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障がいと共に生きるアーティスト達とそこにある世界を発信するフリーペーパーHugs 2024年秋号 vol.10


「つながることは、豊かさ」

じゆう劇場
鳥取市 / 演劇

◉プロフィール
鳥取市鹿野町にある劇団「鳥の劇場」のプロデュースのもと、障がいがある人もない人も一緒に演劇作品をつくるプロジェクトとして2013年に始まった。シェイクスピアの作品に障がい者の体験談を織り交ぜるなど、独自の舞台を創作。初年度以降、毎年メンバーを募集しており、これまで鳥の演劇祭や鳥取県内外、フランス・タイでも公演(今年度は2025年1月に上演予定)。

じゆう劇場祭[このつぎ風が吹くまでは]2023年

▼それぞれの可能性を開く機会に

 「はい、まず歩きましょうか。ぶつからないように。目線を下げないで」
 練習前のなごやかな空気は、演出家の中島諒人さんの声でいっぺんに引き締まった。ウォーミングアップで舞台上を歩き回る役者たち。台本の読み合わせなど芝居に入っていない段階でも、これがなかなか見応えがあるのだ。
 「演劇というのは演じる相手にいかにエネルギーを届けるか。そのエネルギーが50で受け取ったものだとしても、100にして返すこともできる。だから相手を動かそうとする言葉にしないといけないんです」
 演劇において大切なことを、全員に向かって伝える中島さん。シャドーボクシングなど体を動かせ、それに合わせて声を出す。体と声のタイミング合わなければどこか力強さが感じられない。中島さんは鋭い目で演者たちを見つめている。障がいがある人も、健常者も、子供も、大人も。じゆう劇場には、多様な人たちが集まっていて、区別することなく、真っ直ぐに厳しく演技と向き合う光景が広がっていた。
 「人間にとって自由は、もっとも大切なことの一つ。表現活動の選択肢の一つに演劇がなり、演劇を通じて他の人と関わり、それぞれができることを広げてもらいたい」
 活動が始まったのは、2013年。県内では全国障がい者芸術文化祭が開かれ、障がい者アートにスポットが当てられ始めたころ。中島さんのもとに障がい者支援施設から「演劇をやりたいという利用者さんがいる」と相談があったのがきっかけだった。
 「障がいのある人との演劇創作は全く経験がなく、何ができるかわからなかった。やってみてわかったのは、演じることを必要としている人がいるということ。演劇をする中で、それまで表に出ていなかったその人の魅力や可能性が現れ、周りに影響を与え、それがまた本人の喜び・自信になる、そういう循環が見えた。演劇の新しい価値に出会いました」
 毎年つくる長編作品だけでなく、学校に出向いて短編を上演したりワークショップを開くなど、その活動を広げている。

じゆう劇場祭[配役]2023年

▼その人が持つ可能性を引き出す

最初は戸惑いがあった。普段はプロの俳優を相手に作品を作っている。じゆう劇場ではスムーズにいかない。セリフが覚えられない、明晰に話せない、立って歩けない…。その中で、一人ひとりが何をでき、何が得意かに目をむけ、「そこに在る人の光を引き出す」という演劇の本質にじっくり向き合った。
 「障がいのある人がやればなんでもアートというのはちょっと違う。私たちは、健常者も障がい者もフラットに考えていきたいと思っている。それなら、演劇として満たすべき基準の一番根本的なものは、じゆう劇場でもプロの仕事でも同じように満たされなければならない、それによって差別をなくすのだと。それを参加のみなさんと共有しています」
 良い作品をつくることにこだわってきたからこそ、障がいがあることを理解しつつ過度な特別扱いはしない。そんな中島さんに呼応するように、誰もが練習に真剣に向き合う姿があった。
 「行政の福祉サービスは、その人の限界を行政が決めて支援内容が決まる。アートはその逆。その人が本当はできるかもしれない最大限を見る。物語や他者との関わりの中で、その人の中に潜在していた可能性を引き出していきたい」
 声が大きく出せるようになり、できなかった動きができるようになり、表現がどんどん豊かになる。演者たちの変化を見るたびに、人が持つ無限の力を感じる。
 「演劇を通して、家族や施設の人のコミュニティーだけでなく、もっとたくさんの人と関わる。本番が迫ってくる中で高まる緊張感や責任感も加わる。そういう刺激が人を成長させていきます」
 鳥取市の和田尚也さんは、母から勧められたのがきっかけで参加して6年目。「なんとなく楽しそうだなと思ってやってみた。いろんな人がいて、みんなでまとまってやるのが楽しいし、達成感がある。あと、声が大きくなりました」と、笑顔を見せてくれた。
 同じく鳥取市から参加している焔リヒトさんは、高校生の時に一度中島さんの演劇に参加したことがあり、再びチャレンジ。とにかくこのコミュニティーの空気感が好きなのだという。
 「自分は発達障害があるんですけど、ここではそんなことは関係なく関わっているし、みんなが自由に楽しくみんなで頑張っています。みんなに会いたくてここにきているんです」

