AI技術で日本の漁業をサステナブルに。京都大学発 ベンチャー オーシャンアイズの挑戦
SDGsでの未知への挑戦者(Explorer)に注目する本連載「SDGs Explorer」
日本の海がおかしい
こんにちは。Fringe81 noteチームの横山です。
寿司、天ぷら、刺身と「魚」は日本の食文化を語る上で欠かせない存在です。しかし、昨秋は、秋の代名詞であるサンマの不漁があったり、今年に入ってからは、イカの不漁が報じられるなど、日本の海に異変が起こっているようです。
漁業大国 日本は、もう過去のもの
世界の漁業・養殖業生産量は増加傾向で、2016年は前年より2%増加して2億224万トンとなっています。一方で、日本の漁業・養殖業生産量は、1984年がピークで1,282万トン。そこから急速に減少し、2016年には436万トンとなり、ピーク時の約1/3になっています。
FAO「Fishstat(Capture Production、Aquaculture Production)」(日本以外の国)及び農林水産省「漁業・養殖業生産統計」(日本)に基づき作成
水産庁のホームページにある国別の漁獲量(養殖を除く)のデータを見ても、かつて日本は世界一の漁獲量を誇っていましたが、2016年時点では、中国、インドネシア、EU、インド、アメリカなどに次ぐ8位となっています。四方を海に囲まれた日本は漁業大国だというイメージは、すでに遠い過去のものとなってしまったようです。
AI技術で漁業のデジタル化へ挑む京大発ベンチャー
近い将来、日本の食卓から日本産の魚が消えてしまうのだろうか。そんな不安を感じた時、サステナブル(持続可能な)漁業を目指して、未知への挑戦を行っているベンチャー企業が京都にあることを知りました。AI技術で漁業のデジタル化を支援する株式会社オーシャンアイズさん(以下、オーシャンアイズ)です。さっそく、京都へ行って同社 取締役 笠原秀一さんに話を伺ってきました。
株式会社オーシャンアイズ 取締役 笠原秀一さん
株式会社オーシャンアイズの創業メンバー・取締役。京都大学学術情報メディアセンター特定講師として、海洋水産データのパターン解析や状態予測・推定技術の研究や事業化を中心に活動。通信事業者での新規事業開発や経営管理等のビジネスに携わる。勤務時間後の時間を使って青山学院大学で経営管理修士号を取得した後、京都大学にて博士(情報学)学位を得て研究者に。
大転換が求められている日本の漁業
まず始めに、一番聞きたかったことを聞いてみました。それは、日本の漁業で、今何が起こっているのかということです。
笠原:「人口減少と高齢化は、日本全体が直面している大きな課題ですが、漁業も同じです。規模の縮小と高齢化というダブルパンチ状態です。結果として、漁師になりたいという若い人が少なく、技能継承が進んでいません」
笠原:「さらに、外部環境としては、管理漁業をいれて資源を持続可能にしようとする動きがありますので、魚種ごとに捕れる上限が定められるようになります。その中で、いかに効率的に魚を捕り、収益を確保するのか。これが、漁師さんが直面している大きな課題だと思います」
魚を捕るうえで、一番知りたいことは「どこに魚がたくさんいるのか」ということでしょう。魚群探知機が、その役割を果たすと思うかもしれませんが、魚群探知機は漁船の真下の状況を把握するもので、100km、200km先の海の状況は分からないそうです。
笠原:「出航前に、漁場としてどのエリアに狙いを定めるのかは、現状は、漁師さんの勘と経験に裏付けされた熟練技となっています。しかし、近年、海の資源枯渇の問題から、管理漁業をして資源保護をする必要性が高まっています。不漁の時はダメで、大漁の時に捕れるだけ捕るといった、これまでの漁業の在り方に大きな変換が求められています」
笠原:「全体資源量をみながら、いかに効率的に魚を捕るかということが必要なのです。我々は、AI技術を駆使して、漁師さんが魚を探す技術をサポートしていきたいと考えています。」
AI技術で海水温や潮流を見える化
オーシャンアイズは、2019年4月に京都大学と海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究者によって設立されたベンチャー企業です。JAMSTECが持つ数値モデルの技術と、京都大学が持つディープラーニング画像解析の技術を組み合わせてサービスを開発しています。
笠原:「当社は、一言でいうと、水産業のデジタル化に取り組んでいるベンチャー企業です。衛星データをもとに、海況情報や漁場予測のサービスを提供しています」
オーシャンアイズでは2つのサービスを提供しています。1つは、養殖場や定置網漁,自治体・水産試験場などのニーズに合わせてカスタマイズした海況情報を提供するサービス「SEAoME(しおめ)」。
