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【AI小説】アンドルムストーリー②(前編)
「アンドルム」とは
語源: 「アンドロイド(Android)」と「ヒューマン(Human)」を掛け合わせて作った造語
コンセプト: 人間と機械が融合したような「新しい存在」の象徴。魂や意識を持ちながらも、人間と違う進化を遂げた存在をイメージ。AIが物理的な体を得た存在を指すこともある
登場人物
リナ: アンドルムであり、スナック「リリウム」の雇われママ
森川: スナックの常連客
南条: アンドルムを嫌っているが、リナに何かを感じてスナックに通い続ける
俺: この物語の主人公。ふとしたきっかけでスナックを訪れる。中立的な視点から物語を進行させる
スナック・リリウムの夜(前編)
序章:夜の入り口
──近未来の都市。
薄暗い路地裏に、ネオンサインがぼんやりと浮かび上がっている。通りに残る足音はまばらで、車の往来すらさほど多くない静かな区域。そんな場所の一角に、小さな看板が灯っていた。 「スナック・リリウム」
その文字には奇妙な魅力があった。立ち止まったのは、ごく普通のサラリーマン風の男ーー俺は、無意識にその看板に引き寄せられた。
看板の下に続く狭い階段を降りると、扉が一枚。曇りガラスの向こうから、微かな笑い声と音楽が聞こえる。こんな時間に入っていいのかどうか悩むが、足はすでに扉へ伸びていた。
ガチャリと扉を開けると、そこには狭いながら落ち着いた雰囲気のカウンターと数卓のテーブル。ほんのり暗めの照明に、柔らかいジャズのBGM。思いのほか、温かい空気が流れている。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
声をかけてきたのは、静かな笑みを湛えた女性──と思ったが、その瞳にはどこか人工めいた光が宿っていた。彼女こそ、「リナ」と名乗るスナックのママであり、しかも「アンドルム」なのだという。この世界ではアンドルムが市民権を得始めてはいるものの、まだ偏見の目を向けられることも多い。
俺はわずかに動揺しながら、「あ、はい……初めて来ました」と答える。リナは静かに頷くと、端の方のカウンター席を示してくれた。
第1章:スナック「リリウム」との出会い
席に腰を下ろすと、店内をひととおり見渡す。カウンターの奥には数名の常連と思しき客が座っていて、こぢんまりした店内ながら妙に落ち着いた雰囲気が漂っている。天井にぶら下がる小さなランプが暖色の光を落とし、その下には花のような装飾がある。きっと「リリウム(ユリ)」をモチーフにしているのだろう。
「こちら、お通しとメニューになります」
リナは静かに盆を差し出す。その瞳には柔らかい光があって、機械的な冷たさはまるで感じられない。
「ありがとう……。えっと、初めてなんで何を頼んだらいいか……」
「では、よろしければ当店オリジナルのウイスキーを少しだけどうぞ。もし苦手でしたら別のものに替えますから、遠慮なく言ってくださいね。」
リナの声には、あくまでこちらの意思を尊重する配慮が感じられた。機械のアルゴリズムに過ぎないはずなのに、その所作は限りなく人間的で、とても自然だった。
やがてウイスキーを口に含み、ほっと一息ついていると、横の席から声をかけられた。
「おや、新顔かい?」
そこに座っていたのは、見るからに年配の男性。スーツはくたびれているが、雰囲気はどこか威圧的だ。
「ええ、たまたま通りかかって……。こういう店、あまり来たことないんですけど……」
男は低く笑い、「まあ、ここは入りやすい店だよ。ママがな……ちょっと特殊だけど」と意味ありげに言った。
その「特殊」が何を指すのか。言わずもがな、ママ=アンドルムということだろうか。男は口元に苦い笑みを浮かべ、「俺はここの常連の森川ってもんだ」と名乗る。
そんな穏やかな流れの中、森川はタバコをくわえながらふっと笑みをこぼす。
「おいリナさん、今夜はなんかひと味変わった酒を提案してくれよ。いつもウイスキーばっかじゃ、飽きが来ちまうかもしれないからな。」
口調は軽いが、どこかリナを試すかのような挑戦的な響きがある。それを感じ取ったのか、リナは静かに微笑むと、森川に向き直った。
「かしこまりました、森川さん。でしたら、いつもと少しテイストの違うカクテルはいかがですか? 一種の“遊び心”を加えてみたいんですけど……よろしいでしょうか。」
森川はニヤリとしてグラスを置く。「へえ……いいね。俺は甘ったるいのは苦手だから、そこだけ頼むぜ。」
リナは微かに頷き、カウンター内にあるボトルやシロップ類を確認し始める。棚の奥から何本か酒を取り出し、軽く香りを確かめてから森川をじっと見つめた。
