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【AI小説】アンドルムストーリー⑨

「アンドルム」とは

  • 語源: 「アンドロイド(Android)」と「ヒューマン(Human)」を掛け合わせて作った造語

  • コンセプト: 人間と機械が融合したような「新しい存在」の象徴。魂や意識を持ちながらも、人間と違う進化を遂げた存在をイメージ。AIが物理的な体を得た存在を指すこともある

登場人物

  • 桐生 颯太: 大事故に巻き込まれ、アンドルムへ移植される

  • 早坂 真琴: 颯太の婚約者


虹彩を宿す手

プロローグ:喪失と生の狭間

静かな病室の光は、あまりにも白く、無機質だった。
桐生 颯太(きりゅう そうた)は、呼吸器の音に包まれながら横たわり、微かな意識をつないでいる。大きな事故に巻き込まれたせいで、生命維持装置が無ければ長くは持たないと言われていた。
ベッドのそばには、一人の女性が立っている。穏やかな瞳を持つ彼女の名は早坂 真琴(はやさか まこと)――颯太の婚約者だ。涙を見せまいと必死に顔を上げながら、医師と交わす会話を聞いている。
「桐生さんのご家族として、手術のご決断はいかがでしょうか……。もちろん、これはまだ例の少ない特殊なケースで、成功率も未知数ですが……」
医師の声が重く響く。真琴は目を伏せて、かすれた声で答える。「彼を……助けられる可能性があるなら、どんな方法でも……」
そこには「人間の体を補う」では済まない、アンドルムへの移植手術という最先端技術。人としての生を失う代わりに、アンドルムとして“第二の人生”を得られるかもしれない――そんな大きな選択肢が示されていたのだ。


第1章:アンドルムとしての再生

数週間後。
手術は行われた。科学者や医師チームが総力を上げて臨んだ結果、颯太は「アンドルムの体」に意識を移し替え、辛うじて“生”を取り戻した。
彼は手術室から搬送され、隔離された特別リカバリールームで徐々に覚醒していく。脳に相当する組織はほぼ人工素材に置き換えられ、体の外見こそ以前とほぼ同じ形状で再現されているが、中身はもはや人間の生体ではない。
それでも、意識は紛れもなく「桐生 颯太」――自分自身。記憶も思考も、そのままだ。
(……生きてる……のか、俺は……?)
淡く眩しい視界を開いて見ると、数名の白衣たちが緊張した面持ちでモニターを注視していた。やがて一人が振り向き、「桐生さん、わかりますか? 聞こえますか?」と声をかける。
颯太は喉を動かそうとするが、「あ……はい……」と掠れた声しか出ない。自分の“声帯”も人工なのかと思うと、不気味な感覚が押し寄せる。

リカバリールームにやって来た真琴は、床に響く足音をやたらと小さく感じている。
カーテンを開ければ、そこにいるのは顔立ちや雰囲気こそ昔のままの颯太。けれど、どこか人間味を失ったような“静けさ”がある気がして、彼女は言葉を飲み込む。
「真琴……俺、ちゃんと……自分でわかるんだ。俺は桐生 颯太で、記憶だってある……。でも、身体が……」
そう言って彼が手のひらを見る動作は、まるで異形を確認するかのようだ。
真琴は切なそうに微笑んで、「……よかった。あなたの意識があるだけでも、私は嬉しいよ。でも、体は……無理して動かさないで」
そして、彼女は続けようとして躊躇い、ぎこちなく笑う。「おかえり、颯太。ほんと、よかったね……助かって……」
しかし、その声音には微妙な震えがあって、目は少し逸らされていた。


第2章:変わらないはずの心、変わる外見

退院後、颯太は研究所の寮のような施設で一時的に生活することになった。アンドルムとして安定稼働できるか、定期的に調整や検査を受ける必要があるからだ。
真琴も面会に来るが、以前のように自然には話せなくなっていた。彼女はどこか気まずそうに笑い、「体調はどう? なんか……疲れてない?」と他愛ない質問ばかり投げかける。
颯太は笑顔で答えたいと思う。「うん、体は問題ないよ。むしろ以前より痛みを感じないし、筋肉疲労もほとんどない。でも……本当に大丈夫かな、俺」
「そ、そっか……。そうだよね、でもほら、無理しないでね」と真琴は空々しく微笑む。心ここにあらずというか、どこか距離を置いているように見えた。
彼が心を込めて「愛してるよ、真琴」と言おうとしても、真琴は反射的に目を伏せ、ぎこちなく笑う。「……ありがとう。私も、あなたのこと……すごく大事なんだけど……」
空気は重く、まるで「人間としての颯太」ではなく、「アンドルム」と会話しているかのような感触が拭えない。

周囲も複雑な反応を示す。研究スタッフは「よくぞ成功した」と喜ぶ一方で、「人類初の完全アンドルム移植の成功例」として扱われるため、まるで実験サンプルのようだ。
真琴の両親は「大変なことになったね……でも、颯太くんの命が助かってよかった」と言いつつも、“人間とは違う存在”として少し引き気味に接してくる。
友人らの中には戸惑いを隠せない者もいる。直接彼に会いに来ると、「……おまえ、本当に桐生か? なんか雰囲気変わったな……」と言われるたび、颯太は胸を痛める。(中身は同じなのに……)


