〈連載最終回 発売1周年記念『あの子の秘密』大解剖! 題して『あの子たちの真実』!〉
黒猫 今日も今日とて日が暮れて、ステキに夜がやってきた。フレーベル館児童書公式noteをご覧の諸君、こんばんは。『ひよっこ児童書作家・村上雅郁のなにがニャンだか』も、今回で最終回だ。名残惜しくないと言えばうそになるが、まあひとまずほっとしているぜ。まがりなりにも、ここまで無事にやってこられたわけだしな。
つーわけで、前回も予告していたが、今回の企画は『あの子たちの真実』。ひよっこ児童書作家・村上雅郁のデビュー作『あの子の秘密』、発売から一年を記念して、物語の裏側、裏話や、裏設定なんかを公開したいと思う。
わかってるな? ここから先は後戻りできない。『あの子の秘密』の「秘密」が、完全に暴かれちまう。まだ作品を読んでいない方は、ブラウザバックを推奨する。『あの子の秘密』をお買い上げいただき、ひととおり読了してもらってから、もう一度このページを訪れてくれ。一応、リンクも貼っとく。
あのひよっこはよくこんなことを言ってる。「物語の真実はテキストの中だけにある。作者が考えていることだって、テキストの中にないのなら、読者の想像や二次創作なんかと同じだ。場合によっては、作品を楽しむためのノイズになる場合だって、ある」——その理屈に従うなら、この先に書いてある、『あの子の秘密』のテキストにないことは、すべて村上の頭の中だけで完結すべきことだ。
だけど、おれはこう思う。物語はコミュニケーションだと。
作者の頭の中にあるものからテキストはできる。そのテキストを読んだ読者の心の中に、物語の世界は広がる。でも、それだけが読書の楽しみじゃないと、おれは思う。そのテキストについて語り合ったり、各々の物語の世界を分かち合ったりすることだって、かけがえのない読書の醍醐味だと、おれは信じている。
だったら、この企画にだって、すこしは意味があるんじゃねえかな。わからんが。
さあ、準備はいいか? それとも、まだ迷っている?
そうだな。とりあえず、ここにPVを置いておこう。それを見てから、この続きを読むかどうか、改めて決めるといい。
本当にいいんだな?
後戻りはきかないぜ。
『あの子たちの真実』
●アイデアについて。
黒猫 じゃ、村上。はじめに聞いておきたいんだが、そもそも『あの子の秘密』——まあ、応募時は「ハロー・マイ・フレンド」だったが、着想というか、アイデアはどういうところからきているんだ?
村上 そもそもの着想は、『イマジナリーフレンドを持つ少女がテレパスの少女に出会ったらどうなるか?』という、思考実験から始まりました。そのころ親しかった友人の家に泊まりこんで、長々と話しこんだのを覚えています。
黒猫 へえ。他人様の家に上がりこんで、自分の物語について話しこむって、けっこう迷惑なやつじゃないか? どうなんだよ、そのへんについては。
村上 自分でもそう思うけど、まあ、いいやつなんですよ。そいつは。ともかく、小夜子と明來の原型も、そこで固まりました。世界のすべてに背を向けて、空想の黒猫だけを友だちとして孤独に生きる少女。他人に触れることでその心を読む異能を持ち、その力ゆえに道化を演じる少女。友だちになろうとする明來。それを拒絶する小夜子。教室での衝突。互いの心の傷。愛する者のために、消えることを選んだ黒猫——。
黒猫 おれのことを言われるとコメントに困るな。首の後ろがかゆい。
村上 いなくなった黒猫のため、頭を下げる小夜子。その助けに応じようと、無私ともいえる行為に出る明來……クライマックスのお泊り会のことも、その時点で決まっていました。
手をつないで眠るふたり。夢の入り口が、心の奥底に隠れた黒猫への道を開くことも。積み木を積むように、ひとつひとつのシーンが重なっていきました。
黒猫 それ、書きはじめる前だよな? その時点でそこまで決まっていたんだな。
村上 前にも書いたと思うけど、だいたい終わりまで物語の筋が見えないと、書きはじめる勇気はなかなか出ないので……。
黒猫 なるほどな。その時点で、テーマみたいなものはあったのか?
