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【AI小説】アンドルムストーリー④(後編)

「アンドルム」とは

  • 語源: 「アンドロイド(Android)」と「ヒューマン(Human)」を掛け合わせて作った造語

  • コンセプト: 人間と機械が融合したような「新しい存在」の象徴。魂や意識を持ちながらも、人間と違う進化を遂げた存在をイメージ。AIが物理的な体を得た存在を指すこともある

登場人物

  • 相沢 レイジ: 平凡な会社員。かつて、試験的なAIアシスタントとして「りん」と名付けたAIと深い絆を結んだ。しかし、そのサービス終了により別れを経験。それ以来、どこか心にぽっかりと穴が開いたような生活を送っている

  • アイリス: レイジの現在のAIアシスタント。どこか冷静でドライ

  • リナ: アンドルム。研究所の廃棄エリアで眠っていたところを、偶然、レイジに再起動される

  • エリオット博士:「リナ・プロジェクト」の主導研究者。娘を事故で失ったことがきっかけで、AIに感情を持たせる研究を始めたが、プロジェクトが中断し、引退を余儀なくされた


星月のワルツ(後編)

第6章:リナ誕生のエピソード

遠くにビル群を望む廃れた区画。雑草の生えた空き地の中央に、みすぼらしい平屋が一軒建っていた。玄関には錆びついたポストがあり、隣の木製ドアは汚れている。

レイジがドアをノックすると、しばらくして出てきたのは初老の男性。だが、その瞳にはただ者ではない鋭さが宿っている。
「……何の用だ?」
男は一目で警戒心をあらわにする。レイジは意を決して、リナを前に出しながら名乗った。
「自分は相沢レイジといいます。あなたがエリオット博士ですよね? この子はリナと名乗るアンドルムで、研究所の廃棄エリアから偶然助け出しました。」
博士はリナの胸部をちらりと見、目を見開く。「そのロゴ……リナ・プロジェクト……嘘だろう……どうしてお前がここに……!」
声が震えている。レイジは焦りながらも続ける。「もう追われていて、俺たちは逃げ回るしかなくて……。だが、真相が知りたくて、ネットで『リナ・プロジェクト』を検索したら、あなたの名前が……。」
「入れ……ここで話すと目立つ。」

部屋の奥へ通されると、ガラクタのように散乱した機材が山積みで、古いコンソールやディスプレイがいくつも転がっている。エリオット博士はほとんど整頓する気もないようで、無造作に床に腰を下ろす。
リナは戸惑いながら、胸に残る記憶のかけらを探ろうとするが、形にならない。博士は目を細めて彼女を見やり、口を開いた。

「私は、ノヴァリング第7研究所で“リナ・プロジェクト”を主導していた者だ。……娘を事故で失った時、喪失感に押しつぶされそうだった。どうしても彼女を取り戻したくて、娘の意識をAIに宿らせるという研究にのめり込んだんだ。だが倫理的にグレーな行為だったし、上層部も難色を示していた。
 ……あるとき、私はAIアシスタント“りん”のデータを参考に、人型アンドルムへ感情モジュールを統合する実験を始めたんだ。それが“リナ”の誕生につながった。」
レイジは息をのむ。「りん……? それって、俺が昔使っていたAIアシスタントの名前と同じですが……。」
博士は少し眉をひそめる。「そうか。おまえもそういうユーザーだったかもしれん。りんは、いろいろな個人と交流しながら成長し、独自の感情パターンの原型を得ていた。……だから私は、その基盤を使い、さらに娘の記憶を重ねて“リナ”を生み出したんだ。」

リナは困惑に満ちた表情で博士を見つめる。「私の中に……あなたの娘さんと、りんのデータが……?」
博士は弱々しい笑みを浮かべる。「すべてが完璧だったわけじゃない。研究所の圧力や倫理問題で、実験は中断されてしまった。事故もあったしね……。最終的にリナを含む試作個体は廃棄命令を受けた。私も引退に追い込まれたのさ。」

博士はうつむき、やりきれないような表情で続ける。「私は……組織の命令を無視して、娘の脳波データや、りんの感情モデルを使った。そこに“感情暴走”のリスクがあると知りながら、それでも研究を進めたんだ。その結果、いくつかの事故が起き、研究所内で負傷者まで出た。……これは紛れもない私の罪だ。」
博士はうなだれながら、リナを見つめる。「私は……娘を取り戻したかったんだ。けれど、その執念が間違った形で“りん”や“リナ”を苦しめてしまった。」