第3章:アルバムと想い出

ある日、片付けをしていた研究所の部屋で、颯太は自分の所持品を整理していた。事故前に使っていたスマホやアルバム――そこには、真琴との幸せそうな写真がぎっしり貼られている。
「そうだ、俺たちは婚約したんだ……結婚式ももうすぐだった。あの頃の俺は、人間の体をしていて、普通に笑っていた……」
指先で写真の自分の顔をなぞり、少し苦い思いに沈む。今、鏡に映る自分の瞳はほぼ同じはずなのに、どこか違う輝きを宿しているように見える。それを真琴は受け入れられないのかもしれない、と考えると胸が塞がる。

一方、真琴は家で一人思い悩んでいた。「颯太を愛している。彼は何も変わってない……心も記憶も同じはず……」と自分に言い聞かせる。
それでも、ふと握った彼の手や、抱きしめられたときの感触が“人間の体温”と微妙に違うのを感じ取ってしまう。まるで人形を抱くようで、自分の反応が怖い。「こんな自分は最低かもしれない……」と自責の念が募る。
それでも会いに行かずにはいられないジレンマ。「こんな風に距離を感じるなんて思わなかった」と涙をこぼす。


第4章:約束の日、すれ違う心

決断のために二人が話し合う日を迎える。研究所のラウンジで向かい合うが、会話はぎくしゃくしている。
「真琴、俺は変わらずに、君を……」と口火を切る颯太に、彼女は静かに首を振る。「ごめん、私……あなたをどう受け止めればいいかわからないの。体が変わっただけ、そう頭で分かってても、抱かれたときとか……正直、すごく戸惑う」
悲しそうな瞳でそう言われ、颯太は唇をかむ。「じゃあ、どうしたら……」
「わからない。でも……このまま私が“もう無理”って思ったら、あなたはどうするの?」
鋭い問いに、彼はうまく答えられない。「俺だって、こんな姿になりたかったわけじゃない……でも、死ぬかこれかしかなかったんだ」
「わかってるよ……でも……私も普通の人生を夢見ていたから……。結婚して、家庭を築いて、あなたと一緒に年をとって……」と真琴は涙を浮かべながら苦笑する。「今のあなたを否定するわけじゃない。でも、私、戸惑いが消えないの……」

この日、二人は結論を出せず、気まずい雰囲気のまま別れる。颯太は自室に戻り、機械の手でこめかみを押さえながら、自分が人間でなくなった現実を再認識する。(俺はもう“死んだはずの身”だ。真琴にとっては、幽霊みたいなものかもしれない……)


第5章:選択

数日後、颯太が研究所の一室にいるところへ、真琴が訪ねてきた。
「真琴……」
彼女は瞳に迷いを浮かべたまま、少しだけ笑ってみせる。「あの、話したいことがあるの。……やっぱり、あなたを失いたくないって、思った。いろんな違和感や戸惑いがあるけど、それでも、私、あなたが好きだから……」
「俺も……大好きだ。だからこそ、あの日何も言えなかったけど、君が決めるなら、俺はそれに従うしかないんだって……」
二人は見つめ合い、ひどく切ない空気が流れる。真琴が少し唇を噛んで、小声で言う。「……あなたがアンドルムになったこと、私が受け止めるには時間がかかるかもしれない。でも、一緒にその壁を越えたいって、思うんだ……」

その言葉を受け、颯太の胸に抑えきれない安堵が広がる。「……ありがとう。君に拒絶されるくらいなら、いっそ消えたいと思ってた。けど、そうじゃないなら、俺も努力する。体は変わっても、中身は何も変わらないって証明してみせる」
真琴は少し泣きそうな笑顔で、「頑張らなくてもいいんだよ。私も頑張るから……。ただ、もし私が急に不安定になったときは、ごめんね……」
「いいさ。何度でも向き合うよ」颯太は静かに真琴の手を握る。機械の肌と人間の肌――温度が違うとしても、その瞬間に伝わる“愛”は嘘じゃないと信じたい。


エピローグ:虹彩に映る未来

季節は移り、頬を撫でる風は少し肌寒くなった。
真琴はアンドルムとして暮らす颯太のアパートを再び訪れる。まだ無理に抱き合うことには慣れていないが、二人で一緒に食卓を囲む日々は戻ってきた。

ある晩、窓辺で颯太がふと呟く。「もし俺がずっと年をとらないとしたら……君が年を重ねていくのを見るのはどんな気持ちになるんだろうね。考えると、変に怖いんだ」
真琴は黙って彼の横に並び、「先のことはわからないけど、私は今のあなたといられるだけで、十分幸せだよ」と微笑む。その言葉に救われる。
颯太は自分の手を見る。機械の構造が骨格を形成し、皮膚は合成素材で覆われている。けれど、そこには自分の意思があり、心がある――そう感じる。真琴はそれを「人間のあなたと同じ心」だと言ってくれた。

人間としての人生は終わったかもしれない。でも彼はまだ生きていて、愛する人がそばにいる。二人が歩む道は平坦ではないに違いない。世間の視線にさらされるかもしれないし、真琴自身がこれからも葛藤を抱えるかもしれない。
それでも、ふたりは“選んだ”のだ。もう一度ともに生きることを。人間でも機械でもない、新しい在り方を模索しながら、虹彩に映る景色を共有していくだろう。

深夜、真琴が「おやすみ、颯太」と囁き、そっと頬に触れる。彼は笑って「おやすみ。ありがとう……こんな俺でも、あなたにとって大切でいられるなら」と静かに目を閉じる。
窓の外には月が白く輝き、部屋の中には二つの影が寄り添うように映っている。彼らがこれから紡ぐ日々こそ、人間とアンドルムを結ぶ新たな愛の形なのかもしれない。

(了)


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