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世界半周記⑧モロッコ~迷路の先に~

初めてのアフリカ大陸に、私は少し緊張していた。

恐る恐る空港を出て、マラケシュ市内に向かうバスを探す。
なかなか見つからなかったが、バス乗り場付近で出会ったスイス在住の韓国人のおばさんが、私もこれから同じバスに乗るのよ、と言って教えてくれた。モロッコには仕事でよく来るらしい。

市内に到着後おばさんと別れ、一人宿に向かう。
道中にあったフナ広場と呼ばれる場所には多くの屋台がひしめき合っていて、大道芸人や蛇使いもいる。
夕飯時ということもあってかなり活気があった。

マラケシュの旧市街は迷路だ。
細い路地が複雑に入り組んでいる。
辺りが暗くなり始めていて少し焦りつつも、なんとか今日の宿に到着した。
モロッコには「リヤド」と呼ばれる、古い邸宅を改装した宿がよくある。この日の宿もその1つで、構造や内装がお洒落だった。

チェックインを終え、夕食のため改めてフナ広場に向かう。
屋台の客引きの勢いが凄まじい。一体どこで覚えたんだというようなわけのわからない日本語でまくし立ててくる。
「宮迫です」とか日本の芸人のギャグも脈絡なく披露してくれたが、この頃当の宮迫が闇営業問題の渦中にいることなどは知る由もなさそうだった。

旅人の間で、「世界三大ウザい国」と呼ばれる場所がある。インド、モロッコ、エジプトだ。
どの国も客引きがしつこいのが主な理由だろう。
インドはよくわかる。
エジプトはまだ行っていない(モロッコの次に訪れた)。
モロッコがここに入ってくるのも、初日の時点で確かにうなずける気がした。
ただモロッコの「ウザさ」には愛嬌があるので、私はけっこう好きだった。なんか笑わせようとしてくるし、しつこい客引きを断っても、最後は”Have a nice day!”とか笑顔で言ってきたりする。

屋台でクスクスとモロカンサラダを食べ、宿に戻った。

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今日は昔の宮殿を見学した。イスラーム建築は精巧だ。

旧市街はやはり迷路で、歩いているだけで楽しい。雑貨屋も多く、女性が好きそうな小物がたくさん売られている。

ただ、勝手に道案内を始めて最後にお金を請求してくる輩もいるので、そこは注意が必要だ。

昼はフナ広場の屋台でタジン鍋を食べた。

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イヴ・サンローランが昔住んでいたという庭園を見学。青を基調としていて美しかった。

その後、電車でフェズに移動。

フェズの旧市街はマラケシュ以上の迷路かもしれない。

モロッコの街には猫が多く、迷路と猫の組み合わせがよい。
これまで訪れた国は野犬が多いところが多かったが、モロッコにこうも野良猫が多いのはなぜなのだろう。

この日、道端のカフェでサンドイッチを食べていたら、大柄なおばさんが急に店に入ってくるなり、強引に私にキスしようとしてきた。
何が起きているのか理解が追いつかなかったが、必死で抵抗していたら、おばさんは私の唇の代わりにサンドイッチを奪って去っていった。
唖然という言葉はこういうとき使うんだなと思った。
その後、店の人がごめんねと言ってもう一つサンドイッチをくれたが、見てないで助けてくれよ、と思った。
まあ、他人はいざと言うとき助けてくれないものだ。

高校生のとき語学研修で海外に行った際、友人二人とベンチに座っていると、薬物中毒者らしき人物が近づいてきて、私が手に持っていた携帯電話を掴み、奇声を上げながらグイグイと引っ張ってきた。
私は必死で携帯電話を握りしめながら、右に座っていた友人二人のほうを見ると、二人とも右斜め下の何もない空間をじっと見つめていた。

あまりにもきれいな見て見ぬ振りだったので、なんだか笑えてしまった。

こんなふうに人はいざと言うとき助けてくれないことが多いので、自分の身は自分で守らなければならない。

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モロッコでは、道を歩いていると「ニーハオ」と声を掛けられることが多い。
この日もすれ違った女の子たちのうちの一人が「ニーハオ」と言ってきたので、「ハロー」と返した。
中国人じゃないことがわかったようで慌ててハローハローと言い直す彼女の、ヒジャブ(イスラム教徒の女性が頭などを覆う布)から覗く笑顔が素敵だった。
モロッコはイスラム圏だが、かなり寛容なほうのようで、西洋風の服装をしている女性も多い。この子たちはイスラム風の格好をしていたが、国によっては女性から見知らぬ男性に声をかけるなど言語道断というところもあるだろう。

