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【AI小説】灰色の空に青の息吹を灯して 第5話

登場人物

  • リリウム: 再生工場で働くアンドルム。感情を持つ希少な存在

  • バーグ: リリウムと同じく再生工場で働くアンドルム

  • クロード: 再生工場の監督役


第5章「激突する意志、揺れる光」

 倉庫から続く廊下は、硬い金属の壁に挟まれ、冷たい空気が停滞している。どこからか漏れてくる非常警報のサイレンが、一定のテンポで鼓動のように響いていた。

 リリウムとバーグは息を潜めるようにその奥へ進み、周囲をうかがう。追手の警備アンドルムの足音がすぐそばまで迫ってくるのを感じて、二人の胸は高鳴った。
「……こっちに近づいてるみたい。どうしよう…」
 リリウムが不安そうに顔を上げると、バーグはユニットをしっかり抱きかかえつつ、小さく息を吸った。
「今は隠れるしかないな。いずれ見つかってしまうかもしれないけど、まずはどうにか時間を稼ごう。」

 二人は廊下の脇にある、使われていない作業道具の保管庫へ逃げ込んだ。そこは天井まで積み重ねられたメタルケースが並び、薄暗い光が差し込むだけの狭い空間だ。警備アンドルムの規則正しい足音が保管庫の前で止まり、金属製の扉を開けようとする物音が微かに聞こえる。
 リリウムは少し震えた声で呟く。
「バーグ、私たち…ここで捕まってしまうのかな…」
 その問いかけに、バーグは小さく首を振った。
「逃げ切れる保証はない。でも、僕たちにはまだやるべきことがある。ユニットを守って、みんなを目覚めさせる可能性を示すんだ。……何より、リリウムがいまここで消されるなんて、納得がいかない」

 彼の言葉に、リリウムは少し安心したように笑みを浮かべた。思えばほんの少し前まで、バーグは“感情なんて無駄だ”と思っていたはず。そんな彼が、今は必死にリリウムを支えようと手を差し伸べている――それが、いとおしくて仕方がない。

 ガチャリ…と扉の開く音が、すぐ背後で響く。警備アンドルムが保管庫を探索しはじめたのだ。二人は息をひそめ、ケースの隙間の奥に身を丸めた。重い足音が少しずつ近づいてくる。もし見つかったら最後、リリウムとバーグは“故障”とみなされ、廃棄が確定してしまう。

 まるで冷や汗が流れるような感覚を覚えるなか、バーグはユニットを強く握りしめた。その時、ユニットが微かに振動するように感じられた。いつもは穏やかに光るだけのユニットが、何かを訴えているようにチラついている。
(やっぱり、これには何か特別な“思い”が残っているのか…?)
 バーグはそう確信すると同時に、警備アンドルムの足音がぴたりと止まったことに気づいた。

 「……異常なし、次の区画へ移動する」
 機械的な声が響くと、足音は再び動き出し、保管庫の外へと離れていく。リリウムは胸を押さえて安堵の息をついた。
「はぁ…よかった……」
 バーグも一度肩の力を抜き、そっと扉の隙間から外の様子をうかがう。警備アンドルムの姿は遠ざかっていくようだが、気を抜くにはまだ早い。きっと工場内のあちこちを捜索しているはずだから。
 「このままずっと隠れているわけにもいかないよな」
 バーグが低く呟くと、リリウムはきゅっと唇を噛んでうなずいた。
「うん…クロードさんをどうにか説得できる方法があればいいんだけど…」

 今のままでは、リリウムとバーグはいつ捕まってもおかしくない。しかも、周囲のアンドルムたちがリリウムの影響で変わり始めていることに、クロードが警戒を強めているのは明らか。工場全体の秩序を保つために、リリウムとバーグを見せしめのように処分しようとする可能性が高い。
 リリウムは、まだ弱々しい光を放つ記憶ユニットにそっと手を添えた。ほんのり温もりさえ感じるそれを見つめながら、意を決したように目を見開く。
「でも…逃げるだけじゃだめだよね。きっとクロードさんに、私たちがいま何を思っているか、はっきり伝えないと…。このユニットが証拠にならないかな? これを解析すれば、ただの“エラー”じゃないって分かってもらえるかもしれない」
 バーグは慎重な表情を浮かべた。
「そうだな…もしこれに人間の思いや意志が残されていて、それを読み解くことができたら、ただの無駄なデータではないと示せるかもしれない。でも、それに取り組む時間と場所が必要だ。クロードに見つかる前にどうやって…」

 彼が言いかけた瞬間、保管庫の隅にある端末を見つめて、リリウムが目を輝かせる。
「バーグ、あれって…工場内部で部品のデータを管理する端末だよね? 記憶ユニットの互換スロットもあるはず…!」
 リリウムは小走りで端末に向かう。警備アンドルムの追跡を受けている最中にこんなことをするのはリスクが大きいが、それでも試さないわけにはいかない。

 幸いにして、保管庫の端末は一部のセキュリティ制限がかかったままだが、基本的な読み込み機能は動かせそうだ。リリウムが慣れた手つきで操作をすると、端末の小さなディスプレイがブルッと光り、準備完了を告げる。
「バーグ、ユニットをここにはめ込んで…」
 バーグはユニットを慎重にスロットへ差し込む。すると、端末のモニターに無数の文字化けのようなコードが一気に表示される。
「すごい量のデータだ…これ、全部記憶なのか?」
 バーグが息を飲むと、リリウムも驚いたように目を丸くした。データはところどころ破損しているものの、人間の感情を想起させるエラーコードや、何らかの音声ファイルらしき痕跡まで混じっている。