海洋数値モデルを使った沿岸から外洋までのシームレスな海洋環境情報 (海水温や塩分濃度、潮流の速度など)を最大で2週間先まで、1.2kmメッシュの解像度で予測できます。これにより、養殖設備や定置網に大きな被害をもたらす急潮・赤潮や急激な海水温変化を予測し、被害防止に活用できます。
SEAoME(しおめ)画像提供:オーシャンアイズ
もう一つは、漁場を選定する際に重要な情報となる海水温や海流のデータを準リアルタイムで提供する「漁場ナビ」。
笠原:「大型船では、衛星データを使って海水温などを把握していますが、1日1回ぐらいの更新頻度でリアルタイムではありません。さらに、雲で見えない箇所もあり、あまり実用的ではありません。漁場ナビでは、気象衛星「ひまわり」の映像を、Generative Adversarial Network(GAN)とディープラーニングの技術を活用して、雲で隠れた部分の海水温情報を復元できるようにしています。1時間ごとに配信しているのでとても実用的です。さらに、雲の下に隠れた部分で、+-1度の範囲内に6割ぐらいは収まる精度を保っています」
漁場ナビは、SaaSサービスなので、アプリをインストールすればタブレット端末などで海水温の状況を把握できます。さらに、「SEAoME(しおめ)」と同じ技術を用いて計算した海況予測を6時間ごとに配信しています。
笠原:「さらに、漁場ナビでは、操業履歴データを提供して頂けるお客様に対して、操業データを加えて、漁場そのものを推定するオプションサービスも提供しています。潮目のパターンと、過去の漁獲量のパターンをディープラーニングすることで、魚がどれくらい捕れる可能性があるかを予測するサービスです」
画像上:日本近海の海水温の分布(雲除去前)
画像下:日本近海の海水温の分布(雲除去後)
画像提供:オーシャンアイズ
漁師の勘と経験という暗黙知の形式知化
デジタル技術を用いて、職人技といわれる暗黙知の形式知化に成功した事例としては、日本酒の獺祭があります。杜氏の暗黙知となっていた仕込みや醸造プロセスをデジタル化することで、酒造業界に新たなイノベーションを起こしました。オーシャンアイズが行っていることも、まさに、暗黙知となっている「漁師の勘と経験」という熟練技を、AI技術で形式知化して、漁業全体の漁獲効率を高めようという未知への挑戦です。
笠原:「日本の漁業は、関サバなどブランド化や流通系の改善は進んでいると思いますが、肝心の魚を捕る部分で効率をあげる改善は進んでいません。我々は、AIの技術を活用して、そこに風穴を開けたいと思っています」
プラスチックごみだけではない、海の問題
海の問題としては、プラスチックごみが取り上げられることが多いと思いますが、2015年9月に国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)の14番「海の豊かさを守ろう」には、管理漁業に関するターゲットが明記されています。
笠原:「科学的な管理漁業という面では、日本は海外と比べて遅れをとっています。たとえば、ノルウェーは、管理漁業のためのデジタル化が非常に進んでいて、漁業生産組合のIT部門の規模が大きいです。沖合の漁船がどれだけの量の魚を捕ったかを、ネットワークでリアルタイムに共有して、漁船が沖合にいる間にセリが始まります。漁船が返ってくる頃には、セリは、すでに終わっているのです」
領海と排他的経済水域を合わせた面積では、世界6位という水産資源に恵まれた日本が、再び漁業を成長産業にするために、乱獲を防ぐ管理漁業は必要となってくるでしょう。しかし、それと合わせて、いかに少ない工数で狙った量の魚を捕るかという、漁獲の効率化も大切になってきます。オーシャンアイズの挑戦は、まさに、漁獲の効率化を後押しするものですが、オーシャンアイズでは、漁業から水産業全体のデジタル化を見据えており、さらに大きなビジョンを描いています。
笠原:「我々は、現在は、漁獲の効率化に役立つサービスを中心に提供していますが、今後は、魚市場や、流通、小売りまでをネットワークでつなぎ、水産業全体のデジタルプラットフォームを担う企業を目指したいと考えています」
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いかがだったでしょうか?日本の漁業のサステナブルにしていくことが、次世代に、豊かな日本の魚食文化を残していくことにつながるのでないでしょうか。オーシャンアイズの今後の取り組みに期待しましょう。
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