「月の女神」の子を探す。
※ 虫画像がありますので、苦手な方は閲覧にご注意ください。
#20230705-157
2023年7月5日(水)
家を出たばかりのむーくん(夫)からスマートフォンに通知が届く。
すぐ近くの風景写真と「糞いっぱい落ちてる」のメッセージ。
ノコ(娘小4)は登校したし――「宿題が終わってないから学校行きたくない」と散々ぐずり気をもんだものの――洗濯物も干した。写真を見ると、すぐそこ。窓から見えるところだ。
飼育ケースを手にサンダルを突っかけて向かう。
むーくんの写真にある木の下の路面には、黒い粒がたくさん落ちていた。「蛾糞」こと蛾の糞だ。なかなか立派な大きさで、このサイズの糞をする幼虫となると、もう蛹化寸前だろうか。
糞から視線を上げ、どのあたりの梢から落ちたものか推測する。
せっかく幼虫を見付けても手の届かない位置だと捕獲できない。木を食草とする幼虫の場合、それで断念することもしばしばだ。
ノコが我が家に来てからのここ4年ほど、虫の飼育を諦めていた。
ノコだけで精一杯で、虫の世話まで気持ちも手間もまわらなかった。ようやくノコに手が掛からなくなったわけではない。成長するにつれ、楽になるかと思いきや、その年齢その年齢の悩みは尽きないし、その内容は変われど手は掛けねばならない。結局、子育てに終わりがないことに気付いた。楽になったら、楽になったらと先延ばしにしていたら、いつまでも虫は飼えない。
「虫がいる暮らし」と「虫がいない暮らし」を比べたら、「虫がいる暮らし」のほうがずっといい。なんといってもあの愛らしい姿を愛でるだけで張りが出る。
芋虫飼育活動、略して「芋活」再開だ。
首が痛くなるほど見上げ、葉の1枚1枚をなめるように視線を走らせる。
……あ!
求めていた姿を発見し、思わず笑みが浮かんでしまう。
透き通るような明るい黄緑色の体につんつんとした毛。淡い茶色の小さな顔。枝が風に吹かれて揺れ、葉が体に当たったのだろう。警戒して6本の胸脚をキュッと縮めている。
オオミズアオーー月の女神と呼ばれる蛾の幼虫。
私でも手を伸ばせば届く枝先にいる。
あの大きさだと、連れ帰ってもすぐに蛹化しそうだ。幼虫の姿を楽しめるのも数日か。
近所の虫仲間――「虫友」の男の子がこの蛾を飼いたがっていたのを思い出す。
私は過去に何匹も飼育経験がある。久し振りの芋活なので飼いたい気持ちはあるが、虫友君のお母さんに連絡を入れてみる。もし飼育する意思があるのなら、今回は……譲ろう。
お母さんは外出中ですぐに捕獲できないため、私が代わりに連れ帰った。
夕方、渡しに行く。
そこにいるとを教えてくれたむーくんに「本当は本当は飼いたいんだけどね!」と身をよじっていうと、むーくんが笑った。
でも、後輩の育成は大切だ。
……なんていうのは大げさだけど、虫好きさんが増えるのは嬉しい。虫友君はまだ中学生なので大人と行動力も違う。その背をちょっと押して応援することができるのなら、私はしたい。
飼いたいのなら、またむーくんと幼虫探し散歩をすればいい。
むーくんは一緒に探してくれるはず。時間があれば、ノコだってついてくるだろう。
まだ飼育したことのない幼虫との出会いだってきっとあるはず。
私の虫活は、はじまったばかりだもの。