あなたと過ごす時間

意識はひどく散漫で目の前の人物の話が右から左へ流れていく。
目の前で話しているのは誰だっけ? 何の話をしているんだ? 解らないのに口はかってに言葉を紡いでいて、顔は喜怒哀楽を的確に表している。
(帰りたいな)
面白いとかつまらないとかいう以前の話で、もうこの場にいたくない。耳鳴りがするくらい騒々しい空間から一刻も早く立ち去りたくて仕方なかった。
気付かれないようにそっとため息をつき、手元のグラスを弄ぶ。氷の溶けたアイスティーは薄すぎて飲めたものではなさそうだ。
どうやって抜け出そうか。頭の中で算段をたてていると名前を呼ぶ声が聞こえた。入り口付近で馨ちゃんが手を振っていた。手をあげて答えると話し相手が振り返った。
「知り合い?」
その問いかけに首を縦に振って答える。
「何時まで待っても来ないから心配したんだよ」
机の横に来た馨ちゃんが眉を寄せて呟く。
「はるかちゃん、電話にも出ないし」
「ごめん、マナーモードにしてた」
「全く……えっと、こちらの方は知り合い?」
馨ちゃんが横目で話し相手を見る。
「サークルの先輩」
「ふうん。それで話は終わったの?」
私は言葉を濁した。話なんて全然聞いていなかったから内容はおろか、完結したのかさえ解らない。話し相手を見れば私と馨ちゃんとを交互に見ている。馨ちゃんを紹介していないから誰だか解っていないのだろう。それでどう対応したらいいか、判断しかねているのかもしれない。
状況は察せたが、私が口を開くよりも馨ちゃんが口を開く方が早かった。
「話終わってますか? だったらはるかちゃん借りますよ、いいですか?」
「あ、ああ」
「じゃあはるかちゃん、行こうか」
困惑している私と話し相手をよそに馨ちゃんはどんどん話を進めていく。なかなか立ち上がらない私を馨ちゃんは目線で促す。
相変わらず綺麗な目をしているな、と関係のないことを考えながら手早く荷物をまとめる。自分の分のお金を伝票に挟み込み、立ち上がった。
「では先輩、またサークルで」
話し相手に頭を下げ、馨ちゃんと店を出た。

外に出た瞬間、熱気が足下から這い上がってくる。ただ歩いているだけで汗が吹き出してくるのに耐えきれず、私と馨ちゃんは近くのファミレスに避難した。
店内は程よく冷房がきいていた。加えてご飯時を外しているお陰ですぐに座ることができた。
窓際近くの席で一息つく。私はアイスティーとフレンチトーストを、馨ちゃんはパンケーキとカフェオレを頼んだ。
「牛乳苦手じゃなかったっけ?」
「そうなんだけどさ。でもなんか無性に飲みたくなったんだよね」
「解る気がする」
注文したものが届くまで私達は他愛のない話をした。話題の中心はゲーム。欲しい素材が手に入らないだとかあのキャラが好きだとか、話題は尽きない。
互いに話しているゲームは違うものだがそれでも何となく話が噛み合っているのだから不思議だ。
馨ちゃんがキャラの可愛さを熱弁していると頼んでいたものが届いた。食べる時は先程までの賑やかさが嘘みたいに静かで周囲の喧騒が耳につく。
そういえばまだ馨ちゃんに言っていないことがあったのを思い出した。
「ねえ馨ちゃん」
「はい、なに?」
「ありがとうね」
パンケーキを切っていた馨ちゃんの手が止まった。
「え、何が?」
「さっき。助けてくれたでしょ 」
馨ちゃんと約束はしていなかったし、スマホを確認しても着信は入っていなかった。ここから推測するにたまたま通りかかった馨ちゃんが先輩と話している私を見つけ、約束しているフリをして助けてくれた、と考えられる。
馨ちゃんはふふと笑ってパンケーキを口に運んだ。
「だってはるかちゃん、心ここにあらずって感じだったからさ」
「あーうん。確かに」
「ちょうど用事も終わって暇だったから救出しようと思ったんだ」
「本音は?」
「パンケーキ一緒に食べる仲間がほしかった」
「だろうと思ったよ」
わざとらしくため息を吐けば、悪びれた様子もなく馨ちゃんは笑った。
話しているうちに全然違う話になって、何の話をしていたのか解らなくなって二人で首を傾げる。思い出せなくて話を続けるまでがお約束。
(このまま時間が止まればいいのに)
そんなことを心の中で願うくらい、私は馨ちゃんと過ごす時間が好きなのだ。

敬愛する有里馨さん(noteでは航さんですね)に捧ぐ。
140字小説を書くきっかけになった方です。素敵な世界観に触れているうちにいてもたってもいられなくなり、書かせていただきました。
これからも陰からひっそりと応援していきます。

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