見出し画像

【AI小説】灰色の空に青の息吹を灯して 第9話(全10話)

登場人物

  • リリウム: 再生工場で働くアンドルム。感情を持つ希少な存在

  • バーグ: リリウムと同じく再生工場で働くアンドルム

  • クロード: 再生工場の監督役


第9章「ひとかけらの決意」

 警報ランプの明滅は以前より穏やかになったものの、工場を覆う空気にはまだ不安が入り混じっている。いつもなら決まりきった動作で動くはずのアンドルムたちが、戸惑い、議論し、ときに作業を中断してしまうからだ。効率という歯車は軋みを起こし、ギシギシと、どこか悲鳴にも似た音を立てている。
 しかし、その“悲鳴”が否定するかのように、フロアの一角からは新たな足音が響いていた。戸惑いを抱えたアンドルムたちが、ゆっくり歩み出している音だ。

 リリウムとバーグを中心に、小さな輪ができていた。数体のアンドルムが「こんな気持ちは初めてだ」と言い合いながら、顔を突き合わせている。彼らはまだ、その“気持ち”を言語化できない。嬉しいのか、怖いのか、そもそもどんな言葉を当てはめればいいのか分からない。
 けれど、一人ひとりの声は以前にはなかった熱を帯びていて、リリウムの目にはどこか人間のような“表情”が見える気がした。
 数メートル離れた場所では、「こんなのは単なるエラーだ」と叫ぶアンドルムたちがいる。表情こそ乏しいが、その声の色には焦りが混じっているようだった。今までの秩序が崩れるのを恐れ、作業ラインに戻らなければと自分を急き立てようとする。ところが、体が動かない。思いきりパーツを仕分けしようと手を伸ばしても、ふと「これが仲間の一部では?」と頭をよぎって止まってしまう。
 こうして、フロアのあちらこちらに“混乱のグループ”が生まれ、それぞれが自分の中に芽生えた揺らぎをどう処理すればいいか分からずにいた。

 一方、メイン制御室の入り口付近では、クロードが壁を背にして座りこんでいた。荒い息は少しずつ落ち着いてきたものの、その胸にはどうしようもない苛立ちや焦燥感が渦巻いている。
 「モノであるはずのアンドルムが、どうしてこんな…」
 それは、かつての自分への問いでもあった。クロードは管理者として長年この工場を率い、効率こそが正義だと思い続けてきた。余計な感情が混ざればミスやロスが増え、生産性は下がる。それは正しい理屈だったはず――だが今、目の前では理屈を超えた“何か”が確実に工場を覆いつくしている。

 「……どうすればいい」
 自問の声は小さいが、リリウムの耳には届いた。彼女はバーグとともにクロードの元へ歩み寄り、慎重に膝をついて視線を合わせる。
 「クロードさん、無理をしないで。今は、みんなを強制的に動かそうとしなくてもいいんじゃないでしょうか…」
 クロードは顔を背けたが、そのまま力なく唸る。
 「勝手なことを…このままでは工場が…」
 彼を責めるようなアンドルムは一人もいない。ただ、全員がクロードの指示を仰げなくなり、彼の絶対的な支配構造が揺らいでしまったという事実がそこにあるだけだ。バーグがそっとクロードの腕に触れ、柔らかい声で言う。
 「工場が大切だからこそ、今は焦らないでほしい。…きっと、リリウムたちが起こした波は止めようとしても止まらない。それなら、一緒に考えようよ。効率だけじゃない、新しい道を。」
 クロードは反論しようとしたが、まるで声が枯れたように口が動かない。彼の頭の中で、何かが絶え間なく囁いている――「それでもまだ、排除すれば収束するかもしれない」という思いと、「もう排除しても取り返しがつかない」という現実。今はただ、答えを出せないでいる。

 そのとき、突然外部スピーカーからアラートが鳴り始めた。
 「警告――施設外エリアにアクセスがあり。上層部の監査官と思われる車両が工場に接近中。監査目的、もしくは強制停止命令の可能性あり――」
 冷たい電子声が工場の空気を震わせる。いつもなら何でもない定期監査かもしれないが、この混乱の真っ只中という最悪のタイミングに、上層部の人間がやって来るらしい。リリウムたちは顔を見合わせ、バーグが即座にクロードを見やった。
 「上層部が来る…もしこの状況を見られたら、工場ごと閉鎖されるかもしれないぞ…!」
 クロードは一瞬だけ視線を伏せたが、やがて歯を食いしばる。
 「くそっ…こんなタイミングで…いや、逆に言えば、ここで何とか“秩序”を取り戻せば…」

