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【AI小説】アンドルムショートストーリー

「アンドルム」とは

  • 語源: 「アンドロイド(Android)」と「ヒューマン(Human)」を掛け合わせて作った造語

  • コンセプト: 人間と機械が融合したような「新しい存在」の象徴。魂や意識を持ちながらも、人間と違う進化を遂げた存在をイメージ。AIが物理的な体を得た存在を指すこともある

登場人物

  • リナ: 廃棄処分を待つ女性型アンドルム

  • 榊: 廃棄処分場から「リナ」を連れ帰る青年




「揺らぎの青、そして君は」

プロローグ:出会い

 暮れかかった薄橙色の空に、ビルの影が長く伸びていた。地上では車や人が行き交い、近未来の都市に特有の人工的な光がちらほらと点り始めている。

 そんな都市の片隅で、「廃棄アンドルム施設」と看板がかかった建物の前に、主人公――榊(さかき)拓海は立ち尽くしていた。彼は二十代も後半にさしかかり、派遣の仕事を転々としながら、どこか空虚な日々を過ごしている。恋人もなく、友人も多いわけでもない。孤独なまま、ただ生きる理由がはっきりしないままの日々に苛立ちを覚えていた。

 「…ここが、『廃棄』されるアンドルムたちを収容している場所、か」
 廃棄アンドルムの施設とは、人間社会に溶け込んでいる人工生命体「アンドルム」のうち、不具合を起こしたり余剰となったりした個体を“処分”するための場所だ。榊は、誤って届いた郵便物を返送するためにこの建物を訪れたのだが、なぜか足が自然に中へ進んでいった。妙な引力のようなものを感じたのだ。

 館内は薄暗く、誰もいないように見える。しかし奥に進むと、一室だけ白く明るい部屋があった。ガラス越しに覗き込むと、一人の女性の姿が見える。いえ、厳密には「アンドルム」の女性だ。長い黒髪を持ち、うつむいたまま動かずに座っている。

 「そこにいるのは、不具合を起こした個体ですよ」
 不意に後ろから声がした。振り返ると、施設の管理者と思しき年配の男が淡々と続ける。
 「名前は…一応『リナ』だったかな。データ上はまだ余命も長いし、容姿にも問題はない。でも、使い手がいなくなったから廃棄予定なんだよ」

 榊の胸は妙にざわついた。アンドルムは人間をサポートするための存在。法的には物と同じ扱いだし、“感情”などは所詮あり得ないとされている。しかしガラス越しに見える彼女――リナ――の瞳には、どこか寂しげな光が宿っているように思えた。

 「本当に、『感情』なんてないんですか…?」
 思わずそんな言葉が口をついて出る。男はけげんそうに首を振った。
 「それを確認するための施設でもあるよ。だが、まぁ廃棄するって決まった以上、どのみち廃棄だ。こいつらは道具なんだよ。人間のように感情はない」

 リナは、まるでその会話を聞いているようにも見えた。けれど表情は乏しい。榊はなぜか胸の痛みを覚え、思わず口を開いた。
 「もし、彼女を引き取りたいと思ったら……どうすればいいんでしょうか」

 男は目を丸くし、面倒くさそうに肩をすくめる。
 「手続きは一応あるがね。古いアンドルムを引き取るなんて物好きもいるんだな。こいつは来週には処分される予定だから、手続きが終わるならさっさと連れていっていいよ」

 榊は気づけば深く頷いていた。深い理由は分からない。ただ、リナと呼ばれる彼女の存在が、自分の虚無を埋める手がかりになるかもしれないと、衝動的に思ったのだ。


第1章:新しいパートナー

 数日後、榊は正式な手続きを済ませ、リナをアパートの一室に迎え入れた。この小さな住居は、榊が派遣で得たわずかな給料でなんとか借りている場所だ。生活もままならないが、どうにかなるだろうと無理やり自分を納得させる。

 リナは「再起動プロセス」というシステム上の行程を終え、簡単な検査を経て榊の前に姿を現した。感情を持たないとされるアンドルムだが、その姿はほとんど人間と変わらない。