モスクを見学したり路地を散策した後、高台に上ってフェズの街を見下ろした。

日本に残してきた、長年付き合った彼女から、お別れの報せがあった。
こんな日が来るとはなと思った。

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朝のバスでシャウエンに移動。
シャウエンの街は家々がすべて青く塗られていて、とても絵になる。

青く細い路地の迷路を、どこへ行くともなく歩いていく。

迷路の先でかわいい猫を見つけたとき、面白い場面に出くわしたとき、どういうふうに伝えようかなと考える自分がいて、もう伝える相手はいないんだったなと思い出す。

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朝少し散歩して、昼過ぎのバスでフェズに戻った。
フェズには夕方到着して、夜行バスでハシラビードというサハラ砂漠の町に向かう。

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ハシラビードには夜明け前に到着した。
まだ辺りが暗い中、ホステルのオーナーがバス停まで迎えに来てくれた。

ホステルには、もともと客として来て、3ヶ月程手伝いをしているという若い日本人女性がいた。世界一周中の美容師さんだった。

ここは砂漠の町なだけあって、モロッコの他の場所よりかなり暑い。
土壁の部屋の中は、夜中だと言うのに日中の熱を蓄えていて、火でも焚いているのかと思ったほどだった。

少し仮眠してシャワーを浴びてから、近くにあるオアシスに行ってみた。井戸があって、何かの野菜を栽培していた。

夕方頃、サハラ砂漠に一泊のラクダツアーに向かう。

宿のオーナーにターバンを巻いてもらい、砂漠の民っぽい格好でいざ向かったら、ラクダ使いのおじさんはラフな服装にサンダルだったので少し恥ずかしくなった。

この日は他に参加者はなく、私とラクダ使いのおじさんの二人旅になった。

ラクダに乗るのは初めてインドに行ったとき以来だが、縦揺れが強く、あまり乗り心地のよいものではない。かなり高さもあるので、しっかり足でつかまっていないといけない。
しかし人間一人と重い荷物を乗せて、足の取られる砂漠をズンズン進んでいくので、ラクダという動物は本当にタフだ。
おじさんもラクダに乗るものだと思っていたら、私のラクダを引いてずっと歩いてくれた。おじさんという動物もタフだ。

小一時間砂漠を進むと、今日の宿が見えてきた。宿と言っても砂漠の真ん中にある小さな小屋だ。
小屋の中で寝るか砂漠の上に布団を敷いて寝るか聞かれたので、もちろん後者を選んだ。

夕食はおじさんがタジン鍋を作ってくれた。
砂漠の真ん中で見知らぬおじさんと食べる鍋も悪くないなあと思った。

おじさんがその辺にウンコしに行った後、スイカを切り分けてくれた。瑞々しくておいしかった。
おじさんが手を洗ったのかどうかはこの際考えないでおこうと思った。

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翌朝砂漠の上で目覚めると、視界の隅に何か黒い物体が見えた。
昨夜おじさんからたまにサソリがいるという話を聞いていたので慌てて飛び起きると、巨大なフンコロガシだった。
フンコロガシって本当にフンを転がすんだなあとなんだか感心してしまった。

砂漠の日の出を拝んだ後、街に戻り、おじさんとラクダ君にお礼を言って別れた。

宿に戻ってから美容師のキョーコさんに話を聞くと、昨日の夜中は星がよく見えて綺麗だったと言う。
しまったと思った。ラクダ引きのおじさんは日の出のことは何度も教えてくれたけど、星空のことなんか一言も言ってなかった。旅行者がサハラ砂漠で見たいのはどっちかって言うとそっちだろ!夜中起こされるのが嫌でわざと言わなかったのだろうか・・・
こうしておじさんの策略により、私は一生に一度あるかないかのサハラ砂漠の満天の星空を見逃したのだった。
もちろん忘れていた私がすべて悪い。

キョーコさんによると、驚くべきことに、この小さな町には現地の男性と結婚して住んでいる日本人女性が複数人いるらしい。このクソ熱くて特に娯楽もなさそうな砂漠の町に住み続けるのは、自分にはちょっと耐えられないなと思った。女性は本当にたくましい。

今日4度目のシャワーを浴びた後、夜行バスでメクネスへ向かった。

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バスは夜明け前にメクネスに到着した。
そのまま電車に乗り換えてカサブランカへ向かう。

カサブランカに着いた後は、モスクを見たりしながら散歩した。
初めて見る大西洋は深い青色をしていた。

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深夜のフライトでエジプトのカイロに向かう。

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