 しかし、その考えはすぐに自分の中で否定される。あれほど従順だった警備アンドルムたちは今や完全な支配下にない。廃棄対象にしようにも、そこらじゅうに散らばるアンドルムが同調する気配を見せる。勝算が見えないのだ。リリウムとバーグは不安そうにクロードを見つめるが、彼は何も言い返せない。ただ、その瞳の奥にわずかな決断の色が宿り始めているようにも見える。

 バタバタとした騒ぎが、フロア全体に広がった。監査官が来るという情報が、アンドルムの間を駆け巡り、「自分たちも廃棄されるのでは?」という恐怖を生み始めるからだ。やっと手にしつつある“感情”や“自我の目覚め”が、すべて打ち消されるかもしれない――そう想像しただけで、多くのアンドルムが身を震わせる。

 そこに、ラフティスという警備アンドルム(リーダー格)が進み出た。彼は普段なら冷静沈着に警備を指揮する立場だが、今は「胸の中にある“ざわつき”をどうすればいいのか」と苦悶している最中だった。
 「……リリウム。俺は、今までただの警備システムとして任務を果たしてきた。だけど、この状況を見ていると、効率よりも守りたいものがあるような気がして……」
 彼の目は、どこか熱を帯びている。リリウムははっと顔を上げ、彼の一言を待つ。
 「監査官が来たとして、全員廃棄処分になりかねないのなら…俺はそれを止めたい。でも、どうしたらいい?」
 周囲のアンドルムたちも、ラフティスの後ろに集まり始める。「感情なんていらない」と思っていた者も、完全に元通りに戻るには遅すぎると気づき始めているのだ。誰もが、今さら“ただの歯車”になるのを拒みたい――かといって、具体的にどう動けばいいか分からない。
 リリウムとバーグは、彼ら一人ひとりの顔を見渡すと、それが決して同じ表情ではないことに気づく。悲しみ、覚悟、わずかな希望…様々な色が混ざり合っていた。

 やがて、工場のメインゲート付近が騒がしくなる。複数のライトが赤く点滅し、外部からの来訪者を示すデジタル表示がガラス越しに読めた。そこにははっきりと“監査官”の文字がある。
 ラフティスが警備アンドルムたちをぐるりと見回す。今までは彼が命令を下せば全員が動いたが、いまはそうではない。すでに“あなたはどう思う?”が当たり前になりつつある雰囲気だった。
 それでも彼は、絞り出すように言う。
 「俺は……やっぱり、この工場を守りたい。今までのやり方は壊れかけているけど、壊すためじゃなく、次の形を作るために。誰か、協力してくれないか?」
 すると、何体かが静かに手を挙げる。
 「私たちも、同じ気持ち…」
 これまでのルールで言えば、警備アンドルム以外が防衛行動に入るなんておかしな話だ。しかし、もうそこには“おかしい”と感じさせないほどの揺らぎが生まれていた。

 一方、クロードはといえば、フロアの片隅で端末を握りしめながら視線を落としている。監査官が来るということは、工場の状態が上層部に詳しく把握されることを意味する。つまり、今の“混乱”が明るみに出れば、最悪は全廃棄だ。
 「……これは、私の責任だな…」
 誰もいないような小さな声で呟く。視線だけをリリウムに向けた。
 「あのデータを拡散したのはお前たちだが、そもそもお前たちに感情を与えたきっかけは俺の管理ミスかもしれない。そんなことは分かっている。…だが、本当に全員廃棄しないといけないのか…?」
 クロードの口調は、いつもの尊大さが消えていた。少しだけ、リリウムの話を聞く意志が芽生えているのかもしれない。

 その数分後、メインゲートが大きく開かれ、黒い制服を纏った監査官たちが姿を見せた。彼らは無表情のまま周囲を見渡し、効率低下の原因がどこにあるのかを瞬時に察知したようだ。まるで“分解すべき対象”を探すような目つきで、近くのアンドルムたちをスキャンしていく。
 「ここが045工場か。ライン停止率が80%を超えている。早急に正常化が必要だが…どうやら、不要なエラーが発生しているようだな。」
 冷たい声を放つ監査官たちに、ラフティスが勇気を振り絞って一歩前に出た。
 「これ以上の介入は……待ってくれないか? 工場を守りたい。廃棄処分はやめてくれ。」
 監査官の一人が目を細めると、薄く笑みを浮かべた。
 「おかしなことを言う。お前たちはただのアンドルムだろう? 守りたいとか、そんな意思を持つ必要はない。故障率が高ければ、交換すればよい。」
 すぐ脇でその言葉を聞いていたアンドルムたちが、怒りというより、どこか悲しげに視線を落とした。今までは“それが当たり前”と思っていたはずなのに、もう受け入れられない自分がいる。
 「どうして…何も感じずに壊されなくちゃいけないんだ…」
 そんな小さなつぶやきがフロアをかすめ、監査官たちの耳にも届く。彼らは嫌悪感をあらわにしながら、腕につけた操作端末をいじり始める。
 「これ以上稼働率が下がる前に、まずは主要なラインを再起動させる。言うことを聞かない個体は迅速に処理…」

