PC操作やインターネットは働く人の常識
先日、読売新聞にこんな記事が投稿された。
要約すると、2023年までに政府が小中学校を対象にPC1人1台を配備する方針に対する記事だ。記事の中では
『どのような授業を行うか分からないのに1人1台のPCは必要なのか?』
『PC学習は読解力の低下を招く』
『PCの授業が行えるほど教育体制は整っているのだろうか』
といった、政府の方針に対する指摘が綴られている。私はこの記事を読んで色々疑問を感じた。
本当に1人1台のPCは必要なのか?
これについては半分同意、半分反対。
確かに、現時点でどのような授業を行うか明確化されていないので、何をやるのか分からない状態でPCを購入することは、普通の企業だと、なかなか筋が通らず、稟議が下りないと思います。
ただし、現代社会において、PCを扱うということは、最早、社会に出るまでにごく自然に出来るようにならなければならないレベルまで時代は進んできています。
まず一つ目の理由にPCに一生触れずに社会人になることの方が少ないからです。
社会人とまでいかずとも、既に多くの大学ではレポートの提出はWordやExcelのファイルによる提出が当たり前になってきています。中には未だ手書きに拘る教授などもいますが、多くの場合は電子化されたモノを提出している場合が多いでしょう。また、卒業論文のような長文を今時手書きで書いたり、ゼミの発表をPower Pointを使わず、模造紙とペンを使うことはまず無いでしょう。
二つ目は誰しも社会人になれば、事務や経理は当たり前のようにPCで行います。また、営業職もPCで顧客管理をしますし、小売業もPOSなどと連携する際もやっぱりPCが必要です。土木や大工だと使わないと言う場合もありますが、現場監督レベルになると、PCやスマートフォンを使って管理するのが当たり前かと思います。
そもそも、就職活動の時点でPCとインターネットの有無では、取得できる情報量と鮮度に大きく差が生まれます。
義務教育のうちに学校でPC操作を一通り覚えられないと、
「家が貧困でPCやインターネットが無かったため就活出来なかった…」
「PCを使ったことが無いので、PCを扱う仕事に就けなかった…」
なんてこともあり得るかと思います。
何れにせよ、PCに全く触れずに社会に出ることの方が珍しく、また、社会に出た後もPCを扱う機会の方が圧倒的に多い。仮に、PCを全く扱わない単純労働などでは、賃金に差があるのは言うまでもないかと思います。
PC学習は読解力の低下を招く
これは科学的な検証結果があるのか否かは分かりませんが、個人的にはキーボードで入力した内容は記憶に残りにくい傾向があるかと思います。
ただし、読解力の低下を招くかと言われると、疑問を呈します。
読解力について、厚生労働省では下記のように定義しています。
自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力
つまり、読解力に必要なのはテキストの内容を読み解く力。PCだろうと、紙だろうと、書かれたテキストの内容が一緒であれば同じような学習が出来るのは容易に分かります。
むしろ、新聞などは同じ内容の記事がインターネットでいつでも閲覧出来るので、紙の新聞をめくるより利便性が高いのでは無いのでしょうか。
ちなみに、私は昔は紙の新聞を契約していましたが、今では隙間時間に読めるニュースサイトを契約しています。
教育体制は整っているのか
これについては、整っていない学校の方が多いのでは無いのでしょうか。2008年頃に、科目 情報が必須科目になったにも関わらず、情報を教えられる人材は常に不足しています。
私立なら、いざ知らず、誰もが仕事でPCを使うのが当たり前になった時代にも関わらず、情報の教員免許だけでは教員採用試験も受けられないので先生になることすら困難です。
また、未だに紙とえんぴつ、チョークと黒板という授業スタイルが一般的で、はっきり言って私が教育実習をした10年以上前から変わっていない学校の方が多いです。
新しいモノを取り込む前に古きモノを棄てられずにおり、何年も時代に取り残されてしまっている学校が多いです。
教育にお金を掛けないで、どこに掛ける?
私はエンジニアという仕事ということもあり、PCはきっても切り離せない大事なツールです。しかし、昨今はエンジニア以外でもPCが使えるのが当たり前な世の中になってきています。
そもそも論ですが、子供や現役世代が減り続ける中、教育にお金を掛けないでどこにお金を掛けるの? と思う次第です。
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