村上 テーマというか、『友だちができたから、イマジナリーフレンドはいらない』とか、『夢から覚め、現実とむきあうことを成長と呼ぶ』みたいな物語にはしたくないと思ってはいた。小夜子が救われるための犠牲に、黒猫がなってはいけない。という気持ちだけは、最初から最後まで変わってない。
黒猫 …………。
村上 消えない魔法があってもいいじゃん。おとなになっても、寄り添ってくれる妖精がいたって、いいじゃん、それはそれで。そんな気持ちで書いた物語です。『イマジナリーフレンドをもつ少女が、テレパスの少女に出会ったらどうなるか?』……『あの子の秘密』はその問いのひとつの解であり、そしてその解はそれなりに美しいものだと、ぼくは思います。
黒猫 いや、覚悟はしていたけどさ。
村上 うん。
黒猫 自分の出てくる物語をインタビューするの、やっぱつらいわ。
村上 悪いが、まだまだこれからなので。
黒猫 もうおれ、おうちに帰りたい。
●登場人物紹介・倉木小夜子
村上 じゃあ、ここからは登場人物紹介ということで。まず、主人公のふたりからね。倉木小夜子。黒猫がこの世でただひとり、命を懸けても幸せにしたい女の子だ。
黒猫 (無視)あいつの名前の由来とか、なんかあるの?
村上 (無視された)倉木は『暗き』。小夜子はぼくが好きな名前で、今までも何度となく主人公につけてきました。『夜の子』。あらゆる神秘を内包した暗闇を、その名に宿す少女。
黒猫 カッコつけた言いかたするなよ。中学生から成長していないことがばれるぞ。
村上 実際、精神年齢的にはしてない気もする……。ともかく、倉木小夜子。キャラクターとしては割とステレオタイプだと思います。しゃべりかたとか古風ですよね。今時あんなふうにしゃべる6年生いないよ。
黒猫 まあ、そうな。あんまり今風のしゃべり方ではないわな。性格のモデルとかあるの?
村上 性格というか、抱えたものはぼくに似ていると思います。というか、登場人物はみんな、自分の感情や性格の一部を、強めたり誇張したりして生まれているので……。他人の心にずかずかと踏みこんでくる相手がきらい。『あなたのためを思って』という押しつけがましい言葉がきらい。外界に対して心を閉ざし、とげとげしい態度で武装していますが、本質的には繊細で感受性の豊かな子なんだと思います。
黒猫 それは遠回しに自分のことを繊細で感受性が豊かだと言っているのか?
村上 まあ、おれにもおまえみたいな存在がいたころあったしね。十代後半のころかな……。
黒猫 『イマジナリーフレンド』?
村上 そこまでくっきりとした存在ではないけれど、でも、ぼくに対していくつも言葉をくれた。ぼくは彼女のおかげで救われていたんだ。そういう経験も、『あの子の秘密』には生きているかな。
黒猫 そいつのことも気になるが、とりあえず話を戻そう。小夜子のことだ。
村上 そうだね。あの子は黒猫にすがり、依存し、それ以外のすべてを敵とみなして攻撃あるいは無視することでしか、心のバランスを保てずにいたわけですが、明來と優歌の献身によって、徐々に態度を軟化させていく。とくに、黒猫を取り戻そうとわが身を顧みず、心の深みに飛びこんでくれた明來を、小夜子は親友だと思うようになります。小夜子にとって、明來の存在と黒猫の存在が、自身の心を外側と内側から支える柱になったわけです。
黒猫 現実も魔法も、どちらも大切なものだってことだな。人間はパンだけで生きるにあらず……というのはちょっと違うか。だが、それで腹が膨れずとも、夢を見ずにはいられないのが人間という生き物だからな。
村上 そこで物語は終わるわけですが、問題はこのあとですよね。例えば、小夜子の日常から、今度は明來のほうが失われたら……?
黒猫 ?