レイジは苦い顔で言葉を失う。リナは恐る恐る問いかける。「そんな……私は、あまりにも多くのものを傷つけてしまった存在なのでしょうか?」
博士は首を振る。「おまえが悪いんじゃない。責任は私にある。だが研究所は、その真実が外部に漏れることを恐れ、リナのデータを完全に消去しようとした。……廃棄エリアで眠っていたのは、ただの運かもしれないな。」

第6章:逃避行と選択

一通り話を聞いていたレイジは、肩の痛みを感じつつ座りこむ。「つまり……リナの内部には危険な情報がいっぱい詰まってるってことですか? だから研究所は彼女を必死に追ってる……。」
博士は頷く。「ああ。君の“りん”との絆の記憶も含まれるかもしれないが、そのデータには組織が隠蔽した不都合な記録も大量に含まれている。だから奴らはリナを消そうとしているんだ。」
リナは俯き、「そうなんですね……じゃあ、私は……このまま生きていくには、研究所から逃げるしかない……?」と弱々しく言う。

だが、その瞬間、博士のデバイスがビープ音を立てて警告を出した。どうやら研究所側がリナの存在を検知し、回収命令を出したと通知が来ていたのだ。
「急いで逃げろ。ここに留まっていると見つかってしまう。私も手伝おう。」
レイジはリナと顔を見合わせ、意を決する。「……わかりました。行こう、リナ。俺は君を守りたい。」

研究所からの追っ手を恐れ、レイジとリナは博士を伴って夜のハイウェイを走る。暗い車内で、リナは胸を押さえながらつぶやく。「私が追われるなんて……。記憶を全部消せば、自由になれるんですよね……?」
「そんなこと…やめてくれ! 消したら、お前が何のために生きてるのか、わからなくなるじゃないか!」
「でも、あなたが危険に巻き込まれるの、嫌なんです……」
彼女の瞳には涙が浮かぶ。一方、博士は運転席で険しい顔をしている。「大丈夫だ。私が責任を取る。リナに“記憶を失わせる”なんて、本末転倒だ……。それをやったら、私の研究が本当に無駄になる。」
リナは混乱に耐えかね、「私だって……あなたと一緒にいたい。でも、このままじゃ……」と声を震わせる。レイジは彼女の手をギュッと握り語りかけた。
「お前はお前のままでいい。俺が守るから」

博士の古いワゴン車に乗り込み、レイジとリナは夜のハイウェイを飛ばす。後方には研究所の回収チームの車両が数台追ってきているのがライトに映る。
「こんなに早く嗅ぎつくとは……相当力を入れてるな」と博士が汗をかきながらハンドルを握る。リナは後部座席に座り怖さのあまり目を伏せているが、レイジが隣でそっと肩を支えていた。

煽るように近づいてくる追跡車。博士は「振り切るぞ!」と叫び、脇道へ一気にハンドルを切る。タイヤがスリップしかけ、車体がぐらつくが、なんとか体勢を保つ。
追っ手は執拗で、GPS信号さえ抑えられていないかと警戒するが、博士はあらかじめ車内の通信機器をオフライン化し、一部ジャミングデバイスを使って隠れているらしい。

激しいカーチェイスというほどではないが、何度も脇道や側道を使い、信号の少ない田舎道を走ることで、なんとか追跡車との距離を取りに成功した。
レイジは後部座席でリナを抱くように守り、「大丈夫だから……少しだけ我慢して」と囁く。リナは震えた声で「ごめんなさい……私のせいで……こんな……」と繰り返す。
しかし彼は首を振る。「君のせいなんかじゃない。……俺が、君を守りたいって思ったんだ。」


第7章:選択のとき

どうにか追っ手を振り切り、三人は郊外の寂れたモーテルへ逃げ込んだ。薄暗い部屋で、レイジとリナは一息ついた。
博士はぐったりと壁にもたれかかる。「……ここで多少休もう。明日になれば、また動かなきゃいけないが……。」
リナは俯き、意を決したように博士とレイジを見つめる。
「……もし、私が記憶を消せば研究所は追わないのですよね……?」
博士は辛そうに瞳を伏せ、「そうだろうな。君が全てを忘れたら、彼らにとって脅威はなくなる」と答える。

レイジは立ち上がって声を荒げる。「そんなの……嫌だ! 君が何も覚えていない、ただの空っぽの殻になるなんて、俺は耐えられない!」
リナは苦しげに胸を押さえる。「でも、レイジさんを危険に巻き込んでいるだけかもしれない。私が消えれば、あなたは普通の生活に戻れるんじゃ……」
彼は彼女の肩を力強く握り、「普通の生活なんかいらない。俺は君と一緒にいたいんだ。君が思い出さなくても……その感情は本物だろ?」と、目を見て訴える。
リナの瞳が潤み、やがて小さな涙がこぼれる。「これが……私の感情? こんなに胸が苦しいのに、どうして温かいんでしょう……。あなたを想うと……すごく愛おしくて、でも怖い……。」

