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僕の人生を豊かにした、名将へ。
今日、大好きだった鬼木フロンターレが終焉の時を迎える。
最後の90分が始まる。
この試合の終了を告げるホイッスルは、鬼木フロンターレの終わりを告げるホイッスルでもある。
1つもタイトルを持っていなかったチームに7つのタイトルを齎した名将の、最終演奏曲である。
2024年10月16日
その瞬間は突然訪れた
鬼木達監督 契約満了のお知らせ
心の中で何となく気付いていた「嫌なこと」が「確信」に変わる瞬間。
人生には多々こんな場面がある。
鬼さんの退任リリースを目にした時の僕の心情はまさにそれだった。
心の表面をザラっと舐められるような、少し棘のある感情。
到底、受け入れられるものではなかった。
その感情と向き合った時、初めて僕は気付かされた。
川崎フロンターレが好きだった僕は、いつの間にか鬼木フロンターレを愛していた。
日本各地(たまに海外)のスタジアムを飛び回り続けたのは、鬼木フロンターレが好きだったからだ。
鬼木達が作ったチームに、いつの間にか惹かれていった。
矢印は自分に
2017年11月14日
就任1年目の鬼木フロンターレは、ルヴァンカップで決勝戦を戦った。
昨年、天皇杯決勝で涙を飲んでいるフロンターレにとって、このゲームは何としてでも獲りたい、悲願のタイトルであった。
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直近5-1で快勝しているセレッソ大阪が相手だったこともあり、サポーターもイケイケムードで望んだ。
あの日の雰囲気は、今思えば「決勝戦」という喧騒と緊張感のある雰囲気ではなかった。まるでお祭りのような、娯楽的思考から生成されたフワフワした感情が先行しているような、少なくとも僕はそんな気持ちだった。
試合は、0-2で敗れた。
がっくり肩を落とす選手たち。いつものヒーローたちは、その実力をまたも発揮出来なかった。
またも、相手のやりたいサッカーを自由にやらせ、相手に念願であったはずのタイトルを奪われてしまった。
当時をのインタビューで鬼さんはこう語っている。
本当に多くのサポーターの方が来てくださった中で、勝てなかったことは非常に悔しいですし、自分の力不足を感じています。何がなんでも選手たちにタイトルを獲らしてあげたいという思いはありました
自分の力不足
何が何でも選手たちにタイトルを獲らせてあげたかった
当時20歳そこそこの僕がこのインタビューを聞いた時、僕はそれが監督インタビューであるということを忘れてしまうくらい、心配の気持ちが先行した。
監督という職業は、いつもどっしりしていて、敗戦時には多くを語らず、サッと受け流してその場を去る。
それが、監督という職業の生き方だと思っていた。
こんなに自分に矢印を向け、こんなに自分自身を追い込み、そして挙げ句の果てには「何が何でも選手にタイトルを獲らせたかった」と。
こんなに自分自身にフォーカスしている指導者、そういない。
当時無冠のチームを応援していた僕は、正直心配だった。
この落ち込み方をしていると、この先身体も心も持たないんじゃ…?
流石に選手を守るためのリップサービスだよな…?
