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湘南ライナー

 姉が体調をくずし都心の病院に検査にいくことになった。9時発の湘南ライナーに乗って行くので、その座席券を買ってきて欲しいと頼まれた。藤沢に住んでいた頃のことである。

 座席券は乗車前日の10時から売り出される。9時発のものは、もっと早い時間のものにくらべると売れ残る率が高く、発売時間前にいかなくても買えそうだ。しかし、万一のことを思って9時45分には駅に着くようにでかけた。車で行けばわけはない。

 座席券を求める人の列は、寒くなる頃からガラスの自動ドアに囲まれた売り場内をうねうねと蛇行する。圧倒的に中年の女性が多い。都心に通う夫の席の確保のために来るのだろう。文庫本を読んでいる用意のいい人、大きめのバッグを腕にとおして両手をからませている人、腕を組んでいる人、手を頬にあてその手の肘をもう一方の手で支えている人・・・中年の女性には若い女性がめったにしない独特のポーズがあるものだ。

 知り合い同士も多く、あちらこちらでおしゃべりの花が咲いている。

 「おたくの下のぼっちゃんはどちらへ?」

 「えぇ、都内の高校に通っているんですよ」

 「そうですか、もう楽でいいですね」

 「いいえぇ、ずう体ばかり大きくて、それに私立だからお金がかかってね」

 「あらうらやましい、慶應かどこか?」

 「とんでもない、そんな名門校とてもとても」

 大きなジェスチャーで打ち消しているのとうらはらに、なんだかとても
うれしそうだ。私は彼女がずう体ばかり大きい下のぼっちゃんのPTAへ
いそいそとでかける姿を想像した。

 後ろの2人も顔見知りらしい。

 「あら、きのうはどうなさったの?」

 「ちょっと遅くなってしまって・・・11時に来たら運良く一枚だけ残っていて買えたんですよ」

 「まあ、よろしゅございましたこと」

 ここにもう1人のジ-ンズ姿の若い奥さんがやって来た。

 「おはよう!きのうどうした?」  

 「いやー、遅れちゃってさぁ、11時に来たらそれがあったのよ、一枚だけ!」

 「えーっ、うっそー」

 同じ話でも相手が変わるとずい分違ってくるものだ。日本語は難しい。

 いろいろな人を見、思いにひたっていると時のたつのを忘れる。しかしその逆の場合もある。斜め前の中年の女性がわたしの方をチラリチラリと見る。毛羽立ったツイードのコートを着て、いかにもその年代といったヘアスタイルをしている。あまり好意的なまなざしではない。視線をたどると、わたしのブルーグレイのマニキュアか、人さし指にはめた、幅広の指輪がお気にめさないのかもしれない。今度は無難にシェルピンクのマニキュアしてこようか、と思った。

 10時、ライナ-券が発売になると、列はみるみるうちに縮まり、ひしめきあっていた人達は10分ほどで散ってしまった。あっけないほどあっさりと・・・

                おわり



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