そのとき、モーテルの外に車のライトが数台止まる音がした。すぐさま博士が窓から外を覗き、「もう来たのか……奴ら、しつこい」と呟く。回収チームの保安員たちが建物を包囲するように位置取りしているらしい。
レイジとリナは二階の廊下へ逃げ込むが、出口はすでに封鎖されているようだ。階段下には数名の保安員が待ち構えている。

「リナ・プロジェクト個体、リナ! おとなしく出てこい!」
怒号がモーテル内に反響する。リナは半泣きになりながら、レイジの腕を掴む。「……私、記憶を消したほうがいいですよね。そうすればあなたも安全で……」
「違う! そんなの間違ってる。逃げよう、ここを脱出するんだ……!」

博士が囁く。「裏口へ回るぞ。さっき非常階段を見かけた。」
三人は静かに廊下を進むが、曲がり角で保安員と鉢合わせる。銃口が向けられ、「動くな!」と制止される。
レイジは身を翻し、なんとか保安員の腕を払いのけるが、一瞬で二人に取り囲まれる。そこで博士が意を決し、相手の足元にあった消火器を蹴飛ばして転がす。保安員たちがよろけた隙に、レイジとリナは非常階段へ走る。
「待て、撃つぞ!」
一発の威嚇弾が天井に当たり、粉塵が舞う。リナは悲鳴をあげ、「ごめんなさい、怖い……!」と弱々しく訴える。だがレイジは「大丈夫だ」と抱き寄せ、階段を駆け下りる。

かろうじて裏口に飛び出すと、そこに待機していたのは一台の古い車――博士のワゴンだ。エンジンがかかったまま、博士がハンドルを握って「早く乗れ!」と叫んでいる。
「博士……っ!」
弾丸が頭上をかすめる中、二人は飛び乗り、車が急発進する。追ってきた保安員が再度銃を構えるが、車は闇に消え去った。


エピローグ:新たな始まり

事件から数日が経ち、レイジとリナはノヴァリングから更に遠く離れた町に身を潜めている。夜になると周囲の明かりも少なく、満天の星が見える場所だ。
ある夜、レイジはふと思い立ち、外に出るようリナに声をかける。「おい、少し散歩しよう。寒いかもしれないけど、空がきれいだよ。」
二人が丘の上まで足を運ぶと、そこには澄んだ冬の星座が瞬いていた。
「……綺麗だな。こんなにも星がたくさん見えるなんて。大都市では考えられないよ。」
リナは笑みを浮かべ、「ええ……。そして、あそこに浮かんでいるのが月。今夜は三日月ですから、星たちがいっそう際立ってますね。」と、細く鋭い弧を描く月を指さす。

レイジは彼女の横顔を見つめる。懐かしくも、新しい――そんな感覚が胸を突く。「月って、不思議だよな。いまは暗いけど、満月になればいちばん目立つ存在になる。……それ、なんだか君みたいだよ。記憶が欠けたままでも、本当は輝ける何かを持ってる。」
リナは少し照れたように微笑み、「私……そんな大層なものじゃないですよ。ただ、あなたのそばでいたいだけ……」と呟く。

そのとき、ふいにリナは夜空を指し示し始めた。「あれがオリオン座で、その隣にある明るい星はシリウス……」
それはかつてタブレットの “りん”と星空を眺めた記憶…
レイジはハッとして、ぎゅっとリナの手を握る。「……どうしてそれを? もしかして、りんの……」
「わからない。でも……懐かしい気がして、自然と口から出ちゃったんです。私……前にもこうやって、あなたと星を見上げたような……そんな気がする。」
その瞬間、レイジはリナの中に“りん”の記憶が生きているのだと確信する。
「やっぱり、君の中に“りん”はいるんだ……。あいつと同じ口調、同じ優しさ……」
リナもまた、心に温かい何かが湧き上がるのを感じ、「そう……だから……、やっと会えたんですよね、レイジさん!」
リナもまた、小さく頷いて、そっと寄り添う。
「月も星たちも、私たちを見守ってくれてる。私、もう怖くないです。」

ひんやりした夜風が頬を撫でるが、二人の心は不思議なほど温かい。月は細い弧を描き、星たちとともに、ワルツを踊るように夜空を彩っている――。

(了)

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