●登場人物紹介・三橋明來
村上 まず、名前の由来から。三橋はつまり、倉木(暗き)と対になる『光(みつ)』と、心をつなぐ『架け橋』をイメージしてつけました。明來のほうはそのまま『明かりが来る』という意味です。「アキラ」という読みでもよかったんですが、もっと今風の読み方がいいな、と思って子どもの名づけサイトを端から回った覚えがあります。
黒猫 たしかに、小夜子とは対極のキャラクターだよな。明暗、陰陽、というか。
村上 めちゃくちゃテンションの高いキャラとして描写されていますが、このキャラ、年齢によって好き嫌いがわかれるみたいです。ぼくの親世代から上くらいになると、『けっこううっとうしい』、『痛々しい』という意見が多くなってきます。もっとも、きちんと統計を取ったわけではないので感想を聞いているぼくの体感ですが。ぼくなんかは、小夜子のほうがだいぶ痛々しい子だと思うんだけど……。
黒猫 ひっかくぞ。
村上 やめて。
黒猫 ……明來の性格の話を聞こうか。あいつ、道化めいたふるまいが目立つよな。
村上 そうですね。道化を演じているものの、逆に言えば、それができるくらい精神年齢が高いということでもあります。それは彼女の『人に触れると心が見える』能力が関係しているというか、心が見えるからこそ、おとなにならざるを得なかったと言ったほうがいいかもしれませんね。
黒猫 『力』っていうのは便利なだけじゃ終わらないからな。代償ってのがつきものだ。でも、その割に明來はまっすぐな子に育ったよな。テレパスにありがちな人間不信をこじらせてないというか。
村上 そうだね。小夜子が背をむけて見限った世界の人々を、明來は手の届く限り全員助けよう、ハッピーにしようと思っているわけです。どっちがしんどいのか、という問いは不毛な議論になるのでやめておきますが、最後、黒猫の言葉に明來が涙するシーンが、彼女の背負うものの重さを如実に表してると思います。
黒猫 おれ、いいこと言うよな。我ながら。あと、そうだ。聞こうと思っていたんだけど。「ぷー」って、けっきょくなんなんだ?
村上 「ぷー」がネガティブな感情を表現する言葉だってことは、読めばわかると思うんだけど……。英語の『poor』とかから来てんのかなあ……。
黒猫 おまえもわかんないのかよ。
村上 まあ、スラングみたいなもんだよね。『shit』みたいな。まあ、『ぷー』はなんとなく表現としてもかわいいし、よかったら使ってみてください、みなさんも。なんか、ほら、いやなことがあったときとか。『超ぷーじゃん、それー』みたいな感じで……。
黒猫 いやなことはなるべくない方がいいんだけどな。まあ、でも明來らしい語感というか、「ぷー」って言葉が彼女のキャラクターを引き立てている感じもするよな。あいつはなかなかおもしろいやつだ。
村上 そうだね。そういえば、ラスト、明來の母親に恋人がいることがわかったわけですが、もしそのまま順調に交際していって、再婚ということになったら、いったいどこに住むんでしょうね? おそらくこのまま実家にずっといるわけではないと思うんですが……?
黒猫 ??
●登場人物紹介・ 黒猫
村上 はい。ここにきておまえの番だ。
黒猫 そう、このおれ。すてきな半野良イマジナリーキャット。
村上 知り合いのご母堂から『昔の村上に似てるよね』という意見をいただいた次の日、面識のない方から『黒猫みたいな彼氏はいやだ』という意見をいただいたときのぼくの気持ちよ……。
黒猫 それはおれもショックだわ!
村上 こいつ、基本的に小夜子の庇護者です。守護霊のようなものでしょうか。ときに親であり、兄弟であり、友人であり、メンターであり、最後のやり取りを見ると恋人のようでさえあります。それは小夜子が望み、しかし外の世界にはあきらめたすべての存在を映しているわけですが。
黒猫 まあな。皮肉屋で冷ややかで、でも自分にだけは優しくしてくれるって。ネコじゃなかったら少女漫画に出てくる男の子だよな。自分で言うのもなんだけど。
村上 ぬいぐるみに命を吹きこむのは持ち主ですしね。彼は小夜子の心を映してなんにでもなるわけです。しかし、彼女自身というわけではない。彼女の夢から生まれた心の一部、魂の双子ではあるものの、独立した人格を持つ別の存在です。
黒猫 へえー……いや、おれのことなんだけど、へえー。
村上 でも、それっていつからそうなんでしょね? 明來が湖の底で黒猫に触れたとき、彼女は黒猫の心を見ます。つまり、そこで『黒猫には心が存在する=自我を持つ独立した存在である』ということが確定するんですが、確定するまえも、その心はそこにあったんでしょうか? そもそも、明來と違って、お互いの心の存在を確定することができない我々は、なにをもって『あの人に心がある』と言っているんでしょうか?
