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世界半周記⑥イスラエル・パレスチナ~薄氷の日常~

ジョージアの空港で受けたイスラエルへの出国手続きは、史上最悪のものだった。
後からわかったのだが、厳しいと聞いていたイスラエルの入国審査がザルだったので、飛行機に乗り込む前に徹底したチェックを行っているようだった。
イスラエルの航空会社を利用したのでその会社の人間が行なっているのか、それともイスラエルの入国審査官がジョージアの空港にもいたのかはわからない。
とりあえずめちゃくちゃ待たされるし質問は多いし、審査は尋問調だしで相当イライラした。
荷物もスマホと財布以外すべて預け荷物にさせられた上、別室で中身をすべて調べられたらしい。イスラエルに到着後リュックを確認すると、戻し方は雑だし、縛ってあったレジ袋は引き裂かれていて、あいつらぶん殴ったろかと思った。iPhoneの充電ケーブルが、戻し忘れか失くなっていた。

これらの審査・検査の厳しさは、人によってかなり差があるようだった。飛行機で隣になった香港の女の子も自分と同じような扱いだったらしく、「東アジア人がイスラエルで何するって言うの」と言っていた。全く同感だ。
ただ彼女はいい経験になったと笑っていた。強い。

その夜は、テルアビブの空港の冷たい床の上で寝た。

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電車とバスを乗り継ぎエルサレムのホステルへ。
昼食をとったがやはり物価が高い。
ホステルでシャワーを浴びて仮眠するつもりが夜まで眠ってしまった。
起きて夕飯を食べる。

今のところ、エルサレムの街並みはただのヨーロッパの街といった感じ。
だがシルクハットに黒スーツの男性や、キッパと呼ばれるユダヤ教特有の帽子を被っている男性が多く、やはりユダヤ教徒が多いことがわかる。

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今日は旧市街の聖墳墓教会と嘆きの壁に行ってみた。
キリスト教の聖地である聖墳墓教会、ユダヤ教の聖地である嘆きの壁、イスラム教の聖地である岩のドームは、いずれも目と鼻の先にあった。
岩のドームはなぜかイスラエルの軍人が門を封鎖していて、中に入れなかった。

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今日はバスでパレスチナに行ってみた。行きは検問も何もなく、知らぬ間に境界を越えていた。
バスを降りるとタクシードライバーが何人か近づいてきた。初めは断っていたが、パレスチナ人は収入を得る手段が限られているのではないかとか思ってしまったのと、ドライバーが言うツアーを利用したほうが効率よくまわれそうだと思ったので乗ってみた。

パレスチナ難民キャンプは、古い家が集まっているような見た目だった。エルサレムに住んでいて住居を追われた人が住んでいるらしい。

ドライバーによると、パレスチナ人は基本的にパレスチナの身分証しか持っておらず、分離壁を越境することはできない。なのでヨルダン川西岸地区のパレスチナ人が外国に行きたい場合は、ヨルダン経由で行くらしい。だが一方でパレスチナとイスラエル両方の身分証を持っているパレスチナ人もいるらしく、その人たちは普段イスラエルに住んでいて、双方を行き来することもできるらしい。この人たちと、住居を追われた人たちの違いが何なのかはわからなかった。

分離壁は思ったより低いなという印象を受けた。壁の端のほうに監視カメラがついていたが、イスラエル兵らしきものは近くには見当たらなかった。壁には、有名なバンクシーのもの以外にも、たくさんのグラフィティアートが描かれていた。

ベツレヘムという町しか行っていないが、パレスチナの印象は思ったより全然普通という感じだった。ヨルダン川西岸地区については、特にエルサレム付近は、治安が安定していて最近は落ち着いた状態なのかもしれない。もっと物々しい雰囲気があるのかと思っていたが、まったくそんなことはなかった。市場や店も普通にあり、コカコーラの看板やサムスンの店舗もある。人々は普通に暮らしを営んでいるようだった。
(帰国後新聞等を読んでいると、この辺りでもやはり偶発的な衝突は起こっているようだ。)

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今日も岩のドームに行ってみたが、やはりイスラエル軍が封鎖していて観光客は入れないようだった。

翌朝未明のフライトまでかなり時間があったので、マクドナルドで時間を潰し、いざ空港に向かおうとしたら、よりにもよって金曜午後からのユダヤ教のシャバット(安息日。労働してはいけないので、店は閉まり公共交通機関もストップする)にぶち当たってしまった。うかつだった。
空港行きの電車や公共バスがストップしていたので、乗り合いバスで一度テルアビブまで行き、別の乗り合いバスに乗り換えて空港まで向かう羽目になった。

出国審査も入国ほどではないが厳しく、肌着だけにされた上にレントゲンまで撮られ辟易した。

ユダヤ人にとってイスラエルは、ホロコーストなどの受難を経てやっと手に入れた安息の地なのかもしれないが、何が何でもテロを防ごうと躍起になって保たれる日常は、安息どころかとても息苦しいもののように私には思えてしまった。

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