私の夢って。
私は一生懸命だった。
何事にも全力で、前しか見ていなかった。
常に全力疾走だった。
夢は必ず叶えられるものだと思っていた。
いや、叶えなければならないものだと思っていた。負ける事なんで許せなかった。
でも、現実はそんな簡単なものではなかった。
前だけを見て不安も何もかもを気合いで乗り越える日々。
前に進もうとすればするほど壁は大きく高くなっていって、前に進む気力すら無くなる。
それでもあと1年は頑張ろうと立ち上がって、また立ち止まって、また立ち上がった。
ある人に言われた。
「あなたの能力では無理ですよ」
「そろそろ現実を見なさい」
その言葉は何ヶ月たっても頭から離れなかった。
もう生きている意味なんてないと思った。
何のために生きれば良いかも分からなくなった。
自分でも薄々気付いていたから、余計心に刺さって離れなかった。
それでも諦めたくなかった。
私にできる事は何なのだろうか、私が夢に近づくには何が足りないのだろうか、今私にできる事は何か…
ずっとずっと考えた。
そのために今まで沢山の事に挑戦してきた。
私なりの精一杯を尽くした。
今もずっと頑張っているつもりだった。
でも、頑張れば頑張るほど自分に足りないものが見えてきて、前に進もうとすればするほど夢との距離は遠くなっていった。
色んな責任や理想と現実、こなさなければならない課題、色んな事が重なって毎日行っているあの場所に入れなくなった。入るのが怖くなった。
自分の無能力さを知るのが、出来ないという現実を目の当たりにするのが、ただただ怖かった。
現実に向き合うだけの気力はもう残っていなかった。
あぁ、私には無理だな…。
そう思った。
あんなに前だけ見て全力疾走していたのに、そんな姿はもう想像出来なかった。
これからどうしていけば良いか分からなくなった。
全力疾走の代償が今ここ、目の前に現れた。
今まで見ないふりをしていたものに、向き合わざるを得なくなった。
予定を詰め込んで忙しくしていたのは、自分が成長するためではなく〝現実を見たくなかったから〟かもしれない。
「人生は長い、だからそんな時もある。」
そう言った人もいた。それでも失敗は怖いし、夢に向かって真っ直ぐ進む事しか今の私には怖くて出来ないと思った。
長年このやり方しかやって来なかったから、「違うやり方を見つける」や、「臨機応変に方向転換する」なんて事が出来ない。
でも、今ここで人生への向き合い方を変える必要性を突きつけられている気がした。
というか、夢に近づくためには今ここで変わるしかないのだと思った。
自分に向き合う事を決めた。
今考えている夢の他のやり方はないのか、本当にその夢が私のやりたい事なのか、その夢のどんな部分に惹かれているのか、私がその夢を追いかける理由は何か、私にこれから出来ることは何か、1日何時間も、何日も、寝てる間ですらも考え続けた。
私は本当の自分のやりたい事をやるというより、夢を叶える事に執着しているのかもしれない。有言実行しなければ私の価値がなくなる、そう思っているのかもしれない。これも長年続けてきた認知の歪みなのだろうけど…。
でも今確かなことは、自分のやりたい事を考え、自分で責任を持って決める事が夢へと近づく1歩になるのだと思う。
私は、私の叶えたい夢は…