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父と競馬と私

あれは1999年6月12日のレースだった。

なんとなく馬を撮影したいという私の希望に、休日はパチンコかテレビ鑑賞が常の父が俄然乗り気になって、それなら府中行こう!と土曜日の府中競馬場に繰り出すことになったのだ。

その年は梅雨入りが遅く、6月なのに真夏のように晴れた暑い日だった。照りつける日差しと青々した芝生が眩しい。
パドックは鈴なりの人だったけれど、広々したコース前のスタンドは、まだレースまで時間があるせいか余裕があった。

マイルドな表現をすれば、父は賭け事が好きな人だった。競馬場へ行くと言えば母から渋い顔をされるけれど、娘と一緒ということなら普段はうるさい母も文句は言わない。あくまで馬を撮影する娘に付き添うために行くのだと。
けれども父は馬券を買う気満々だったし、当然私も馬を撮影するだけでは済まず、父に誘われ、馬券を買うことになった。父に競馬新聞を見せてもらいながら、どの馬にするか考える。が、よくわからないので名前が印象的だった馬の単勝馬券を買うことにした。

そういえばあの時は社会人1年目の6月だったから、初任給とまでは言わないけれど、5月末に初めて満額の給料が出てすぐの時じゃないか(4月は出社日数の関係でお小遣い程度の給料だった)
躊躇なく馬券を買ったのも、給料出たしまあいいか、くらいの感覚だったのかもしれない。

出走が近づくにつれ、スタンドに人が増えてくる。

いつスタートするのかな…と思っていると、不意にゲートが開いて馬達が走り出していた。
馬って早いんだな。そんなことを思いながら観ていた。
競走馬達がゴールに近づいてくるにつれ、怒号も歓声も一緒くたになったどよめきがスタンドに充満していった。
血液がわずかに沸騰するのを感じる。

馬を撮影するどころじゃなかった。だいたい、標準レンズのマニュアルフォーカスのカメラで遠く全力疾走する競走馬なんて撮れるか?

あっという間のゴール。白く舞い散る馬券。

あれ?私の買った馬じゃね?
なんか勝ったっぽくない?

よくわからないまま、名前がかっこいいとかいう理由で千円分くらい買った単勝の馬券。
父が、やったやったよ!と私の背中をバンバン叩いている。
ぼんやりしている私を尻目に、父は馬券を握りしめてあっという間に換金所の人混みに紛れていった。

千円が五千円くらいになった。
完全にビギナーズラックだ。
競馬の才能があるんじゃないか、もっと買っとけばよかったね、次のレースもこの調子で!みたいなことを言われて、まあ案の定というか、そうですよねという感じで、次のレースはかすりもしないまま、先程の儲けはきれいになくなった。

でだ。
今気づいたけど、一回目のレースで父が買った馬券はどうだったんだろう?
なんも言ってなかったから負けてたのか?じゃあ2回目のレースに使ったお金全部私の配当金だったのか?
父なき今は確かめるべくもなく。
でもなぜかその時は惜しいという気は全然せず、その後、競馬にハマる事もなく、今に至っている。

今でもこの季節になるとあの広い広い競馬場を思い出す。
父と初めて行ったあの競馬場を。

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