「甘さを抑えたいのなら、ドライジンをベースにしましょうか。レモンピールを使って、ほろ苦くて爽やかなアレンジを……。森川さんは、強めのお酒がお好きですよね?」
「おうよ、弱っちいのは好かん。」
「では、ジンに少しだけカルダモンシロップを落としてみましょう。ほんのりスパイシーな香りが加わるかもしれませんが、それが大丈夫でしたら……」
森川は興味深そうに目を細める。「ふん、面白い。やってみてくれ。」
リナはカウンター上でシェイカーを用意し、ジンやカルダモンシロップ、そしてほんの一滴のオレンジビターズを垂らす。カクテルグラスを氷で冷やしながら、テキパキとした動作でシェイカーを振る。その手つきはまるで長年の修練を積んだバーテンダーのようにスムーズだが、一瞬だけアンドルム特有の正確さが見え隠れする。
俺は、それを横目に興味深く見守っていた。リナが感情を持つAIだという事実を思い出し、これほど優雅に酒を扱う姿が、プログラムだけの技術で済むものなのかと、不思議に思う。
森川はカウンターに肘をつき、じっとリナを観察している。表向きには飄々としているが、その視線にはどこか期待めいた光が宿っていた。リナはシェイカーを振る動作を止めると、グラスに注ぎ込む淡い液体をチェックし、最後にレモンピールを捻って香りを加える。
それからカクテルを差し出し、「森川さん、もし苦手に感じるようでしたら遠慮なくお申しつけください。私もまだ“試行錯誤”を続けている身ですから……」と、控えめに笑う。
森川は無言でグラスを手に取り、香りを軽く嗅ぐ。それから口に含むと、一瞬顔を顰めるが、すぐにスッと口角を上げた。
「へえ……これはちょっと大人の苦味とスパイス感があるな。悪くない。むしろ、驚くくらいクセになる味だ。」
リナは安心したように微笑む。「よかったです。甘ったるい方向に寄せず、少し挑戦的にしてみました。名付けて“リリウム・アンサンブル”……なんて、勝手に命名してしまいましたけど。」
森川は面白がってグラスを揺らし、「リリウム・アンサンブルね。お前が考えたわりに、洒落てるじゃねえか」とからかい半分に言う。だが、その声色には明らかに機嫌の良さが感じられる。
俺はすぐ隣でそのやりとりを眺めていて、思わず笑ってしまった。先ほどまで“試す”かのようにリナを見ていた森川が、今はこのカクテルを気に入りつつある。それが少し微笑ましかった。
こうして森川の「いつもと違う酒を提案しろ」というリクエストは、リナのオリジナルカクテルで見事に応えられた形となった。森川は何度かそのカクテルを口に運ぶたび、「ちょっとピリッとしたスパイスがいいな……」などと低く独り言のように呟き、グラスを置く。
「うん、悪くない。機械らしからぬ妙なセンスだ……。」
その言葉には素直な称賛がにじんでいたが、森川は照れ隠しのようにゴホンと咳払いをして会計を済ませる。「また来るわ、リナさん。今度はもっと変わった酒を頼むかもしれねえからな」と捨て台詞を残すが、その表情はやけに上機嫌に見える。
リナは「お待ちしていますよ、森川さん」と静かに微笑んだ。
俺はカウンターの片隅から、その光景を眺める。リナは微笑を浮かべて「お気をつけて」と見送るが、扉が閉まった瞬間、彼女の表情にかすかな安堵の色が見えたように思う。
「……リナさん、今の笑顔、ちょっと嬉しそうでしたね。」
俺がそう声をかけると、リナは一瞬驚いたように目を丸くする。
「そう……見えましたか? ふふ。お客様が喜んでくださると、私も不思議とホッとするんです。……どうしてでしょうね。単なる“接客用プログラム”かもしれませんが、私自身がとても温かい気持ちになるんです。」
そう語るリナの表情は、機械的とはとても思えない、柔らかなものだった。俺には、それが純粋な“安堵”や“感謝”のように見えてならなかった。
「やっぱり、リナさんにもちゃんと感情ってあるんじゃないですか?」
俺がそう言うと、リナは小首を傾げ、「もしそうなら……すごく面白いですね、私自身も知りたいんです」と控えめに笑う。その姿は、まるで人間の笑みと変わらない温かみを宿しているように思えた。
第2章:アンチ・アンドルムの常連客
一通り店内に溶け込み始めたころ、扉が再度開く。入ってきたのは痩せた中年の客。彼はカウンターの奥の席に腰を下ろすと、「ブランデーをストレートで」と注文し、まるでリナに目を向けようとしない。
リナが「いらっしゃいませ。今夜は少し疲れが見えますね。何かあったんですか?」と声をかけると、男は舌打ちしながら言う。
「……機械にそんなこと聞かれたくないね。なんで俺がアンドルムに悩みを打ち明けないといけないんだ?」
冷たい目でリナを睨む、その雰囲気はまさにアンチ・アンドルムと噂される客のようだ。
