日記
もしも自分が急死してしまってその死後、遺品整理で見つかったらヤバい物の上位の常連といえば日記(それから、今の時代だとPCの隠しフォルダに安置しているイヤらしい画像とか)だと思うけど、日記ってどういうつもりで書いているんでしょうか?
初めから完全に他の誰にも見せるつもりなどなく自分専用として書き留めているのか、それとも他人に読まれてしまっても大丈夫なようにある程度の体裁を整えた文章を書いているのか。うーん、でもやっぱり人に読まれるの前提で書く日記ってちっとも面白くなさそうだから自分用かな?
当時の生活を知る貴重な文献として江戸時代の町人の日記が発掘されることがあるけど、もしかしたら300年後とか400年後に自分の日記が歴史文献として扱われるんじゃないのか?なんてことを思ったりするけど、「火葬するときに日記も一緒に燃やしてください」という人がほとんどかも。
夏に日記といえば小学校の絵日記が思い浮かぶけど、子どもの時から絵が壊滅的にヘタクソな自分にとっては、本当にただの苦痛でしかなかった。とにかく絵がヘタクソだから雰囲気がちっとも伝わらない。絵だから二次元なんだけど、ホントに遠近感もへったくれもなく平面。ただの色のついた線。「写真を張り付けて文章を書いた方がよっぽど楽じゃねぇか。」と小学生ながらものぐさ太郎ぶりが炸裂(この考えは後の世に“ブログ”という形で実現する事となる。IT革命バンザイ)。
それから、『日記=三日坊主で終わりそうな習慣』でもお馴染み。他人に披露するわけでもないのに「書くネタが無い」とか「バリエーションに乏しい」とか自分に言い訳を付けて短命に終わる。使われなくなった物は、日記帳改めメモ帳&家計簿として生まれ変わりその生涯を全うする。いいんです、立派なリサイクルなんだから。
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