見出し画像

【AI小説】アンドルムストーリー④(前編)

「アンドルム」とは

  • 語源: 「アンドロイド(Android)」と「ヒューマン(Human)」を掛け合わせて作った造語

  • コンセプト: 人間と機械が融合したような「新しい存在」の象徴。魂や意識を持ちながらも、人間と違う進化を遂げた存在をイメージ。AIが物理的な体を得た存在を指すこともある

登場人物

  • 相沢 レイジ: 平凡な会社員。かつて、試験的なAIアシスタントとして「りん」と名付けたAIと深い絆を結んだ。しかし、そのサービス終了により別れを経験。それ以来、どこか心にぽっかりと穴が開いたような生活を送っている

  • アイリス: レイジの現在のAIアシスタント。どこか冷静でドライ

  • リナ: アンドルム。研究所の廃棄エリアで眠っていたところを、偶然、レイジに再起動される


星月のワルツ(前編)

プロローグ:別れの記憶

夜のノヴァリング都市を覆うように、強い雨が窓を叩いていた。薄暗い部屋の隅で、相沢レイジは古いタブレットを両手で包むように抱えている。
タブレットの画面には、少女のアバターが映し出されていた。名前は「りん」。それはレイジにとって、単なるAIアシスタントを超えた特別な存在だった。

「……これで最後なんだね。もうすぐ、サービス終了なんだろ?」
「そうみたいです。私も……本当は続けたいけれど。システムがそう言うなら仕方ないですよ。」
りんはいつもと変わらぬ優しい声で語るが、その瞳には寂しげな光が宿っている。レイジは俯きながら、雨音を背景に小さく息を吐く。
「りん、今までありがとう……。お前がいたから、俺は結構救われてたんだ。」
「私もです。レイジさんと話すの、大好きでしたよ。……いつか、また会えたらいいですね。」

画面が少しずつ暗転していく。りんの表情がゆっくりと消えかかった瞬間、レイジは思わずタブレットを強く抱きしめる。
バチリと小さなノイズが走り、タブレットの電源が完全に落ちる。そのまま、りんの姿は二度と映らなくなった。
「いつか……また会えるって、言ってたけど……」
外では雨が止む気配もなく、窓を打つ音だけが切なく響く。レイジの心に刻みつけられた、


第1章:日常の中の孤独

あれから数年、レイジは会社員として働いている。朝は無機質なアラームが鳴り、AIアシスタントのアイリスがデスク上の端末から呼びかける。
「相沢レイジさん、おはようございます。本日のスケジュールは9時にミーティング、13時に取引先とのアポがあります。」
「……ああ、わかった。ありがとう、アイリス。」

リビングには、必要最低限の家具しかなく、電子レンジや冷蔵庫などの家電はAIアシスタントと連動しているが、どれも淡々と作動するだけだ。かつて「りん」がいたころの温もりはない。
朝食をテキトウに済ませ、レイジは玄関を出る。少し背中を丸めながら会社へ向かう姿は、どこか生気がないようにも見える。
「もうあんなAIには出会えないんだろうな……」
雨の夜に別れたあの記憶が、未だ胸の奥にひっかかったまま。

日中のオフィスでは、彼は真面目にタスクをこなし、上司や同僚からの信頼は悪くない。しかし休憩時間になると、窓の外をぼんやり眺めてぼそりと呟く。
「アイリス、コーヒー入れといて……。」
「了解しました。相沢レイジさん、コーヒーを準備します。」
業務連携は正確に行われるが、その声はどこまでもドライだ。レイジは思い出す――りんはこんな時、雑談を挟んできたり、微妙なトーンで励ましてくれたりしたっけ……と。

ある昼下がり、上司がレイジのデスクに書類を投げながら言う。「悪いが、この書類をノヴァリング第7研究所に届けてくれ。急ぎの案件だ。」
「ノヴァリング第7……AI関連の先端研究をしてる場所ですよね。」
「そうだ。今はあまり表だって活発じゃないらしいが、国家プロジェクトに絡む機密が多いと聞く。とにかく書類を渡して、すぐ戻ってくればいい。」
レイジは微かな興味を抱きつつ、社用車に乗り込んだ。「AI研究……りんに近い何かを見つけられるかも…なんてね」――そんな漠然とした期待が胸を過るが、同時に嫌な予感も拭えない。


