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見栄っぱりだった20代の頃

20211121
昔の私は、外見をよく見せたいから、洋服にお金をかける時期があった。


ファストファッションではなくて、セレクトショップの洋服。
珍しいデザインの、周りがあまり着てなさそうな。
流行りより、定番より、何このデザインみたいな珍しい洋服が好きだった。


決してファッションセンスがあったわけでも、お洒落だったわけでもない。


1度に数万円の洋服を購入していた。
会社員になると自分のお金で好きな洋服を買う。
当時は都内勤務、制服がないので、私服だけど、カッチリしていた格好をしていた。
プライベートと、会社用に分けていた。

アウトレット行っては、大して着ないであろう洋服も安さに惹かれて買い、そんなにクローゼットはパンパンではなかったけど、でも、着ない洋服はたくさんあった。

そして買っても着ない。


勿体ない。
でも、いつか着るだろうの判断で買っていた。
セールは必ず行くし、ボーナス入ったら買いに行っていた。


とはいうものの、気に入った洋服をずっと着回すから、着ない洋服はたくさんあったけど、周りからしたら、気に入った洋服しか着ないから、5パターンしか無いと思われていた笑


当時は会社員として残業多く、ストレスが溜まり、飲み会にいけば愚痴の飲み会、合コン、外食。自炊せず、タクシー帰り、友達と旅行、海外旅行、物が溢れた部屋、洋服も着ない服ばかり。


お金が無いない言いながら、お金を散財していた。

今思えば、無駄な事が多かった。


愚痴をいう飲み会なんて今思えば何かメリットあったのか・・・?と思うし、その時間を読書の時間に充てられたはず。

テレビをずっと見る、その時間を他の時間に充てることだってできたはず。


タクシーに乗るなんて贅沢すぎたし、ほぼ外食、ランチも外食、どれだけ稼いでもお金が無いのは当たり前だった。
でも、その現実を見ようとしなかった。

そして、その時は、「孤独」に耐えられなかった。
誰か人と一緒にいることが、みんなとうまくいく方法だと思っていたし、会社の付き合いが、将来を左右すると思っていたし、私は寂しがり屋だと思っていた。


もし、お金を貯めることや将来を真剣に取り組んでいたら、1人の時間や、断る勇気があったはずなのに、人と違うことをする、断る事を恐れ、楽しければいい、みたいな全く将来を考えてない、現実を見ない生き方をしていた。


こうすればいいと分かっていることが、分かっていなかった。
節約する事が、ダサいとさえ思っていた。
自炊する事、ランチはお弁当、洋服はプチプライス、タクシーではなく徒歩、飲み会を断り家で過ごす事、休みの日に遊びに行く事、なんとなく参加していたのが多かった気がする。


声かけられなくなるのが怖くて、うまく人付き合いをしたくて、フットワーク軽い自分でいたくて、この人なら来てくれるよ!みたいな人でいたくて、周りを気にしまくっていた20代。
いや、ずっと他人の目を気にして生きてきたけど、見栄を張る20代だった。


少しでも良く見せたくて、こだわってます風に見せたくて、セレクトショップで服を買って、お金が無いのにプライドだけは高かった。


20年経つとすっかり好みが変わるのか、
Tシャツとジーパンにサンダル、というシンプルな洋服がいいと思うようになり、お洒落な洋服よりも、私に似合う体になればいいと思うようになった。

自分に合う体型を維持し、Tシャツとジーパンの似合う人になればいい。女性らしいというよりどちらかというとメンズライクな、カッコいい感じをイメージして。


私が私らしいとする体型を維持しようと思うようになった。
洋服でごまかしていた私の体型を、ごまかすのをやめた。


私が理想とするジーパンとTシャツの似合う身体でいようという目標ができた。
洋服を新しく買うより、どうやったら理想的な体型にするか、維持するためにはどうすればいいかを実行するほうが楽しいってことに気付いた。


ファッションより健康、生き方。
外見より内面、そっちに興味がある今日このごろ。

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