人生で1回でも愛するフロンターレがタイトルを獲る瞬間に立ち会えれば、僕はそれで満足だった。
棘のある表現をするのであれば、それくらいこのチームには裏切られてきた。
それくらい、タイトルというものは遠い遠い存在であった。
たった1回のチャレンジでここまで落胆しなくても。そんな思いを抱いた。
もっとも、そんな僕の心配は1ヶ月後、杞憂におわるのであった。
涙の初優勝
あの瞬間の感情を未だに鮮明に覚えている。
人生で体感したことのない感情だった。
純度100%の歓喜とは少し違う、どこかに疑念を抱かざるを得ないような奇妙な感情。
人間の感情が最速でプラスに振り切り、瞬間でアッパーに達すると「気持ち悪く」なるということをこの日に知った。
長谷川竜也のゴールを祝いに来た新井章太は、抱きついてきた長谷川竜也を放り投げてピッチへ駆け出した。
中村憲剛はピッチで力尽きるように突っ伏した。
鬼木達監督の周りを、スタッフが、チームメイトが囲む。
人生で1回くらいは見たいとぼんやり眺めていたタイトルは、あの「いつもの」敗戦から1ヶ月後、鬼さんの手によって奇跡的に手繰り寄せられた。
あの日の感情は、未だに言葉にできない。でも、一生忘れない。
鬼木フロンターレは、いや、鬼木達は。僕にそんな「出会ったことのない未知の感情」を与えてくれた。
僕は好きなサッカークラブを追いかけていただけで、知らない感情と出会うことが出来た。
なんて豊かな人生なんだろう。
鬼さんはもちろん僕のことなんて知らないと思うが、これだけは伝えたい。
貴方に出会えて、貴方が作り上げたチームを追いかけて、夢中になって。
いつの間にかこのチームを追いかけることが生き甲斐になった僕の人生は、とても豊かなものになった。
鬼木フロンターレから学んだこと
鬼木達という男は、常に自分自身に矢印を向けてきた。
少しばかり不器用だが、全力で。その矢印の向きぎブレることは1度もなかった。
2020年。コロナ禍の中進んだJリーグ。鬼さんの髪の毛は、伸び続けていった。
伸びている髪を指摘された鬼さんは「切りに行く時間がない」と苦笑いしていたが、その後こう語っていた。
「少しでも感染拡大の可能性を減らせるなら、我慢しようというのはある」
この人が言った感染拡大というのは、もちろん自分自身を指していることもあるだろうが、その言葉の裏にはチームという主語が聞こえた。先頭に立つ自分自身に、矢印は向いていた。
上述した2017年のルヴァン杯。敗因を「自分自身の技量の無さ」と分析した鬼さんは、タイトルを7つ取って迎えた2024年の天皇杯で大分に敗れると、その敗因を「自分自身の甘さ」と分析した。
この8年間、この矢印は1ミリもブレなかった。ずっと自分自身に向けられていた。
僕が鬼さんの作るチームに惹かれていった理由は、この矢印の強さだったんだと思う。
同じ人間とは思えないくらい、鬼さんの矢印は常に真っ直ぐで、強くて、ブレなくて。
最初は正直、綺麗事のように聞こえた。
選手を守るための言葉にも聞こえた。それはそれで、チームのリーダーとしては正しい姿かなと思ったり。
でも、それが選手や誰かを守るための言葉ではなく、心の底からの本心であると分かった時、この指揮官の「強さ」こそ、このチームの最大の武器であると理解した。
このチームに僕が惹かれる理由を完全に理解した瞬間だった。
今まで1つのタイトルも取れなかったチームが、鬼木フロンターレになって7つもタイトルを取った理由。
これは紛れもなく、鬼木達の存在と、彼の信念によるものであったと思う。
何かのインタビューで小林悠が「鬼さんのことを悪く言う人は本当に見たことがない」と言っていた。
組織というものは、どうしても不満分子が生まれてしまう。
現日本代表コーチの名波浩も「6割は味方、2割は不満分子、残りの2割はどちらにも属さない。このどちらにも属さない2を味方側に付けられたら良いチームになる」と話していた。
日本一人心掌握術に優れたリーダーでさえ、2割の不満分子を抱えることに対しては許容をしていた。それほどに、避けられないものであるということだろう。
だが、この男は10割を味方につけた。
愚直なほどに真っ直ぐ、ブレない矢印はいつの間にかチームの全員を巻き込み、そして同じ方向を向かせた。
フロンターレの試合を見ている時に感じる一体感は、きっと鬼木達が作り上げたものだ。
そしてそんな鬼さんの矢印は、サポーターを巻き込み、みんなが大好きなチームが誕生した。
僕は、川崎フロンターレが好きでありながら、鬼木達が作り上げたこのチームが好きなんだと理解した。
鬼木フロンターレを長年見続けられたことに感謝し、そして大好きなチームを作り上げた鬼木達と笑顔で別れられることに感謝をし、最後の90分を見届けたいと思う。
川崎フロンターレのマッチデーはいつも楽しみだ。この90分のために僕は日々仕事を頑張っていると言っても過言ではない。
だが、今日の90分は「来てほしくない」という気持ちがどこかにある。
それでも、最後の瞬間はやってくる。
その瞬間を、しっかりと見届けることしか僕には出来ない。
繰り返しになるが、鬼木達とこうして笑顔で別れられることに感謝しながら、夢中で追いかけてきた鬼木フロンターレの最後を見届けようと思う。
僕は、鬼木フロンターレが大好きだ。
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