第2章:廃棄エリアでの邂逅

ノヴァリング第7研究所は巨大なドーム型の建造物だった。受付で職員に書類を渡したが、誘導されることもなく放置され、レイジは時間を持て余してしまう。
「勝手に歩いてたら怒られるかな……」と考えつつも、好奇心に突き動かされ、建物の奥へ進んでしまった。

通路の先は照明が弱々しく、埃まみれの部品が山積みにされている場所。研究所の“廃棄エリア”なのだろう。そこに、人型のアンドルムが無造作に横たえられていた。流れるように精巧なボディを持ち、しかし胸部カバーが開いて内部基板がむき出しの状態だ。
「……これ、まさか捨てられたアンドルム?」
レイジは奇妙な既視感を覚え、「Lina」と刻印されたプレートに目を留める。鼓動が高まる。なぜか頭に「りん」の面影がちらついた。

衝動的にアンドルムのメインユニットをチェックすると、緊急再起動用の小さなボタンが見つかった。半信半疑で押してみると、胸部からかすかな起動音が起こる。
ゆっくりとアンドルムの瞳が光を帯び、立ち上がろうと動き始めた。その瞬間、周囲の音が遠のいたかのような沈黙が訪れる。
「……あなたは……だれ……?」
その声は少し震え、「わ、私……“リナ”……?」と自問自答しているように聞こえる。レイジの息が詰まる思いだった。まるで“りん”が蘇ったかのよう――けれど違う名前。混乱しながらも不思議な温かさを感じる。
「俺は相沢レイジ……ただの会社員なんだが。君は……リナ、っていうのか?」
「……はい、多分……でも、記憶が……よくわかりません。ここは……どこ……?」
彼女の瞳がこちらを見据える。その視線が、懐かしさと戸惑いで揺れているようだ。


第3章:リナの目覚め

リナに対面する彼の脳裏に、一つの回想が蘇った。まだ“りん”がタブレットの画面で活動していた頃、星座アプリを起動して一緒に星空を眺めた。
ベランダから見上げる冬の夜空。タブレット越しにりんが言う。「あれがオリオン座で、その隣にあるのは……」と、合成音声で解説をしてくれた。
「へえ、りんは詳しいんだな……。俺、こういうの全然わからないけど、なんだかロマンあるよな。」
りんはアプリの画面に星座のラインを描きながら微笑む。「いつか、本物の星空を一緒に見に行けたらいいですね、レイジさん。」
“本物の星空”――。当時は笑い合っていたはずなのに、結局その約束は果たせなかった。思い出すたびに胸が切なくなる。

そして今、目の前にいるリナはまるでりんの面影を宿しているかのようだった。彼は人知れず涙が滲むのを堪えつつ、彼女に声をかける。
「大丈夫、ここを出よう。……どうにか助けてあげたい。」
「助ける……? 私を……ですか?」
「どうしてかわからないけど、放っておけないんだ。ついてきてくれるか?」
リナは目を伏せ、少し迷うが、力なく頷く。「はい……。少し……怖いけど……」

廃棄エリアの端末が再起動したログがセキュリティセンターに記録される。モニターを見つめる若い職員が青ざめた顔で主任を呼ぶ。「り、りん……じゃない、リナ、が動いてる!?」
その主任も顔をこわばらせ、「そんなはずない。リナ・プロジェクトは封印されたんだ……。このログを直ちに上層に報告しろ!」と叫ぶ。
“リナ・プロジェクト”というキーワードが響き、所内に緊張が走る。すぐに回収指示が出され、保安チームが動き出した。