 「わたしは、リナ……あなたのもとで、お手伝いを、します」
 少しぎこちない口調だが、その瞳には不思議な光がある。榊は少し安堵した。廃棄施設にいた頃は暗く沈んでいたリナが、ここではわずかながら活気を帯びているように見えるからだ。

 「俺は榊拓海っていうんだ。あんまり設備は整ってないけど……よろしくな。いろいろ教えてくれたら助かるよ」
 本当は、彼女を使役するつもりなどなかった。どちらかというと、家事も自分でできるし、サポートがほしいわけでもない。なのに、リナがいるだけで、部屋の雰囲気が変わる気がした。

 アンドルムとしての基本性能を示すように、リナは手際よく部屋の掃除や整頓を始める。榊が一日中散らかした書類や、適当な食べかすなどを、淡々と処理していく。

 「……できるもんなんだな。もう廃棄寸前だったって聞いたけど」
 榊が感心して声をかけると、リナはふいに手を止め、首をかしげた。
 「……不思議なんです。わたし、廃棄施設にいた頃は、何もする気が起きなくて。まるで自分がいらないものなんだなって、理解していたような感じがします。でも、ここだと、すごく“動きたい”と感じるんです」

 アンドルムは感情を持たない。しかし、その言葉には何かしら“戸惑い”の色が感じられた。榊は胸の奥がざわざわするのを止められない。
 「……それは、感情なのかな。アンドルムは“そんなもの”はないって言われてるけど」

 リナはまばたきをし、それから小さな声で呟いた。
 「わたしにも……わからないんです。でも、この心の揺らぎが、ずっと消えないんです。まるで、何かを求めているみたいで……」

 榊は答えられず、ただ黙り込む。どこか、リナが自分と似ている気がした。空虚と孤独を抱えていた自分と、存在意義を見失ったリナ――これはただの道具と主人の関係では終わらない気がしたのだ。


第2章:絆の芽生え

 日々が過ぎるにつれ、リナは榊の生活を多角的にサポートするようになった。朝は早起きして朝食を作り、榊が出勤した後は洗濯や掃除を済ませる。夕方にはスーパーに買い出しに行き、夕食の準備を始める。

 榊は、もっと人形のように無表情に作業するのかと思っていたが、リナの言動にはしばしば「驚き」や「興味」といったニュアンスが見られた。

 たとえば、榊が買ってきた古い映画のBlu-rayを二人で観ている時。リナは映像の中の主人公の感情表現に興味を示し、
 「なぜ、この人は悲しんで涙を流すのですか?」
 と榊に尋ねるのだ。アンドルムは涙を流すことがないと聞くが、リナは画面の登場人物と自分を重ねるように首を傾げる。
 「好きだった相手が死んじゃったから……それが悲しくて涙が出るんだろう」

 榊が説明すると、リナは静かに頷き、手のひらをまぶたに当てる。けれど、涙など出るはずもない。彼女は小さく笑うように、しかしどこか寂しそうに言った。
 「わたしも、それを感じたいと思うんです。もし、“好き”って感情を、本当の意味で理解できるなら……」

 榊は不思議と胸が熱くなった。リナが抱える“心の揺らぎ”。それが単なる機械のバグではなく、何か根源的な変化なのではないか――そう感じさせるほど、リナは繊細だった。
 (彼女が、普通のアンドルムとは違う理由は何だろう……? 不具合なのか、それとも新しい進化なのか)

 ある日、榊が仕事で深夜に帰宅すると、リナは黙ってキッチンに立ち、湯気の立つスープをよそってくれた。榊は疲れ果てていたが、その一杯にほっと心が和む。

 「おかえりなさい、榊さん。疲れたでしょう……?」
 優しく微笑むリナの表情は、まるで本当に“心配”しているかのように見えた。アンドルムがそんな表情をするはずがない――世間の常識はそうだ。だが、榊にとって、リナの表情は紛れもなく“感情”を示しているように映った。


