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秋の思い出#虎吉の交流部屋プチ企画

 故郷の実家近く、坂道の中ほどに一軒の農家がある。土蔵のわきの道に面した一角に、年老いた椎の木が一本立っていた。

 桐や椿、柿や栗の木などに混じり、普段は全くと言っていいほど、存在感のない椎の木なのだが、ひとたび秋がはじけて、アキアカネの大群が、いわし雲の下を南西へ南西へと向かって、ひたすら飛ぶころになると、きまって色づいた柿の葉とともに、椎の実がボロボロと大地に向かって踊り始め、椎の木の存在を再認識させた。

 数年まえ、故郷を訪れたとき、坂道に青い木の実を見つけ、ふと足を止めて拾い上げた。ぷん、と懐かしさをくすぐる匂いがして、
「この匂い、どこかでかいだ覚えがあるぞ!」としばし掌の中で青くふっくら細長い実を転がしてみた。

 少し亀裂の入った縦線にそって、そっと割ってみると、懐かしいにおいはますます強くなり、中からポロリと飛び出してきた美しい雫形をしたアーモンドのいとこのような木の実には確かに覚えがあった。

 次の瞬間、母の歌う椎の実の歌と、フライパンで炒る椎の実の匂いと、口の中に広がる椎の実独特の味・・・
そんな椎の実にまつわる、もろもろのことを思い出したのだ。

 母が小学生のとき、「映画教室」というものがあって、講堂にカーテンを引き、映画を上演した。その時見た「椎の実学園」という映画がとてもよかった、と椎の実がなるころになると、その主題歌をよく歌っていた。料理をしながらや、洗濯物を干しながら・・・

 ぼくらは しいのみ まあるい しいのみ
 お池に 落ちて 泳ごうよ
 お手てに 落ちて 逃げようよ
 お窓に 落ちて たたこうよ たたこうよ

 ちょっと哀愁をおびたメロデイで、確か障がい児の通う学校の映画で、先生と生徒たちが、野の道を歩きながら歌っていた、という。

 母の通った小学校の横にも椎の大木があり、秋も深まると大粒の椎の実をどっさりとふりおとした。拾って帰ると祖母がフライパンで炒り上げ、

「食べてごらん、おいしいから」

 とふるまってくれたそうだ。こんな味よ、と一度母が祖母にしてもらったように、フライパンで炒って食べさせてくれたことがある。数粒食べてみたが、甘いお菓子に慣れていた私は、おいしいとも思わなかった。でも、母の大切な思い出の味はずっと記憶に残っている。

 小学校の横にあったという椎の大木も、母も亡くなってしまったが、今年も故郷では、あの坂道に紅葉した柿の葉が散り落ち、椎の実が熟れてこぼれているだろうか。

            

            おわり



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