのような規定は特にない。新著『コロナウイルスと燕』には、同時代の記録文学的な意味を持たせたいと思っているので、可能な限り多くの写真を用いたい。また巻末には関連年表を収録しているが、これも画像データに該当する。

 奥多摩の玄関口、拝島駅から青梅線で二駅。米軍基地の街、福生に着く。正午を回っている。南関東の空は朝から素晴らしく晴れている。晩秋とは思えない暖かさだ。駅構内やその周辺は、やはり米軍関係者と思われる外国人が多いように感じられる。


 改札の係員から駅スタンプを借りる。押す。


 エキナカにはJR系の立ち食いソバ屋、いろり庵きらくが在る。昼飯は蕎麦を喰いたいと思ったが、普段来ることの無い街に来ているのに、出勤時に朝食を食べているいつもの蕎麦屋では詰まらない。ググると、目的地である印刷所とは、駅を挟んで正反対の方向に、何だか良さそうな店がある。目指す。
 それほど広くない福生の車道脇の、歩道をしばらく歩いて辿り着く。「手打ちそば 喜郷」。良い感じの店だ。


 アジア人の若い女性店員が、たどだとしい感じでオーダーを取りに来る。中国人では無いようだ。カウンター内に居る年輩の日本人女性から、時折指導を受けている。
 しゃもじに乗せて火で炙った、焼き味噌。蕎麦屋の定番メニューだ。次いで出汁巻き玉子。塩気が利いていて、甘くない。酒によく合う。自分の好きな味だ。



 蕎麦粉は、茨城県常陸太田市産であるという。この夏に乗ってきた、水郡線太田支線の終着駅だ。何だか懐かしい。



 
 腹が落ち着いた所で、いよいよ本来の目的地である、印刷所を目指す。東に向かい青梅線の踏切を渡り、坂を登る。それにしても今日は暖かい。



 一四時過ぎに着く。来客用の受付に座ると、一番近い席に座ってパソコンで作業をしていたメガネの女性社員が、手を止めて応対してくる。今の時代、印刷所の客の九割以上は、オンラインでデータを入稿するだろう。今の私のように、いきなりリアル社屋を直接尋ねて、原稿を持ち込む人間は稀であろう。もしかしたら、不審人物、危険人物、ヤバい奴が来たと思われていたかもしれない。
 だが向こうも仕事なので、表面上はごく普通に、事務的に接してくる。こちらも成るベく怪しまれないように、淡々と事務的に必要事項を伝える。印刷、製本を依頼したい旨を伝えると、原稿の有無を尋ねられたので、予めデータを保存しておいたUSBメモリを渡す。今日、この時のためだけに購入した、キオクシアの特売品だ。近所のスーパーの安売りワゴンに入っていたもので、見た限りどこの家電量販店よりも安かった。社員は全てのデータを会社側のサーバーにコピーし、PDF以外の元データを速やかに不要物のフォルダに移動する。PDF以外の形式のファイルは、印刷・製本には使わないということだろう。
 こちらのオーダーを確認される。口頭で伝え、また改めて用紙に記入する。「A6文庫本サイズ、本文はキンクリ70k、カバー付き、カバーはコート加工」。
 まず表紙のデータ、次いでブックカバーのデータを確認される。表紙部分のデータは、表紙と背表紙と裏表紙を一体化したサイズで作成している。これらのデータの、背表紙の幅が最重要かつ最難関ポイントで、作成時に最も神経を遣った所だ。背表紙の幅は、本文のページ数や、使用される紙の種類によって左右される。この部分に関して、直接社員から確認を受けたいがために、わざわざ福生の実店舗まで足を運んだと言っても過言ではない。幅の設定に間違いがあれば、当然作り直しである。
 幸いにして、瑕疵は何もないという。このまま入稿できる。
 次はいよいよ、本文原稿の確認だ。本文部分は、予め存在するWordのテンプレートを利用して作成したので、さほど不安は無い。PDFファイルを開き、社員と二人で全てのページを最初から順に、目視にて確認していく。文字切れ、ノンブル切れ等も特に無く、最後の奥付まで辿り着く。奥付の記述にも、特に不備は見当たらないとのことだった。
 社員によるチェックを、全て無事に通過する。「聞いたことの無いソフトウェアを使って制作しておられますが、完成データには特に問題はありませんでした」と社員がコメントする。表紙やカバー部分の制作に使っているのは「パーソナル編集長」というソフトだ。簡単なチラシやパンフレット類をレイアウトするのが主用途のソフトであり、年賀状作成ソフトが少し多機能になった程度のものだ。遥か昔の、旧著を作成していた時代から、私は変わらずこのソフトを用いている。以前は年賀状ソフト会社の製品だったが、現在はソースネクストから販売されている。
 支払いは全額、貯金箱の中の現金にて行う。これは塁年の、旧著の売上を使わずに別保管しておいたものだ。十枚ずつ束にして折り畳んでおいた千円札を、社員が数える。時間がかかる。昼下がりのオフィススペースの奥の方から、印刷機が稼働するリズミカルな機械音が聞こえて来る。
 印刷、製本料金自体は、まあ妥当なものだと思うが、とにかく消費税が痛い。
 
 印刷製本が完了し、手元に届くまでに六営業日ほどかかるという。土日はおそらく営業日では無いので、まあ一週間と少し待つことになるだろう。来週の土日、一二月二日と三日には、あるイベントに参加し、この新著に収録されている文章を読む予定だが、間に合うのだろうか? 微妙なラインである。
 
 必要な手続きを全て終え、社屋を後にする。福生の住宅街を、来た方向とは反対に進む。目指すのは、JR八高線の東福生駅だ。相変わらず良く晴れている。


 東福生の駅周辺はとても静かで、福生駅と比べて商業施設の数も少ない。駅の西側は閑静な住宅地、東側は幹線道路を挟んで米軍横田基地の広大な敷地が広がっている。
 駅近くのスーパーに付属しているマクドナルドにて少し書き物をする。この時点で、既に新著の中で、修正したい記述が脳裏に浮かぶが、今更どうしようもない。
 ドラッグストアにて、買い物をして帰る。
 東福生駅は無人駅だ。駅スタンプは見つからない。改札周辺に外国人の姿が多いのは福生駅と同様だ。




 八高線は単線のため、この駅で列車交換を行う。定時通りに上り八王子行きがやって来る。押しボタン式の扉を開けて乗車すると、その車内は予想外に混んでいる。

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青条
詩的散文・物語性の無い散文を創作・公開しています。何か心に残るものがありましたら、サポート頂けると嬉しいです。