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AIに怪談は書けるか⑦

「古びたコンビニ」

仕事で地方に出張した帰り道、俺は同僚のタカシを助手席に乗せて高速を走っていた。が、予想外の事故渋滞に巻き込まれ、進まない列にイライラを募らせる。タカシは疲れ果てて助手席で眠りこけており、仕方なくハンドルを握り続けるしかない。

「腹減った……どこかにコンビニないかな」。
そんな独り言を呟いた矢先、暗い田舎道の先に小さなネオンが見えた。チェーン店らしきロゴの看板だが、色あせている。建物自体も古びていて、蛍光灯がチラチラと明滅しているが、とにかく何か食料を買わねばと車を寄せた。

タカシは起きる気配もなく、「悪いが少し待っててくれよ」と声をかけるが返事はない。俺は車を降り、店の自動ドアを開けた。
「いらっしゃいませ」。
奥からくぐもった声が聞こえる。店内は妙に薄暗く、棚の品数は極端に少ない。壁紙も剥がれかけ、床には黄ばみが目立つ。現代のコンビニにしては古さが際立つが、地方の店舗はこんなものか、と自分を納得させる。

飲み物や菓子を手に取り、レジへ行くと、白髪混じりの年配店員が無愛想にバーコードをスキャンし始めた。その動作がやけにぎこちなく、時代遅れのレジ打ち研修でも受けたのかと思うほど。会計を済ませようとすると、店員が低い声で「また来るといい……」とつぶやいた。意味深だが、疲れのせいか大して気にせず店を出た。

翌朝、家で荷物を整理していると、あのコンビニ袋の中から小さな紙切れが落ちた。見ると、殴り書きで「助けて」とある。ゾッとしてタカシに電話し、「あの変なコンビニを覚えてるか?」と尋ねても、「そんな店に寄った覚えはない」と言い張る。「嘘だろ? あれほど印象的な店だったのに……」。混乱したが、深く考え過ぎだろうと自分を落ち着かせる。

数日後、仕事で同じ道を通る機会があり、「あのコンビニをもう一度見てみよう」と車を走らせる。すると、見覚えのある場所に建物自体は残っているが、窓やドアが板で打ち付けられて封鎖されていた。ドアには「閉店しました――〇年〇月」と日付入りの張り紙。
数年前? ほんの数日前に俺は店内で買い物をしたばかりなのに……。こんなのあり得るだろうか。混乱のまま廃棄されている入口を覗くと、中は暗く、棚やレジの影がかすかに見える程度。誰の気配もない。

ぞっとする不安がこみ上げ、急いで車に戻った。走り出しながら、紙切れを確認しようとグローブボックスを開けても、先日までそこにあったはずの「助けて」のメモが見当たらない。スマホのギャラリーを探しても、紙切れを撮った写真は見つからない。まるで最初から存在しなかったようにすべてが消えている。
「……俺はいったい何を見たんだ?」

家に帰り着き、ドアを閉めてほっとしたのも束の間。ふと室内の薄暗い照明が一瞬チラつき、不気味な胸騒ぎが走った。まるで、あの店の古い蛍光灯を思い出させるようだ。そっと鞄を漁ると、そこにあるコンビニ袋が視界に入り、手に取るとまるで冷気が伝わってくるかのように思えてくる。

先日の「助けて」の文字は消え失せ、袋の裏面にはかすれたインクの染みだけが残っていた。その形は読み取れず、「す」と「け」が混じったような痕があるように見える。でもはっきり断定できない。

脳裏に蘇る店員の声──「また来るといい……」。 閉店しているはずなのに、なぜ俺はあんな確かな感触で買い物をしたのか。店員は何を訴えたかったのか。

答えは見つからないまま、部屋の電球がチラチラと点滅する。まるで遠くの廃屋とシンクロするように、さっと嫌な寒気が背筋を駆け上がった。
誰もいない部屋で、俺は思わず振り向く。そこには何もない。

ただ、静まり返った空間の中で、自分が体験したすべてが錯覚だったのか、それとも別の“何か”に引き寄せられたのか。もう区別がつかない。
ふと、扉の向こうでかすかに音がする気がして、耳をすます。何も聞こえない。胸がどんどん苦しくなる。

結局、何かに囚われたまま、俺は一晩中眠れずにいた──あの古びたコンビニが、今もどこかでひっそり営業しているかのような、不安に苛まれながら……。

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