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こうぞの森から -生物多様性と伝統文化を育む里山-

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里山の資源や環境価値を見直し再構築したい、そんな想いでフィールドを探していたところ、楮(こうぞ)という植物に出会いました。 生産・加工を学び、実践する中で日々感じていることや、…
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適地適木と微気象【前編】

前回の記事では、「評判がよい」と称される那須楮の品質基準の曖昧さについて触れました。今回は、自ら発したこの課題を明確にする上で、ヒントとなりそうな切り口について、ちょっと掘り下げて展開してみようと思います。 適地適木林業には、適地適木(てきちてきぼく)という用語があります。 農業より土地改良が困難な林業の世界では、その土地の気象・地形・土壌など環境に合わせた樹木を植栽するすることが重要です。逆を言うと、その土地の環境にあった周囲の樹種を観察してやれば、自ずと植えるのに適した

多様性 vs 品質

那須楮は高品質な和紙に使用されていると言われています。ここで言う"高品質"とか"高価"とか、価値を決めているものって一体何なんでしょうね。今回は地域で楮に関わる中で語られる品質について疑問に感じたこと、考えたことを綴ってみたいと思います。 量から質へかつて、工芸作物に限らず農産物の名産地とは、絶対的な産出量で語られることが多かったような気がします。原料生産に適した気候風土であるとか、歴史的に生産を奨励されたとか、その地域に根付き、たくさんの農産物を生む産地が形成されてゆきま

楮(こうぞ)の生産地から、消えゆく知恵と文化

移住してすぐ、大手の楮農家さんに栽培の研修を受け入れてもらえることになりました。朝から夕方まで畑仕事に行ってしまうと、研修先のご夫婦以外に他の人とのつながりが全くないことに気づきました。そこで月1回、紙面でこうぞの研修便りを作って日々の活動の報告がてら、楮の関係者を1件1件訪ねてお便りを配ることにしたのです。この地域の楮のことをもっと知りたかった私、ちょっとした立ち話でもできないかと考えた末の苦肉の策です。相手も農家さんなのでお留守のことも多いですが、運良くお会いできた時にい

楮(こうぞ)の産業分類【後編】

農業界の産業動態 農業や農家という括りだけで、同じ土俵の感覚でいると考えるのは大間違いでした。国や自治体の農業政策のど真ん中にいる食料作物の「米」や「野菜」と違って、工芸作物に分類される作物は、主流に乗りきれない寄せ集めが多いのです。この認識はとても大事です。 工芸作物の中でも、パーム油、カカオ、コーヒー、薬草やゴムのように主要産業に直結するものは、確実な需要があり、国や自治体ではなく第二次産業の企業の専属農家として強力なバックアップ体制を受けられるようです。手厚い手当の

楮(こうぞ)の産業分類【前編】

そもそも楮という植物が栽培されていることすら知らなかった私。生産現場に飛び込んでから初めて知ることがたくさんありました。今回は楮の生産加工がどんな産業として位置付けられているのか、実体験を通じて感じたことをご紹介します。 林業?それとも農業? 最初の疑問はそもそも、楮って林業なんだろうか、それとも農業なんだろうか、という点でした。 林業には木材生産以外に、特用林産物という分類があります。山林から生産される産物のうち木材以外のきのこ類、木炭、竹、桐などの産物をさします。同

私が楮(こうぞ)に出会うまで【後編】

森や里山が生む価値 森林や里山から生み出されるバイオマスは、化石燃料や鉱物などの地下資源に比べると圧倒的に短い期間で生産することができる資源です。一方で廃棄される時も微生物によって分解されて土に還ってゆくので、他の資源のようにエネルギーや化学薬品等に頼らず、比較的短時間で分解されます。つまり地球にかかる負担が少ない資源といえそうです。 さらに、森林は素材以外にも、降雨を長い時間をかけて保水するダムのような水源涵養の役割や、光合成による二酸化炭素の吸収源の役割、そこに集まる生

私が楮(こうぞ)に出会うまで【前編】

遠回りした挙句、私は楮という植物の存在を知り、栽培・加工の担い手として関わりを持つようになりました。そこにはいくつかの偶然や大切な気づきがありました。ちょっと長い前置きですが、私と楮が出会うまでのお話、どうぞおつきあいくださいね。 製造業の開発現場の裏で見えてきたもの 私は以前、自動車メーカーに勤務していました。所属はIT部門で、設計者や解析担当者の業務が円滑に進むよう、開発部門にソフトやハードなどITリソースを提供したり、エンジニアリングに特化したソフトの開発や運用を担当