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破られたコートを今年は着るのか
2022年、年が明けてすぐに新しいコートを買った。
試着してみて、即決。最高に可愛くて、買う以外の選択肢なんてなかった。
2万円は高い。でも、心躍る消費だった。
帰宅後、急いで紙袋から出す。部屋の姿見の前で、もう一度着てみる。
やっぱり似合ってる、買ってよかったと口がゆるむ。
そして鏡越しに目に入るのは、さっき脱いだチェックのコート。
新しいこのコート。
可愛いから衝動買いしちゃった、それだけではないことを認めてみる。
こんなに胸糞悪い帰り道は、人生はじめて。
昨年の冬の晩、私は泣きながら帰り道を歩いていた。
自分がどれだけ大事に育てられてきたのか、無理やり思い知らされた気分だった。辛い被害なんて受けてない。だけど、''女''が''男''に負ける理由に身体的差異があることって、想像通りこんなに馬鹿馬鹿しい。なのに、わかってたことなのに、全く抗えなかった。
すごい、
酔っぱらった先輩に何度か胸ぐらを掴まれただけ、がこんなにも怖い。
そんなのよくあるわ!かもしれない。
でも、酔っていて言葉も通じない。何に怒ったのか、口に出さず行動に出されたからはっきりわからない。どの道、こっちが傷ついて帰るしかない事実に、物凄くショックを受けた。
これまで「性別で能力や考え方を判断されるなんておかしい、個人を見て認め合う社会になればいいな」と思ってきた。あまりにたくさんモヤモヤすることが多いから、少しずつでも変えていける人になりたいと思ってた。
結局そんなのは無理。社会なんて結局変えられない。淡々と思った。一気に現実を知った気分。社会ってこんなに理不尽なのか。これを知ってからが大人のスタートなのか。私は’’これ’’を知らなかったから、叶いもしない「理想」を持っていたのか。
こんなことを思ってしまう自分が悔しいのに「社会ではこんなことって普通に起きてて、これからいくらでも出くわすんだな」と簡単に想像できてしまって全部諦めるような気持ちになった。
あの日から数か月、年も開けて新しいコートを買った。
その理由は「最高に可愛かったから」だけではないと思う。
お気に入りだったあのチェックのコートに腕を通す度、
最後に掴まれたときにちぎれた一番上のボタンの糸を見る度、
あのニヤついた目付きも、胸ぐらを引っ張られる力の強さも、意図せず他人に体を動かされる不快感と衝撃も、割と鮮明に思い出す。
もっと言えば、掴まれたあの辺を歩く度、よぎる。
わかってる、辛い被害なんて受けてない。でも、私は傷ついた。
わたしは「あれで傷ついたんだ」と思う経験を持っている。
確実にいらない記憶を意図せず持っている。
ちぎれたボタンの糸と破れた裏地に謝れとも思わない。
そんなこと、別にどうでもいいことにできる。
あなたの器の小ささで苦しむのは、私じゃない。
お酒に負けて人に手が出るような人間であること。
腹が立ったとき言葉に表せる余裕もなく、力の差で押し付ける弱さ。
酔った勢いでただ何度か胸ぐらを掴んだだけ、なんて思わずにそのまま一生をどうぞと思う。
ここまで書いてこの気持ちは被害妄想かもと思ってきた。酒の場のことなのに根に持っている私が悪いのか。
でも、それなら私は何にもない所から勝手に傷ついて、勝手に よっわい自分に成り下がってしまったってこと?
コートを新しく買おうと手が伸びて、ものの5分でお会計に行ったのは、きっとアレがあったからだな、と心のどこかでわかっていた。だけど認めたくなかった。あんなことを原因に買うなんて、負けだと思っていたのかも。
でも、何が負けだ。
力の差を押し付ける行為、それをお酒のせいにして人に手を出す人間に怒って何が悪い。
力の差で物事が決まる社会は嫌だ。私もそんなのに負けない強さを持つよ。
でも、それでしか勝てない人間も、そんな奴が強い社会もダサすぎる。
こんな社会、もういい加減変えたい。
わたしは今、可愛いコートを2着持っている。
どっちも最高に可愛いあのコート、今年の年末はどっちも着てやる。