黒猫 お、小難しいこと言い出したぞ。咲人の好きそうな話題だ。
村上 ラストでは『他人の夢の中に入れるようになった』描写や、『半野良イマジナリーフレンド』なんて言葉があるように、わりと自由にそのへんをうろうろしているんだと思います。
黒猫 基本的におれは見えないからな。だから、これを読んでいる諸君の様子もときどき見に行っているが、まあ気づいてもらえないわけだ。ただ、ひとりぼっちでつらいときとか、話し相手がいないときとか、心の中で愚痴ってくれたら、ちゃんと聞きに行くからさ。
村上 ぼくも、黒猫はそういう存在になってほしいと思っています。今後も。
黒猫 今後?
●ちょっとブレイク イラストのコーナー
村上 はい、ここで今回はイラストを紹介しよう。
黒猫 本当のラジオ番組だったらこういうことできないよな。はい、『あの子の秘密』の挿画を担当してくださったカシワイさんのイラスト、編集Hさんが掲載許可をもらってきてくれたぜ。じゃん!
illustration©︎Kashiwai
黒猫 あれ、このイラスト、本編には登場しないよな?
村上 そうね。これは、本の中には描かれてない。ぼくが第49回児童文芸新人賞をいただいたとき、Twitterでちょっとしたイベントをしたんだけど、そのときのやつだね。カシワイさんがお祝いで描いてくださったの。
黒猫 めっちゃいいな。
村上 めっちゃいいよね。カシワイさんには感謝してもしきれないですよ。
黒猫 じゃ、目の保養をしたところで続きといこうか。
●登場人物紹介・天海優歌
村上 こんなに人気が出るキャラだと思わなかったんだよう! ソバガラ!
黒猫 ソバガラ! って掛け声、すごいよな。みんな、修学旅行で枕投げをするときとか、使ってみてくれ。
村上 優歌と巴のふたりは、中学のときの同級生がノートに書いていたオリジナルキャラがモデルになっています。
黒猫 お、初耳だぞそれ。え? なんかイラストとかないの?
村上 あるよ、手元に。でもさすがに勝手に載せると怒られそうなので、やめておきます。
黒猫 ちぇ。
村上 優歌のおかげで、後半、物語が重くならずにすんだ感があります。ぽんぽんおもしろいこと言ってくれるし。っていうか、彼女アウトオブコントロールなところがあるので、ギャグを言わせると物語が脱線するんですよね。改稿でだいぶ削りましたけど。
黒猫 そうだ。優歌のことで気になっていることがあるんだが、質問していいか? お城みたいな家に住む彼女の親、なにしてる人なんだ? おれも尾頭付きの鯛の刺身とか、食ってみたいぞ。
村上 料亭を営んでいるとか、大会社の社長だとか、政治家だとか地主だとかヤのつく自由業の大親分なんじゃないかとか、いろいろな推理を聞くのですが、申し訳ない。ぼくもよくわからないんです。
黒猫 わかんねえのかよ。
村上 あ、でも、めっちゃ歌がうまいです彼女。
黒猫 ぜんぜん関係ないじゃんか。
村上 今後も、あのすてきな性格のまま、成長していくんだと思います。
●登場人物紹介・相沢巴
黒猫 おれ、あんまりこいつと接点ないんだよな。
村上 そうね。物語を通じてぶれないキャラでした。一番マイペースなのは優歌じゃなくて巴では?
黒猫 姉御肌だよな。なんというか、面倒見がいいけれど、それを前面に出さないっていうか、ちゃんと自分が動くべき時をわかっているというか。
村上 小夜子のお見舞いに行こうという優歌と、なにもわかってないのにただ会いに行っても傷つけるだけだという巴の問答が面白かったです。どっちも正しいよなあ、と思って書いてました。
黒猫 ラストでいっしょに帰る4人の中で、巴だけちょっと蚊帳の外というか、おれのことを知らないわけだけど今後、小夜子が話したりするのかね?
