朝日中学2年1組(3)
中学の定期テストでは、どの教師も、自分の担当する科目のテスト監督はしない。英語のテストの場合は、他の教科担当の教師が各クラスの監督をし、英語教師は、生徒たちがほぼテスト問題に目を通し終わった頃を見計らって、各クラスをまわり、質問を受ける。
2学期の期末テストともなると、尚子もそんなシステムにだいぶ慣れ、各教室を回り、監督をしている先輩教師の前で、生徒の質問に答えることにも少し余裕がもてるようになっていた。1組の生徒たちは、そんなときにも一番活発で、尚子が教室に入って行くと、先をあらそって手をあげた。なにか答えのヒントが得られるのでは?と期待している真剣な瞳が尚子にはほほえましかった。太田でさえ、不機嫌そうな視線をチラリと尚子に向けただけで、無駄口はきかず、問題にとりくんでいた。
「わからなくても、なにか書きなさい。勘でもいいから。白紙じゃ、点にならないからね」
尚子の言葉に監督の先輩教師は楽しそうに笑った。
テストが終わった後の最初の授業は、問題の解説と答えあわせをするのが恒例になっていた。解答用紙を全員に配りおわり、問題を読み始めた時、尚子は重大なミスに気づいた。1問2点の問題5問を、1点と数えて採点してしまったのだ。生徒たちもそれに気づき、教室は騒然となった。1点の間違いでも神経質になっている生徒たちにとって、5点の誤りは大問題だ。
「すみません。わたしのミスです。正しく採点しなおして、全員に5点ずつ上乗せすることにします」
とっさに考えたことだった。
生徒たちの気持ちが少しでも鎮まってくれればと・・・
しかし、細野が立ち上がって言った。
「全員5点もらったって、結局いっしょです。なんの意味もない。そんな点はいりません」
クラス委員で、成績もトップの細野の言葉は重みがあった。
太田は自分の出番を待っていたかのように、立ち上がって叫んだ。
「いらねえよ、そんな点。それより、このおとしまえ、どうつけてくれるんだよぉ!」
普段は大人しい生徒たちまで、口々に叫びだし、尚子は教壇にたちつくした。43人のブーイングをうけている自分、こんな場面はドラマだけでたくさんだ。しかし、なんとかしなければ。わたしは教師なんだから。
生徒達の声がしずまるのを待って、大きく息をすいこんだ。
「わかりました。採点し直すだけで、点の上乗せはやめにします。もう一度解答用紙を集めて採点しなおす時間をください」
昼休みに15分もくいこんで、やっと授業は終わった。
職員室にもどると、出前の定食をほぼ食べ終わっていた小関が心配そうに聞いた。
「また、うちの生徒、なにかやらかしましたか?」
尚子の話をきくと、うなずいて先輩らしく答えた。
「そうですか、そんなときは、白紙にもどすのがいい。僕にも経験があります。今度、2年の担当教師だけで、飲み会でもやりましょう。忘年会もかねて。いやぁ、2年生は一番難しい。1年はまだ中学になれてないから、おとなしいし、3年は受験を控えて緊張してる。2年生が一番気楽で扱いにくいんですよ」
そうだったのか。尚子が2年生を担当したいと申し出た時の、校長のいぶかしげな表情の意味がやっと分かった気がした。
忘年会の会場は、学校から車で10分ほどの小料理屋だった。小関の知り合いだということで、2階の8畳間が用意されていた。さしみに焼き鳥という、おきまりのメニュー。しかし、尚子には、教師仲間にまじっている自分がなにか新鮮に感じられた。
さしみにそえられたしその葉を食べようとすると、すかさず理科担当の
小関が言った。
「しその葉というものにはね、表面に細かい剪毛がはえていて、どんなに洗っても、きれいにはならない。いろんな菌がウジャウジャいるんですよ。やめた方がいい」
小関はかなりの酒豪で飲むほどに酔い、饒舌になった。ふいに口をつぐんだと思うと、次の瞬間涙を流しながら訴えた。
「教師なんてね、いやな仕事ですよ。生徒を叱って罰として正座させて、きらわれるようなことやらないと、けじめがつかない。ああ、いやだ、いやだ・・・」
眼鏡を額までずりあげて、おしぼりタオルで涙をぬぐった。小関はその後もしばらくの間泣きつづけて、まわりの教師達をうんざりさせた。
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