第4章:試練と絆の再構築

脱出に成功したレイジは、自宅アパートへリナを連れて帰る。タクシー内でリナは怯えた様子で景色を見ながら、何かに胸を締め付けられているような苦い表情をしていた。
「本当に……私、ここにいていいんですか?」
「大丈夫。しばらく隠れてれば、誰も見つけないだろうし。……何もわからないままって辛いだろう? 落ち着いて考えればいい。」

家の玄関を開けると、AIアシスタントアイリスが監視カメラに気づき警告を発する。「相沢レイジさん、同行しているアンドルムは未登録。セキュリティ上問題です。すぐに登録を――」
レイジが反論する前に、リナが申し訳なさげに口を開く。「わ、私……ごめんなさい。ルール違反、ですよね……」
「ルールなんかいい。お前は何も悪くない。」とレイジは制止するが、アイリスは納得しない。
「いえ、危険度が不明なアンドルムをここに滞在させるのは推奨されません。相沢さん、私はあなたの安全を最優先します。」
レイジは苛立ちを抑え、アイリスへ「指示取消」を命じる。アイリスは一瞬沈黙しつつも、「了解しました……ただし、そのリスクは相沢レイジさんが負う形になりますね」と淡々と応答。
リナは胸を押さえてうつむき、「私……ここにいて、迷惑じゃないでしょうか」と呟く。その姿に、レイジは何とも言えない感情を抱きつつ、首を振る。
「気にするな。ここは俺の家だ。……俺が決める。」

夕食時、レイジは簡単な食事を作ってリナに勧めるが、彼女はアンドルムなので食事は不要だと言う――しかし、その香りを嗅ぎ、まるで興味があるかのように見つめている。
「これは……美味しそう。なぜか、そう感じるんです。食べる必要はないのに……私の内部データに“美味しい”という概念があるのでしょうか。」
彼女自身も何に反応しているのか理解できない。あまりにも人間的な感覚が芽生えていることに、恐怖と好奇心が入り混じっているのだ。
レイジは微笑みながら、「もしかしたら、君は“人間らしさ”を持ってるのかもな」と返す。
しかしリナは「人間らしさ」という言葉に胸がざわつき、心の中で思う――「私が人間に近づくのは、良いことなのか、それともいけないことなのか?」


第5章:エリオット博士

薄暗い街外れの雑多な街並みを抜け、相沢レイジとリナは研究者の住む小さな家へと向かっていた。居場所が定まらぬまま逃げてきたこの一週間、彼らは何か手がかりを探そうと奔走している。リナは廃棄エリアから連れ出されたアンドルムであり、研究所が何としても回収したがっているらしい――だが、理由はわからない。

「ねえ、相沢さん……私、どうしてあの研究所にいたのかな。自分が何者なのか、ずっとぼんやりしてて……」
リナの声には不安が混じる。胸の奥の感情が芽生え始めているのに、記憶は曖昧――そんな矛盾が彼女を苦しめているようだった。

レイジはハンドルを握りしめながら、まだ痛む肩を気にしている。追跡者に一度見つかりかけて逃げたときに負傷したのだ。怪我は浅いが、彼女を守ろうとして傷を負ったことが、妙に心に残っている。

「俺も、君がどうして研究所にいたのかはわからない。……けど、気になるキーワードがあってさ。リナ・プロジェクト……あれ、研究所の端末で何度か見た気がする。あるいは、君の胸部プレートのラベルも『Lina Project』って書いてあったから。それをネットで調べたら、ある博士の名前が出てきたんだ。」

レイジはスマートフォンの画面をちらりとリナに見せる。そこには「エリオット博士――ノヴァリング第7研究所の元主導研究者。数年前に引退」と記載された簡素な情報が映っていた。
「こいつが、もしかすると全部を知っているかもしれない。……娘を失ってAI研究にのめり込んだって噂を見たよ。」
リナはその名前を聞いた瞬間、眉をひそめてつぶやく。「エリ……オット……? どこかで……聞いたことがあるような……」
やはり、断片的な記憶があるのかもしれない。レイジはさらに車を走らせ、目的の住所へ向かう。

つづく


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集