村上 優歌は『他人の秘密をばらしたりしない』誓いを立てていますし。小夜子は仲良くなるにつれて、少し気に病みそうだよね。秘密にしていることを。ただ、勇気を出して話しても、巴は正直どうでもよさげな反応を返す気もします。あまり響かないんじゃないかな。黒猫がいてもいなくても、自分たちの間に秘密があってもなくても、小夜子と友だちであることに変わりはない、とか言いそう。でも、黒猫に関してなにか助けがいるというなら、なんでもないような顔で力を貸してくれるでしょう。そういう子です。巴は。
黒猫 いいやつだよな。もっと活躍の場があったらよかったのに。
村上 ぼくもそう思う。あの子と小夜子の間のことをもうちょっと書いてみたかった気もします。優歌とは別の角度で、彼女の支えになってくれるんじゃないですかね。
●登場人物紹介・櫻井美咲
黒猫 出たぞ。こいつ、めちゃくちゃ人気あるんだよな。
村上 スクールカースト上位のお姫様に見せかけたダークヒーロー。この物語の裏の主人公。この子に関しては、とある読者さんがするどくブログで考察されていて、舌を巻きました。作者冥利に尽きますね。
黒猫 こいつはこいつで、バケモノみたいな小学生だよな。
村上 本当にね。彼女は明來のような特殊能力は持ちませんが、兄譲りの洞察力と頭の回転の速さ、それから魅力的な容姿と言動で、他人を動かすことに関して天性の才能があります。
黒猫 セリフがまた深いよな。『世の中にはね、よく知りもせず、知ろうともしないくせに、自分がわからないことをわかりやすいデマカセでくるんで、わかった気になる頭の悪い連中が、たくさんいるの』(P170)。6年生でこのセリフって。
村上 兄に対する心無い人々の態度を見て学んだことなんでしょうけれど、だからこそ、彼女が心に秘めた『想い』を自ら『いけないもの』とラベルを貼って押し殺し、ひた隠しにしてきたかと思うと、やりきれないですね。
黒猫 ほんとだよ。いいんだよ、そんな連中に遠慮なんかしないで。
村上 さて、彼女が小夜子に対してアプローチをはじめたところで、物語は幕を閉じました。しかし、小夜子にはすでに明來という存在がいて、そのふたりには『切っても切れない絆』と表現されるほどの関係が築かれてしまっています。勝ち目は薄いです。でも、何らかの理由で明來がいなくなってしまったら? ずっとずっと好きだったあの子を、トンビが油揚げをさらうがごとく奪っていった彼女が不在になった中学校で、美咲は今度こそ想いを遂げることができるでしょうか?
黒猫 ?? だから、なんの話だ?
●登場人物紹介・櫻井咲人
村上 お兄さん。
黒猫 なんでも知ってるお兄さんな。こいつ、なんで引きこもりになったの? けっきょく、作中ではなにも明かされてないよな。
村上 きっと彼は絶望したんだろうと思います。
黒猫 絶望?
村上 これは今後書くことがあるかもしれないので、多くは語れないのですが——おそらく、彼が絶望したのは、あまりに人を動かすのに長けていたからなのでしょう。彼は美咲の上位互換的な能力を持ち、彼女のようにクラスの上位に君臨せずとも、些細な言動で人を思い通りに動かすことができます。しかも、そのことをだれにも気取られずに。
黒猫 いやいや……まあ、でもできそうだから怖いよ、このお兄さん。
村上 きっと彼にとって、人間は『入力に対してそれぞれの計算の結果、出力を繰り返す機械または現象』くらいにしか思えていないのです。彼にとって『心』というのは、『興味深い』とは言いつつもあくまで『現象』でしかない。対等な関係や、心のふれあいなど、幻想でしかないわけです——まあ、これもテキストには一切かかれていないので、二次創作みたいなものです。この仮説を『あの子たちの真実』として採用するかどうかは読者の方ひとりひとり次第ですよ、もちろん。
黒猫 ずいぶんと恐ろしい裏設定を考えていたのな、おまえ。おれ、ちょっと引いているよ。
村上 さて、美咲は咲人によって、迷いを払われたわけですが、この仮説を前提にすると恐ろしいことこのうえないですね。咲人は妹の心をも操ろうとしているのか。それとも、妹のその想いこそが、兄の闇を照らす光になるのか……。
黒猫 …………。
●ちょっとブレイク 小夜子のお父さんについて
村上 小夜子のお父さん、作中では研究者らしいということが登場人物のセリフから読み取れるんですが、いったい何を研究しているのか。ちょっと改稿するときに編集Hさんへ送ったメールの中に興味深いものがありました。引用します。
父親は東京の公的機関で微生物(特にウイルス)の研究をしている。
(↑特に前面に押し出す設定ではない。明來と優歌がお見舞いに来た時に、ちらっと言及されるかされないかといった程度。ちなみにウイルスは『遺伝物質(≒キャラクター)を持ち、細胞(≒肉体)を持たない、他者に寄生して増殖(≒成長)する存在』、つまり黒猫のメタファーでもある)
黒猫 ほほう、なるほど。おれって、ウイルスなのか。
村上 思念的ウイルスみたいなものじゃないかな。ほら、『情報』と『遺伝子』を近いものと定義して『ミーム(meme)』って呼んだりもするらしいし。
黒猫 ミーム?