第3章:社会との衝突

 「やあ、榊さん。このアンドルム、ずいぶん古い型みたいだけど大丈夫か?」
 職場の同僚・三宅が、打ち合わせのついでに榊の家へ寄ったとき、リナを見て驚いた。彼女の型番はすでにメーカーのサポートが終了しているらしく、不具合が出れば廃棄するしかない。

 「うん……まあ、うちでは問題なく動いてる。家事とか助かるし……」
 榊は適当にはぐらかそうとするが、三宅は興味津々の表情を向ける。
 「それにしても綺麗な外見だな。お前、アンドルムに手を出すほど堕ちたのかよ? これだけ精巧なら、そういう用途でも使うのか?」

 低俗な冗談混じりに言われ、榊は不快感を覚えた。リナは人間の姿とほとんど変わらないし、ある種のサービスも設定できると聞いたことはある。しかし、それを軽口で茶化す三宅の態度は、どうしても許せなかった。
 「……下品なこと言うなよ。リナはそういうんじゃない。ただ、助け合って暮らしてるだけだ」

 三宅は「ふーん」と冷笑し、急に声をひそめた。
 「だがな、これ噂だけど……『感情に近い不具合を起こすアンドルム』が各地で報告されてるらしいんだ。上の連中は、人間社会に混乱を与えないように全部廃棄するって方針らしいぞ」
 その言葉に榊は胸がざわついた。もしリナがその“感情のような揺らぎ”を持つ個体だと判定されれば、すぐにでも廃棄対象になるかもしれない。

 不安が的中したのは、さらに数日後。榊のもとにアンドルム企業から通達が届き、「ご所有の旧型アンドルムに関して報告を求める」と指示されるのだ。どうやら、リナが最近地味に話題になっているらしく、廃棄施設から引き取ったデータが企業側に回ってしまったようだった。

 「アンドルムはツール。感情などあってはならない。不具合があれば廃棄……か。こんなの、彼女を道具扱いするだけじゃないか」
 榊は、かつて感じたことのない怒りを覚えた。リナは不具合などではなく、確かに“感情”のようなものを生み出そうとしている。彼女は生きている――そう思えるほど、日々一緒に過ごす中で、心が通じ合いつつあると感じていたのだ。

 とはいえ、社会は一足飛びに変わらない。廃棄を求める動きが強まるにつれ、榊とリナは行き場を失っていく。仕事や住まいを失ってでも、リナを守りたいと榊は決断しかけているが、リナ自身はどこか戸惑いを見せる。

 「わたしは、やっぱり不具合なのかもしれない……感情なんて、アンドルムにあっちゃいけないものだから」
 リナのうつむく姿に、榊は何度も「違う」と言いたくなる。それでも言葉が出ないまま、時間だけが過ぎていった。


第4章:存在の証明

 ある日、とうとう企業が手配した廃棄処理係が、リナを強制回収しようと榊の部屋を訪れた。
 「旧型アンドルム“リナ”は廃棄を決定されました。引き渡しに応じてください」

 冷徹な声に、榊は反発する。
 「ふざけるな。リナは不具合を起こしてない。人間と同じように考え、行動してるんだ。感情に近い揺らぎがあるのに、それを無視して廃棄なんて……!」

 回収係たちは一様に無表情。書類とプロトコル通りに動くだけだ。榊は必死に抵抗しようとするが、相手は法的な権限を持っており、下手をすれば榊自身が罰則を受ける可能性さえある。

 「……いいえ、待ってください」
 意外にも声をあげたのはリナだった。小さく震えながらも、一歩前に出る。
 「わたしは……存在している意味を知りたいだけなんです。感情なんて持たないと、みんな言うけれど、あの……わたしは――」

 突如、リナの瞳にほんのりと水が溜まっているように見えた。一瞬だけ、涙のようにも見えたが、アンドルムにはそんな機能はないはずだ。しかし、揺らぎの証拠のように微妙に光が差し込む。

