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山茶花の庭

淡くすみれの花が描かれた喪中はがきが届いた。差出人は知らない名前で首をかしげたが、内容を読んではっと思い当った。恩人のTさんの後見人からだ。

Tさんとは茅ヶ崎に住んでいた頃、わたしの住むアパートの向かい側にご夫婦で住んでいられ、毎週トラックで来る八百屋さんの店先で知り合った。
Tさんの奥様は当時80歳くらい、素敵な笑顔の方で、挨拶を交わすうちだんだん親しくなった。ある日中古車を買おうと思うけれど駐車場が見つからない、と話すと「じゃあ、うちの庭にどうぞ」とにっこり笑いながら言って下さった。あまりに虫のいい話に戸惑ったが探しあぐねていたのでずうずうしくもお願いすることにした。「無料でいいけれど、それじゃ気を遣うでしょう」と月二千円という破格の値段で。

Tさんの家は道路に面した二階建てで、家の横にちょうど車が一台入るくらいの庭があった。久しぶりの運転のため、道路からその庭に車を入れるのがこわくて何回も練習しちょっとした渋滞を起こすこともあった。あるとき勢いよくバックで入りすぎ、後ろの雨どいを割ってしまった。ビニールテープで補修して必死で謝ったが、怒るどころか「邪魔でしょう」とご主人が庭にはみ出していた山茶花の木を切って下さった。立派な体格の方だったが片肺がないとのこと、身体を少し左に傾けて歩く姿が優しい印象だった。

二千円を届けに行くといつも「どうぞどうぞ」と招き入れてくれ話がはずんだ。奥様はなんと元宝塚の娘役でご主人が惚れこんで結婚したとか。なるほど笑顔が魅力的なはずだと納得した。一人娘さんを病気で亡くしたそうでわたしを娘のように思って下さっていたのだ。

メリちゃんという大きなゴールデンリトリバーを飼っていて、わたしが訪問するとちゃちゃちゃと爪の音をさせて玄関に現れ「なあんだ、この人か」というふうに一瞥、頭を撫ぜると申し訳程度に尻尾を振った。「いつでも貸すから」といわれ時々散歩に連れ出したが、メリちゃんはわたしの言うことなんかどこ吹く風で自由に歩き、時々座り込んで動かなくなるので途方に暮れた。そうめんが大好きでご主人の手のひらから器用にそうめんを啜った。そのメリちゃんもだんだん足が弱り、やっと歩いていたがとうとうある日亡くなってしまった。

わたしの引っ越し後、しばらくたってお二人でホームに入られたと通知が来た。奥様はコーラスを頑張っていられるとのこと、元プロだからさぞかしと思っていたがその後数年は年賀状だけのお付き合いになっていた。

この夏に相次いで亡くなられたそうで、今頃は天国でメリちゃんと三人で楽しく暮らしているだろうか。あの家も山茶花の咲いていた庭ももうあるのは思い出のなかにだけ・・・

Tさんありがとうございました。
お二人のことメリちゃんのこと忘れません。

               チズより




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チズ
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