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其の場凌ぎの時間潰し

義務ではないんだけれども、今月投稿したら○ヶ月連続!って出てくるから、じゃあ何か書こうかなって気になる。これで4ヶ月らしい

自分は大学生なんでちょうど春休みだったんですよ。帰省して地元の友だちと遊んできたり、下宿先に戻るついでに寄り道旅みたいなことをして、結構充実していたほうなんじゃないかなと思う。

最近の出来事

地元の友だちと旅行していたとき、まあ酒飲んだし移動で疲れてたのもあったし夜も寝るの遅かったしで、翌朝痙攣で緊急搬送されてしまいまして。自分が自殺未遂以外で運ばれるとは…って思ったり。そのときの検査で、痙攣とは関係ないらしいのですが、偶然脳に何かあるのが見つかったんですよね。後日詳しく検査したら、やっぱり確実にあるみたいで。手術して見てみないとそれが何かは断定できないけど、一般的には定期的に様子見する人が多いみたい。ただ成人してるとはいえ学生だから、今度親御さん交えて話そうねってなりまして、結局どうするかはまだわからないところですね。緊急性は無いし制限もないので、構わず酒は飲みますがね。主観的には無症状で元気です。

実は少しだけ期待していたので…

正直なところ、なーんだ、死なないんだって期待外れみたいな感じですね。これで死ねるならわざわざ死に場所とか方法とかタイミングとか、考えなくて済むようになるし。それに、様子見とか一番つまらないじゃないですか。死なないにせよ、手術は面白そうじゃないですか。入院とかしたことないし、主観的には元気でまだ若いときに入院って中々ないじゃないですか。

まだね、楽しみとかありますよ、色々。来月は当たったLIVEに行くし、これから当落のLIVEもあるし、痙攣で行けなかったUSJのリベンジしようねって話はあるし、旅行は色々してるけど定番の北海道とか沖縄とかはまだ行ったことないし、また遊ぼうねって言ってる人はいるし、大学のお勉強は楽しいし、30までみんな生きてて独身だったらシェアハウスしようねって言ってるし、描きかけの絵や考え途中の問題もあるし。でもやっぱり、それが生きる理由にはならないというか、どう足掻いても死にてぇ〜が勝っちゃうというか。全部放棄して死にたいってときの全部に、こういう楽しみみたいなものも含まれてしまう。

自己擬態

楽しいはずなのに、どこか、本当に楽しいの?って疑問に思っている自分がいる。その感情は、楽しいで合ってる?そう表現するのが正しいと思ってそう言っているだけでは?顔色を窺う相手、他人だけじゃなくって、自分も対象なんじゃないかな。其の場凌ぎみたいに、楽しいって言っても違和感がないようなことで時間を潰して、沸き上がる苦しさって言うような、吐き気みたいなものを、何かしらの方法で吐き出して、疲れて寝ることで時間を潰して。自分に対してご機嫌取りをしているみたい。そこで終わるならいいんだけど、死にたいんだからこうして生き延びる必要も無いんじゃないかって、ぶつぶつ呟いてるのが聞こえてきてしまう。

今のところ、その呟きを黙らせる方法として、まだ楽で確実な方法も、丁度いい場所もタイミングも見つかってないでしょうと。いつどこでどうやって死ぬのが自分にとっても周り(死体処理とか)にとっても一番楽で確実なのか、分かっていないでしょうと。そう言い聞かせるのがよく効いている。

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