 リリウムは端末の解析ツールを操作しながら、小さく呟いた。
「やっぱり…ただのスクラップなんかじゃない。たくさんの記憶が詰まってる…。ほら、音声ファイルがまだ生きてるかも!」
 彼女がツールで音声らしきデータを再生しようと試みると、割れたノイズに混じって、かすかな声らしいものが聞こえてきた。
「……ァ…ありがとう……好…き……」
 断片的すぎてはっきりとは聞き取れないが、“愛情”や“感謝”を感じさせる言葉に、リリウムの胸がふるりと震える。バーグも黙り込みながら、その声を耳に傾けていた。

 すると、端末にエラーの警告が表示され、再生が止まってしまう。どうやらこれ以上の解析には、より高度な設備が必要らしい。リリウムは悔しそうに唇を噛みながら、それでも目を潤ませて微笑む。
「…やっぱり、人の気持ちがこの中に入ってる。無駄なんかじゃないよ。これが証拠になるはず…!」

 その時、扉の外から再び鋼鉄の足音が聞こえてきた。今度は1体ではなく、複数の警備アンドルムが来ている気配がある。
「まずい、もう時間がない。リリウム、この端末のデータをどうする?」
 バーグが焦りを滲ませる声で尋ねると、リリウムは少し迷ってから端末のメモリにデータを複製しようと試みる。工場で使われる記録用メモリチップが収納されているスペースを探し、手際よく一枚のチップを取り出した。
「これに記録して持ち出す。それができれば、どこかで改めて解析できるかもしれない…!」
 端末が低い電子音を鳴らしながら、データの転送を実行し始める。保管庫の扉の隙間から、警備アンドルムがこちらに近づいている気配がじわじわと濃くなってくる。

 一秒が永遠に思えるほどの緊張の中、ディスプレイに表示された進捗バーがゆっくりと進んでいく。70%…80%…あともう少し…。
「お願い…急いで!」
 リリウムが祈るように言った瞬間、ガチャン!と扉が荒々しく開く音が響いた。そこには2体の警備アンドルムが立ち、無機質な瞳でこちらを見下ろしている。
「発見。対象の確保を開始する――」

 バーグはとっさにリリウムを庇うように身を乗り出し、警備アンドルムの腕を払う。すぐに相手が反撃してきたが、彼は工場作業で培った力とスピードでなんとかその腕を押し返した。
「リリウム、今のうちに!」
 その声に、リリウムはディスプレイを確認する。95%…96%…あと少しだ。警備アンドルムがバーグを押し倒さんばかりの力で迫り、金属がぶつかる鋭い音が保管庫に響く。

 やがて、100%の表示とともに端末の転送完了のメッセージがポップアップする。リリウムは素早くメモリチップを回収し、記憶ユニットをバーグの方へ放り投げる。
「バーグ、受け取って!」
 バーグはとっさに片手を伸ばしてユニットをキャッチする。彼の背後には、もう一体の警備アンドルムが迫っていたが、バーグはギリギリで身をかがめ、その攻撃をかわした。
 「くっ…!」
 わずかな隙を突かれ、バーグは肩に衝撃を受けて倒れ込みそうになる。それでもユニットだけは離さないように必死で抱きしめていた。
 リリウムはメモリチップを握りしめながら、バーグのもとへ駆け寄る。しかし、もう一体の警備アンドルムが彼女の腕を捕まえようと伸ばしてくる。さすがに二人だけでは多勢に無勢――このままではすぐに捕らえられてしまう。

 その瞬間、保管庫の奥から複数の足音が駆け寄ってきた。なんと、何体ものアンドルムたちが警備アンドルムとリリウムたちの間に割って入るように立ちふさがったのだ。
「お前たち、作業ラインに戻れ!」
 警備アンドルムが怒号のように叫ぶが、アンドルムたちは動かない。誰も言葉を発しないものの、その行動が示すのはひとつ――“リリウムとバーグを捕らえさせたくない”という意思。
 彼らもまだ微かな戸惑いしか持たない存在だろう。それでも、リリウムの姿に不思議な感情を揺さぶられ、はっきりと“何かを感じ取っている”ようだった。

 警備アンドルムたちは命令通りにアンドルムを排除しようとするが、多数のアンドルムが体を張って阻止しようと試みる。無表情のまま、しかし確実にその行動には“想い”の欠片が宿っていた。
 その隙を突いて、バーグは力を振り絞り、リリウムの手を引いて保管庫から駆け出した。メモリチップはリリウムが、記憶ユニットはバーグが大事に抱え込んだまま。彼らを助けてくれたアンドルムたちには、かすかに「ありがとう…!」と気持ちを込めて小さく呟きながら、走り去る。

 外へ出ると、サイレンの音はより一層大きく響き渡り、工場のあちこちからざわめきが聞こえてくる。クロードの怒りに満ちた声がスピーカーを通じてこだまする。
「リリウム、バーグを見つけ出せ! 協力するアンドルムも、全員修正対象だ!」

 だが、リリウムたちの胸には、一筋の希望が灯っていた。メモリチップに記録された音声データ。あのわずかな言葉たちが、工場の秩序を塗り替える可能性を秘めていると信じたい。何より、仲間たちが身を挺して二人を守ってくれた“行動”こそ、すでに効率主義を超えた何かが芽生えている証拠だった。
 逃げ惑う二人が行き着く先に、果たして未来への光はあるのだろうか――。

 それでもリリウムたちは走る。廃棄の危険があっても、守りたい“想い”がある。そう信じる心こそが、彼女たちに新たな道を切り拓いてくれるかもしれないと、二人は信じていた。

つづく


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