台本の確認をする和田さん

▼障がいの壁を溶かしてゆく

 「人は誰しも差別意識って心のどこかにあると思うんです。私にも、消しがたくある。それが演劇をやっていると、揺らぎ、溶けていく感覚があるんです」と、中島さんは言う。
 「人の喜びには二種類がある。一つは、人を差別することで得られる喜び。もう一つは、いろんな人とつながり、壁がなくなる時に感じる喜び。両方とも喜びだが、どちらが本当の喜びであるかは言うまでもありません。じゆう劇場に参加する人、見に来られる人は後者の喜びを感じてくれている気がします」
 障がいの有無が解けてゆく経験は、小学校などでの短編講演に出向いた時にもあった。
 「最初はみんな障がいがある人をちゃんと見られない。身近にいないからか、びびっちゃうんです。でも芝居に没頭していくうちにそれが変わってくる。芝居の後にいつもちょっとしたゲームをするんです。『〇〇が好きな人!』とか、何かしらそのグループの人たちのユニークな共通点を探す。そうしていくうちに、『障がい者って言ったけど、この人は足が動かないだけで同じ人間だ』とわかる。障がいという半透明のものがあるけど、それが消える瞬間。参加者のある子は『心がほわほわになった』と言ったんですね。あぁ、これなんだなと思いましたよ」
 じゆう劇場をやるようになって、中島さん自身も多くを学びながら演劇に向き合っている。あくまでフラットに向き合いたいという思いから毎年劇団を一度解散しては、また公募して演者を募る。何年も参加してくれる人もいれば、何かをきっかけに新たに参加する人も。毎年緊張感を保ちながら一つの作品を作っている。今年の作品はシェイクスピアの『間違いの喜劇』。これまでは原作に少し手を加え、出演者の個人的な話をさし込んで「障がい」を強調してきた面もあった。今年は原作に忠実にやることに決めた。
 「演じるということはその世界を生きること。『間違いの喜劇』で言えば中世ヨーロッパをみんなが生きる。その中で、それぞれの内面的な豊かさに触れられる瞬間があって、見ていて素敵だなぁって思う。そこでは、障がいという壁が消えているんです。『間違いの喜劇』は、二組の双子の外見が同じであることが混乱を生むのですが、それはつまり人は外見だけでは、その人の中身がわからないということ。じゆう劇場のテーマはまさにそれです。」
 人間ってなんだろう。生きるってなんだろう。その本質に触れられる演劇がここにある。


編集後記

じゆう劇場の雰囲気に、心が動かされた。「障がい者アートって、今でも相変わらず、がんばってやっているということが評価されがち。率直に言うとちょっと舐められている。そうじゃない。すごいって思わせたい」と中島さん。稽古場に漂う緊張感や、時に笑いが起こる一体感。それぞれの演者が一生懸命に大きな声を出し、ダイナミックに動き、演じる姿に、目を奪われながらシャッターを切る自分がいた。そこにあったのは「人が生きる姿」だった。本番の舞台が今から楽しみでならない。

藤田和俊


あいサポート・アートセンターのお仕事紹介


Hugs 2024年秋号 vol.10
2024年10月1日発行


発行/あいサポート・アートセンター

   〒682-0018 鳥取県倉吉市福庭町1丁目105番地2

   TEL / FAX : 0858-33-5151

   E-Mail : tottori.asac@gmail.com

   HP : https://aisapo.art/

取材・編集・撮影/合同会社 僕ら 藤田和俊
デザイン/森下真后
協力/鳥取県

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