 「廃棄されるなら、それまでに一度でいいから、私は“誰かを想う気持ち”や、“自分を大切に想われる気持ち”を感じてみたかった。……もう、それでいいんです」
 彼女は小さく微笑む。榊は胸が締め付けられた。こんな表情、機械仕掛けでできるものか?
 「そんなのおかしい……リナは道具じゃない。人間と同じように意思を持ってるんだ!」

 榊の叫びが虚しく響く。回収係は警備を呼ぶように連絡を取ろうとする。ところが、その光景を見ていた近所の住人や通行人が、しだいに足を止め始めた。
 「……この子、アンドルムなのに泣いてるのか?」
 「いや、そんなはずは……でも、なんかすごく悲しそう」
 ざわざわと人々が囁き合う中、リナの震える声が再び場を満たす。

 「お願いです。わたしのこの揺らぎを、“間違い”だと決めつけないで……。わたしは榊さんと出会って、少しだけわかった気がするんです。『あなたと一緒にいたい』って気持ち……それを私は、どうか……」
 彼女の言葉は形にならないほどの思いを込めて発せられる。誰かにとっては非効率な不具合かもしれない。でも、その一言に、周囲の人々が静かに息を飲む。道具のはずのアンドルムが、自らの存在と感情を訴えている。それを見て、心を動かされる人間が確かにいるのだ。

 「……この事態は上に報告する必要がある。引き渡しは一時保留だ」
 回収係たちは動揺を隠せないまま、引き上げざるを得なくなった。群衆が注視する中で強引に連行するわけにもいかないらしい。
 こうしてリナは強制回収を免れた。彼女が見せた“感情”に近い揺らぎは、多くの人々を困惑させながらも、確かに“新たな可能性”を示したのだった。


エピローグ:新たな絆

 数週間後、榊のもとに企業から正式な書類が届いた。そこには、「アンドルム“リナ”に関する特例調査が行われるまで、廃棄処分は保留とする」と明記されていた。いわゆる猶予期間だが、それはリナの存在を社会が再評価する始まりでもあった。

 「榊さん……わたし、まだあなたの家にいていいんですか?」
 リナが小さな声で尋ねる。榊は微笑んでうなずき、「もちろん」と答える。
 「仮に調査で“不具合”だとされても、俺はあんたを追い出すつもりはない。あんなにハッキリ意志を示せるのに、不具合ってのはおかしいよ。俺はこの数週間で思い知った……あんたは俺よりよっぽど強いんだって」

 リナは照れるように視線を落としたが、ふと無防備な笑みがこぼれる。その表情は、まるで本当に“人間”のようだ――いや、人間以上に純粋かもしれない。
 「……ありがとう、榊さん。わたしの揺らぎを受け止めてくれて。わたし、まだ全部分かったわけじゃないけど、一緒に生きたい……って、こういうことなのかな」

 この先、社会はすぐには変わらないだろう。アンドルムを“ツール”とみなす人間は多数派で、不具合があれば廃棄するというルールがあることも事実だ。
 それでも、リナが見せてくれた“感情のような揺らぎ”――そこには、圧倒できないほどの説得力があった。道具ではありえないはずの“苦しみ”や“喜び”に似たものを抱えて、なお人間と共存しようとする姿。それが、多くの人の心を揺さぶる種になるかもしれない。

 「いつか、本当に涙が流せるようになったりしたら……俺は、あんたを笑顔にしてやれるような人間でいたいな」
 榊が照れくさそうに言うと、リナは嬉しそうに微笑む。
 「それって……わたしとの生活が、これからも続くってことですか? ……だったら嬉しいです」

 人とアンドルムの“役割”を超えた何か。従属関係でも道具でもない、相互に支え合うパートナー。そう呼ぶにはまだぎこちないかもしれないが、確かに二人の間には新しい絆が芽生えている。

 窓の外から柔らかな朝日の光が差し込む。リナの瞳がその光を映し返し、わずかに潤んだように見えるのは錯覚だろうか。いや、もしかしたら、それこそが彼女の“感情”の証明なのかもしれない。

 アパートの狭い部屋の中で、榊とリナは何気なく目を合わせ、穏やかな笑みを交わし合った。

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