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ミックスサンド

「先にお飲み物お伺いしましょうか?」
このセリフをさりげなく、けれど、感じよくやっと言えるようになった。レストラン「ジョイ」に勤め始めて1か月、最初は緊張して、失礼のないように、と気持ちを込めすぎたり、ぶっきらぼうになったりしたが、程よい力の抜き方がやっと身についたのだ。

ここは、学生街、昼食時には大勢の大学生が食事に来る。学生向きのリーズナブルの飲み物と食事を出す明るい店が気に入り、バイトを始めた。カウンターとテーブルが12、テーブルには入口から奥に向かって番号がついている。これをきちんと把握することが重要だった。学生たちは勝手にテーブルをくっつけてしまったり、椅子を持ってきてしまうので、きちんと頭に入れておかないと混乱する。

店長はコックの広瀬さん、ウエイトレスは二人で学生アルバイトのけいこさんと私、時々近くに事務所を構える社長が様子を見に現れた。店長はまだ20代、もくもくと調理をするタイプ、けいこさんはここではベテランで爽やかな応対のできる人、私は主婦で子供がやっと小学生になり、久しぶりのバイトだった。

その日は土曜日で混みあう日だったが、けいこさんは急用でお休み、
私は、両手に皿を持ち、テーブルの間を泳ぐようにすり抜けていた。
そのとき、サラリーマン風の客が声をかけてきた。
「ミックスサンドまだですか?」
そう言えば、彼はだいぶ前から待っている。あれ?どうしたんだろう?
隣を見ると、二つのテーブルをくっつけて学生たちが賑やかに話しながら
ミックスサンドを食べている。
「あのミックスサンド・・・」こわごわ声をかける。
「ああ、来たから誰か頼んだのかと思って」屈託のない声。
いけない、間違えた!
私は厨房に走り、訳を話した。
広瀬は忙しく動かしていた手を止め、慌ててホールに出ていくと客に頭を下げながら言った。
「申し訳ありません。今すぐお作りしますのでもう少しお待ちいただけますか」
次の瞬間、私の方に顔を向け、みるみる表情を変えて怒鳴った。
「バカ野郎!間違えやがって!何やってるんだ!」
満席の客たちは驚いて一様に動作を止め、こちらを見た。
「申し訳ありません」
客に、店長に深々と頭をさげ、情けなさでいっぱいになった。確かに悪いのは私だ。でも、客の前で口汚くののしるとは・・・広瀬の人格に絶望した。

その日はバイト終わりの時間になっても、客足は途絶えず、私は夕方まで店の中を走り回り、まかないも断って帰った。

翌日開店前、電話をした。
「やめさせていただきます」
私が辞めても、けいこさんがいればなんとかなる。もう、こんな店まっぴら!あの店長とは働けない。一か月でやめるなんて、そんな考えがふとよぎったが、意地でも続けたくはなかった。

今でもウエイトレスにこう聞かれると、あの日を思い出し心が曇る。

「ご注文はいかがなさいますか」


               おわり(1171文字)


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