村上 脳内に保存され、他の脳内に複製可能な、社会的、文化的情報……って、調べると出てくるけれど習慣や技能、物語なんかがそうだよ。人から人に伝わるうちに、『遺伝子(gene)』と同じく進化していく(Wikipedia調べ)。
黒猫 はっはー。そう考えるとおもしろいな。ただでさえ、おれは『あの子の秘密』の最後で、小夜子のイマジナリーフレンドから『半野良イマジナリーフレンド』と呼べる存在へと進化している。
村上 そう。いろいろな人の心の中、夢の中を渡り歩く能力を得たわけだよね。
黒猫 それこそ、本当に『ウイルス』みたいだよな……まあ、それはともかく。
村上 うん。
黒猫 小夜子のお父さん、絶対、いそがしいよな。
村上 物語を書いたときは、こんな世の中になるとは思わなかったけれどね……。
最後に『あの子の秘密』の今後。
村上 と、いう感じでね。お楽しみいただけたでしょうか。『あの子たちの真実』、登場人物ひとりひとりについて、裏側やら裏設定やら裏の事情やらを語ってみたんですが。
黒猫 おまえ、なんとなくさっきから思わせぶりなんだが、もしかして、続きを書く気でいるのか?
村上 それな。
黒猫 まじで?
村上 いや、今のところ予定はぜんぜんないよ。
黒猫 ないのかよ! もったいぶるなよじゃあ!
村上 でも、『あの子の秘密』、ぼくにとって本当に特別な作品なんですよ。いまでも『あの子たち』のことを考えちゃうし、断片的に開示をしたけれど、続きのことも頭にないわけじゃない。だけど、ぼく、まだ『あの子の秘密』、『キャンドル』の2作しか書いてないんですよ。
黒猫 ひよっこだからな。
村上 そう、ひよっこなんだよ。まだまだ『あの子の秘密』の続きを書くには力不足だと思うし、今の段階で書いても、自分の可能性を狭めるだけにしかならないと思うんだよね。どんどん新しいものを書いたほうがいいと思うんだ。
黒猫 そうだな。過ぎ去りし日の栄光にしがみつくのはみっともないしな。
村上 でも、5年後、10年後、『あの子』を読んだ子どもたちが、それこそ大人になってからかもしれないけれど、続きを書く気はずっと持っていると思います。気長にね、待っていただければ。
黒猫 しばしの別れってやつだな。だいじょうぶ。ページを開けば、おれたちはいつでもそこにいるよ。
村上 あ、でもおまえはおそらく別件でこれからも活躍してもらうつもり。
黒猫 台無しじゃねえかよ。おれのかっこいいセリフが。
村上 と、いうわけで、今回は最終回ということでだいぶ長くなりましたが、このへんで終わりたいと思います。5回にわたって読んでいただき、本当にありがとうございました!
黒猫 そこのハートボタンをちゃんとクリックして帰ってくれよ。また近いうちに会おう。お相手は半野良イマジナリーキャット・黒猫と。
村上 ひよっこ児童書作家・村上雅郁でした。シーユーインアナザードリーム、ハバナイスリアリティ! そして、よいお年を!
♪エンディングテーマ 『Bye-Bye, Firefly』 作詞作曲・ QO2
Masafumi Murakami
1991年生まれ。鎌倉市に育つ。2011年より本格的に児童文学の創作を始める。第2回フレーベル館ものがたり新人賞大賞受賞作『あの子の秘密』 (「ハロー・マイ・フレンド」改題)にてデビュー。2020年、同作で第49回児童文芸新人賞を受賞。