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【Q12.山形新幹線E8系に乗りたい】4.下らない最上川川下り 

(前回の記事はこちらです)


陸羽西線代行バスで川下り乗船場へ


 8時10分新庄駅発。駅周辺の市街地を抜けた陸羽西線代行バスは、六月の田園地帯を西に向かって走り、余目・酒田方面を目指す。代行バスなので、休業中の陸羽西線の各駅に立ち寄るのが本来の任務のはずだが、必ずしもそうしてはくれない。駅によっては、幹線道路沿いの空地や、コンビニ脇に設置された簡易な停留所で、済ませていたりする。

陸羽西線代行バス・新庄駅前にて


 例によって、進行方向左手の窓際に座っている。田園地帯の中に、突然巨大なクレーンが現れる。高架上を走るオーバーパスの工事だろう。
 途中、最上川を渡る。ここまでは、最上川の北側を走っていたが、以降は南側を走ることとなる。

 8時46分、古口駅着。バスは市街地から駅前ロータリーまで入り込み、本来の駅の至近距離で客扱いを行う。自分を含めた何人かの客が降車する。
 去っていくバスを見送る。古口駅は立派な駅舎を備えているが、今は駅舎見物よりも、先を急ぎたい。ここから、目的地「最上川川下り」の乗船場まで歩くつもりだ。駅から見て、最上川の上流方向に位置するため、バスで来た方向を少し戻る形となる。
 駅周辺の飲食店は、まだ開店していない。道を少し歩くと、国道47号線に出る。9時04分、乗船場着。広大な駐車場を突っ切って乗船券売り場の建物に入る。立地的に、来訪者の9割以上は自動車で来る客だと思われる。

 建物入口の電光掲示板が今日の運行情報を流している。最上川の水位が低下し川下りが出来ないため、付近を一周して戻って来る「回遊コース」にて運航するとのことだ。何とも残念な話だが、自然現象には逆らえない。山形のさくらんぼ農家に打撃を与えた初夏の高温と少雨が、観光業にも観光客にもダメージを与えてきた。

 それでも仕方がないので乗船券を買う。9時50分の便だ。券を買ったときに、薄い人型の紙を渡される。川下りが出来ない代わりに、船上からこれを流すイベントを行うとのことだ。

 時間があるので、スタンプを押し、土産物屋を覗く。クジラ餅という、初めて聞く菓子を見つける。串に刺した餅を火で炙って食べるもののようだ。小さいものは一本百五十円と安かったので、二本買って喰ってみたら、これが美味かった。甘いのだが、その甘さがしつこくなく上品で、粘り気も歯にまとわりつかずに丁度良い。長期保存も可能だというので、自分自身の土産に一パック買った。この山形旅行で、最も私を満足させたグルメかもしれない。 

下らない川下り

 
 階段を降り、桟橋へ向かう。定刻通り出航。定員42名、うち一人は船長、一人はガイドなので、実質40人乗りの船だ。まずは最上川の上流方向へ進む。太った壮年の男性ガイドがアナウンスを行う。黒縁の眼鏡をかけた愛嬌のある丸顔で、本当に狸のように見える。声質は『もののけ姫』のジゴ坊に似ている。

 座席下の救命胴衣について、一通り説明される。とは言っても、今日の最上川は水深が極めて浅く、場所によっては川底が見えてしまうほどだ。成人男性なら、おそらく足が届き、歩いて岸まで辿り着くことが可能だろう。そういう意味のことを、ガイドは山形弁で付け加えた。

 昭和時代の大洪水の時は、水があの辺まで上ってきたと、ガイドが南岸の堤防を指し示す。今の最上川は静かで、船は殆ど揺れない。
 ガイドは山形弁の巧みな話術で座を持たせる。この辺りが、1980年代のNHKドラマ『おしん』の撮影場所であったと言う。おしんが少女時代を過ごしたのが山形県という設定で、演じたのは子役時代の小林綾子だ。この船会社の人も、エキストラとして撮影に参加したが、最終的にそのシーンはカットされてしまったとのことだ。令和時代の今となっては『おしん』は古いドラマなので、若い人には話が通じないことも多いが、アジア圏を中心に世界的に大ヒットした作品なので、その撮影スポットを訪問するために外国からここまで来る観光客も居ると言う。
 外国から来た人が、今の客の中にいないかとガイドが尋ねる。アジア系の若い男性が一人挙手する。台湾から来た方であった。
 ドラマの話題としてはまた、『独眼竜政宗』の話も出て来る。政宗の出身地は米沢で、ここからはかなり上流になるが、最上川流域の出身だ。山形県出身の、有名人の一人に数えられる。
 この二作の、1980年代のNHKドラマは、いずれもテレビ史にその名を残す大ヒット作である。『おしん』は「連続テレビ小説」で最も成功した作品の一つであり、『政宗』は大河ドラマ史上に残る傑作であると言われている。この二作のドラマは、山形の観光業界に、今に至るまで恩恵をもたらし続けているのだろう。
 ガイドは言う。最上川は日本屈指の大河であるが、その水源地から河口まで、全てが山形県のみに属している。山形県内で完結した河であると。その言は、事実としては正しいが、叙述としては逆なのではと、自分は思ってしまう。間違ったことは別に言っておらず、その通りなのだが、話の順番が違うのではと。
 最上川が山形県に属しているのではない。「山形県からはみ出さない」のではない。最初に本州島があって、その南東北の地表に、最上川が流れ、日本海側に平野を、内陸に盆地を形成したのだ。その最上川の水運や水資源に依拠した政治勢力が台頭した時に、その支配領域を、盆地も平野も一まとめにして、出羽国とか山形県とか名付けたのだと、自分は考える。
 つまり、山形県が最上川に属している。最上川が主であって、山形県は従である。
 
 そんな話の合間に、ガイドは小唄も披露してくれる。さすがに上手い。この仕事が、本当に向いている人物のように思える。

 船はUターンし、今度は下流に向かう。今日の最上川からは、流れというものをほとんど感じない。
 両岸に停泊している小舟も、皆この会社の船だ。昔はもっと小型の船で、川下りをしていたという。
 進行方向右手、川の北側は山林となっていて、野生動物が姿を見せることもあるとのことだ。ガイドは、仕事中にツキノワグマを何度か見たことがあると言う。
 近年、ここ山形県戸沢村のある集落には、ニホンザルの群れが白昼堂々と姿を現すようになったと言う。車がある人は見に行ったらどうかと、その集落の名前と場所とを教えてくれるが、自分はバスか徒歩なので、残念ながら行く方法が無い。

 チケット購入時に受け取った人型の紙を、乗客の皆で一斉に痩せ細った最上川に流す。特に印象に残らない。下流の進める所まで進んだ後、船は無事帰港した。
 
水無月の字義の通りに最上痩せ
 
 
 
 

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青条
詩的散文・物語性の無い散文を創作・公開しています。何か心に残るものがありましたら、サポート頂けると嬉しいです。

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