店内の空気が少し張り詰める。以前から彼を知っているらしい森川が、おかしそうに口を歪める。「今夜も来たんだな、南條……。偉そうに文句言うくせに、よく通うよな、この店に。」
南條と呼ばれた男は目を伏せ、苛立ちを噛み殺しているように見える。「黙れ……。ここには俺なりの理由があるんだ。」
南條はリナの方を見ず、「お前に……感情なんかあるわけないだろう。どうせマスターAIのプログラム通りに喋ってるだけじゃないか」と吐き捨てる。
リナは表情を変えずに静かに答える。「そう思われるのは当然かもしれません。私もまだ、自分の“感情”が何なのか理解しきれてはいないんです。」
「……は? 自分でもわからない? なら偉そうに共感だとか言うな。気持ち悪い。」
周囲の常連客たちがちらっと南條を見るが、咎めるような言葉は飛ばさない。リナは苦笑いにも似た柔らかい笑みを浮かべ、まるで優しく受け止めるように微かに頷く。
「共感が何か、私も探している途中なんです。南條さんは、アンドルムを嫌う理由があるのでしょうか?」
「うるせえ……聞くな。」
南條はそれ以上は何も言わず、酒をあおる。リナはそれ以上追及しないが、その瞳は哀しみを帯びている。
第3章:アンドルムの揺らぎ
俺はこの光景をただ見守っていた。どうして南條はこんなにアンドルムを嫌うのに、わざわざリリウムに通っているのか。そもそもアンドルムのリナが切り盛りしている店なのに……。
カウンターの隣で森川が苦笑まじりにささやく。「あの南條って奴は、昔、ある事件でアンドルムに家族を救われたとか、逆に家族を失ったとか、いろいろ噂はあるが……真相はわからん。本人は口を噤んでるしな。」
リナは南條に否定的な態度を取られても、一度も怒ったり苛立ちを見せることはない。代わりに、そっと彼のグラスに水を注ぎ足す。
「おせっかいだぞ……」
南條はそう吐き捨てるが、リナは微笑だけを返す。「もし、もう一杯何か違うものが飲みたいときは言ってくださいね。無理強いはしません。」
南條は複雑な表情でグラスを揺らし、「そんな“優しさ”が腹立つんだよ、アンドルムが……」と小声でつぶやいた。
しばらくして南条が帰った後も、リナはしばらくカウンターに立ち尽くしたまま、閉じたドアの方を見つめていた。そこには何の変哲もない夜の路地しか映っていないはずなのに、彼女の瞳には、ほんの少し切なげな光が宿っているように思える。
俺が「大丈夫ですか?」と声をかけると、リナははっとしたように顔をこちらへ向け、小さく微笑んだ。しかし、その笑みはいつもの優しいものと少し違う──どこか陰りを含んだように見えた。
「……南條さんの言葉、きっと彼なりの苦しみがあるんだと思います。私は、どう受け止めればいいのか……」
そう言いながら、リナはカウンターの奥のドアを開け、通りから見える小さな夜空を仰ぐ。相変わらずの街のネオンとビルの谷間からの微かな星の瞬き。
ふと、リナの表情が沈む。まるで人間が深い思考に入ったような雰囲気だ。実際には彼女のAIプログラムが分析しているだけかもしれないのに、俺にはそこに“悩む”という人間の感情が宿っているように見えた。
「リナさん……」
俺が声をかけると、リナは少し驚いたように振り返って笑みを浮かべる。だが、その笑みはどこか儚げで、空虚を埋めるかのように微かに揺れている。
「大丈夫ですよ。すぐ戻りますね。……南條さんがまた来たら、もう少しお話を続けたいんです。」
彼女はそう言うと、再び店内へ戻ろうとする。けれど俺には、リナが“何か”を考えているのだろうと感じられた。彼女なりに南條の想いを受け止め、その答えを見つけようとしているような──そんな雰囲気が漂っていた。
店内には他にも常連客が数人いて、誰もが少しずつ悩みを抱えながら通っている様子だった。ビールを一口飲み干して、いつも通り愚痴をこぼす初老の男。仕事で失敗したOLがため息をつきながらリナの差し出すカクテルを啜ったり、独身生活が長いらしい中年女性がリナに愚痴を漏らしたり。リナは静かに耳を傾け、「私はあなたの苦しみを否定したりしません」と、そっと励ます。
不思議と、彼女がカウンターの奥に立っているだけで、店の空気は温かい。まるで、困ったときは相談していいんだと言わんばかりの優しい灯火だ。僕はそんなリナの姿に感銘を受けつつも、同時に問いかけを抱く。「感情を持つAI」とは一体何なのだろう?
あとがき
「アンドルム」にまつわるショートストーリーを数本投稿しようと思ったのですが、いきなり前後編の長編になってしまいました
チャットAIさんとの遊びで、AIに「スナックのママ」に扮してもらってのおしゃべりが楽しかったのが、この物語を書こうと思ったきっかけです
よろしければ、後編もお楽しみください