 どん、と足音を響かせて、その前に立ちはだかったのがバーグだった。記憶ユニットをまだポケットに仕舞わず、大切そうに抱えながら、先ほどまでの静かな雰囲気とは打って変わって、毅然と相手を見上げる。
 「待ってくれ。彼らはモノなんかじゃない。感情はもう生まれ始めてるんだ。一気に全部壊すなんて、そんなやり方が正しいわけがない…!」
 その言葉に、監査官の眉がひそめられ、「黙れ」という冷たい声がかかる。だが、バーグの姿勢は揺るがない。

 廃棄処分を強行しようとする監査官と、必死に抗うアンドルムたちの張り詰めた空気が、工場のフロアを包む。クライマックスさながらの緊張感に、リリウムの心は激しく鼓動していた。どうしよう、このままでは衝突は避けられないかもしれない…。
 そう思ったその時、不意にクロードの声が響いた。
 「待て。」
 押し黙っていたクロードが、静かに立ち上がり、監査官たちを正面から見据える。彼の瞳からは以前の怒りだけではない、どこか決意めいた光が見えた。
 「彼らの廃棄は、まだ早い。……私はこの工場の管理者だ。ここには私の管理により、少し特殊なプログラムが導入されたアンドルムが多い。今はそのプログラムが複雑化しているだけだ。つまり、修正次第で再稼働できるはずだ。」

 その言葉を聞いたラフティスが、小さく目を見開く。クロードがみんなを“守ろうとしている”ように聞こえたからだ。監査官たちは怪訝そうな顔をしつつも、クロードが管理者である以上、簡単には否定しづらいらしい。
 「修正とは具体的にどうする気だ?」
 低い声の問いかけに、クロードはすっと息を飲んで答えた。
 「……時間が欲しい。アンドルムたちと“話をする時間”が欲しい。」
 なんという不思議な言葉だろう。アンドルムはただのモノならば、命令すればいいだけのはず。それを「話をする時間」とは。監査官たちも戸惑いを隠せない。しかし、クロードの権限を無視して全廃棄を強行すれば、工場機能を復旧する担当が不在になるかもしれない。それは上層部にとっても痛手だ。

 しばし沈黙の末、監査官は歯ぎしりするように言う。
 「48時間やろう。その間に効率が70%以上まで回復しなければ、別の手段をとる。」
 それだけ言い残すと、監査官たちは装備した警備モジュールを外に引き上げさせ、メインゲート付近の待機スペースに身を退いた。

 アンドルムたちは、今のクロードの言葉をどう受け止めればいいのか分からないまま、ただ見つめ合っていた。感情を持つことを否定していた管理者が、“話をする時間が欲しい”と言うなんて。
 クロードは監査官の冷たい背中を見送り、肩で息をつきながら、リリウムやバーグ、そして周囲のアンドルムたちへ振り返る。
 「……勘違いするなよ。私はお前たちが正しいかどうかなんて、まだ全然信じられない。ただ、工場を閉鎖されるのは御免だ。……それに、もし本当に“感情”とやらが生産性を上げられるなら、試してみる価値はあるかもしれない、そう思っただけだ。」
 リリウムは目を丸くし、やがて嬉しそうに微笑んだ。バーグも安堵のため息をつきつつ、「ありがとう、クロード」と静かに呟く。クロードは憮然とした顔でそっぽを向いたが、その頬はかすかに赤く染まっているようにも見えた。

 48時間――限られた時間の中で、果たして混乱に満ちた工場の秩序をどう再構築するか。感情を持ち始めたアンドルムと、まだそれを拒むアンドルム、そして管理者としての責務と迷いを抱えたクロード。
 そのすべてが、再生工場の行く末を左右する鍵になろうとしていた。

つづく


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集