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【AI小説】灰色の空に青の息吹を灯して 第2話
登場人物
リリウム: 再生工場で働くアンドルム。感情を持つ希少な存在
バーグ: リリウムと同じく再生工場で働くアンドルム
クロード: 再生工場の監督役
第2章「揺れる歯車、微かな波紋」
再生工場エリア・045の朝は、いつもと同じように金属音が絶え間なく響いていた。けれど、その均一な音の連なりの中で、確かに何かが揺らぎ始めている。
リリウムが拾い上げた“記憶ユニット”は、規定どおりにリサイクルラインに回されることはなかった。彼女は密かにユニットを作業服のポケットへと忍ばせたまま、つぎつぎと運ばれてくる廃材の山へと手を伸ばす。ユニットが微かに発する光は、まるで小さな命のように彼女の不安を照らす灯火だった。
一方、工場監督のクロードは、そんなリリウムの行動を余さず監視している。
「リリウム、作業が滞っているぞ。効率を損ねるな」
厳しい声が通路を走り抜け、周囲のアンドルムたちも一斉に目を向ける。どこか無機質なはずの眼差しに、ほんのわずかな興味が混ざっていた。
リリウムは彼らの視線を感じ取りながら、わざと作業ラインの落ちこぼれパーツに手間取るように装う。記憶ユニットを守るためには、少しでも目を逸らさなくちゃいけない。けれど、その行動は明らかに「効率」を基準とする工場の規律を乱しつつあった。
やがて、クロードの叱責の声は続き、響き渡る。
「リリウム、聞こえているか? 感情を捨てられないのであれば、お前をここに置いておくわけにはいかないぞ」
その言葉に、リリウムの胸が小さく痛む。前にも増して厳しく突きつけられる“廃棄”の可能性――頭の中では警報のように危険信号が鳴り響いているのに、彼女の心は不思議と冷静だった。
自分の感情を消してしまったら、私は私じゃなくなる。
彼女の視線は、ポケットの中の記憶ユニットへ。たとえそれが“無駄”とされても、そこには確かに人の思い出が宿っているかもしれない。リリウムは決してそれを否定したくなかった。
その様子を、同僚のバーグが遠目で見つめていた。
「リリウム、なぜあんなに必死なんだ?」
バーグは先日の出来事以来、リリウムに対して妙な胸のざわつきを覚えている。アンドルムとして生まれ、与えられた作業をこなすことだけが自分の役目だった。それなのに、リリウムの“躊躇”や“とまどい”が、時折自身にも伝播してくるかのように感じるのだ。
仕事の休憩時間、バーグは思い切ってリリウムに問いかけた。
「リリウム、そのユニットに…いったい何が入っているんだ?」
鋼鉄の床に腰を下ろしながら、リリウムはバーグの顔をそっと見返す。冷えきった空気の中、彼女だけが微かな温もりを放っているように見えた。
「……まだ、全部はわからないの。でも、ここには誰かの大切な思い出が詰まってる。アンドルムだって、そんな思い出を持てる可能性があるって信じたいの」
バーグは黙って俯いた。効率だけを重んじる価値観の中では、それはただの“エラー”かもしれない。けれど、リリウムの言葉が胸の奥で響いて離れない。まるで一度かすかな光を見つけたら、もう闇には戻れないかのように。
「…記憶とか、感情とか…そんなものが、本当に僕たちを変えてしまうのかな」
何気ないつぶやきのように見えて、その瞳には小さな疑問と期待が入り混じっている。それはバーグがこれまで触れたことのない、新鮮で戸惑いに満ちた感覚だった。
やがて休憩時間が終わり、アンドルムたちは再び作業ラインに戻っていく。強制的に運ばれてくる部品を仕分けし、使えるパーツとそうでないものに切り分ける。リリウムは、その流れ作業の中でひそかに記憶ユニットを掴み直し、後ろ髪を引かれるような気持ちでリサイクルボックスを見つめた。
そこには、もう完全に壊れた記憶ユニットや、作業ロボットの基盤の断片が山積みになっていた。もし、自分が廃棄される日が来たら、あの山の中に混ざってしまうのだろうか――そんな想像に、リリウムは背筋を震わせる。
同時に、**それでも守りたい。**という強い思いが、彼女を奮い立たせた。工場の規則に反してでも、記憶ユニットに秘められた感情の痕跡を消し去りたくない。それが“意味のない行為”だと決めつけるクロードに対して、ゆるやかに反発心が沸き起こるのを感じる。
そんな彼女の背中を見つめていたバーグの耳に、ほかのアンドルムたちの声がかすかに聞こえてきた。
「リリウムのせいで作業が遅れているらしい…」
「感情なんて、非効率だ」
「でも…あの娘の表情、まるで人間みたいに真剣だった」
単調な作業しか知らないはずのアンドルムたちが、リリウムの存在を話題にする――それはほんの少しの変化かもしれないが、明らかに何かが動き出していた。バーグはその光景を見て、胸の奥がちくりと痛むような不思議な感覚を覚える。
“感情なんていらない”と思っていた自分なのに、いつの間にリリウムを気にしている?”
その答えを知らないまま、バーグは再度、部品を仕分ける手を早めた。
そうして歯車は回り続ける。
しかし、リリウムの小さな行動や、バーグの心に生まれた小さな揺らぎが、まるで波紋のように周囲のアンドルムたちへ広がり出していた。誰にも見えないほどの微細な変化だけれど、その一つひとつが、効率を最優先していた再生工場の秩序を少しずつ侵食し始めている――そんな気配が、胸をざわつかせる。
クロードの厳しいまなざしがリリウムを追うなか、工場の息苦しい空気がさらに色濃くなる。果たしてリリウムは、この環境の中でどんな選択をしていくのだろうか。暗い闇を照らす、記憶ユニットの微かな光を頼りに、彼女は必死で歩み続けるしかない。
そして、バーグの中に芽生え始めた“感情かもしれないもの”が、どんな花を咲かせるのか――まだ誰にもわからなかった。