菅首相に日本学術会議会員任命拒否の撤回を求めます!
「菅首相に日本学術会議会員任命拒否の撤回を求めます!」
※この署名活動は10月12日正午に終了、143,691人の賛同者が集まりました。13日午後4時に内閣府に署名簿を提出します。ご賛同いただいた方、ありがとうございました(2020-10-12 15:15追記・2020-10-14 10:58修正)。
今を、危険な「歴史の転換点」にしてはならないと僕は思います。
研究者ら有志による署名サイトでは署名運動に一人でも多くの皆さんの賛同をお願いしています。
以下私見追記。
かつての日本が日中戦争そして太平洋戦争へと向かっていった歴史を振り返ると(←やや語弊あり。向かっていったのは結果論)、こういったこと(天皇機関説事件、とか)の積み重ねがけっこう大きなファクターになったと思っています。歴史の転換点は後になって気づくけれど、その時点ではなかなか気づかない。ぼくは後になって「そうか、しまったー」と後悔したくないので、自主的思考の末この運動に賛同しました。これまで多少なりとも歴史に向き合ってきたぼくの、多分かなり深いところの非言語的感覚でもって「これは相当マズい」と感じたのです。
戦時中、高校生が応召学生を送るある集会で「軍人が見たら立腹しそうな「大いなる自由を愛せ」の大のぼりが立っていた」という話が僕はとても好きです(詳細コチラ)。当時からすれば彼らは非国民だったのかもしれませんが、みんなが彼らのような勇気と信念をもっていたら、違う歴史があったのではと思っています。少なくとも、あんなひどい負け方にはならなかったのではないか。「自主的思考が不十分で権威に追従していたから、死の一歩手前まで追いつめられた」のだと思います。
誤った歴史の再現は何としても止めたい。権威に追従しない自主的思考を大切にしない国は滅びます。
さらに追記。他で書き散らしたことを整理。
菅首相らは、この問題の深刻さ、自分らが行ったことの恐ろしさを自覚していないような気がして、それが一層マズいと思う。かつての日本も、軍部も含め、みんなが国のために良かれと思って各自が各自の仕事にせっせと励み、その積み重ねの末に国は破滅に追いつめられた。彼らにはきっと悪意はないのだろう、国のために良かれと思っているのだろう、しかしそれと歴史の歩みは別だ。ここで「悪しき前例」が作られれば、次の代、そして次の代が前例をさらに進めていく。そして日本はまた不幸な歴史を繰り返す。かつての戦後は高度経済成長があったからまだ良かったが、次も同じとは限らない。当時あった、農業国として低成長に甘んじる選択肢に今度は進むかもしれない。悪しき歴史から学び、それを繰り返してはならない。
考えてみればこの問題、議論を深めれば必ず、かつて日本が辿った開戦経緯の話になる。それは1年2年の話ではなく、昭和初期から10年以上ものいろんな出来事が積み重ねられた先に起きたこと。首相官邸はもちろん、多くの人に、その歴史を知ってもらえる契機になりうる。という意味でも、いま声をあげる意味があると思った。
さらに追記。「学問の自由」について確認。
昭和58年5月に開かれた参議院文教委員会の内容を伝えるNHKの記事によれば、
答弁に立った当時の中曽根総理大臣は、日本学術会議について「独立性を重んじていくという政府の態度はいささかも変わるものではございません」と述べたうえで、「学問の自由ということは憲法でも保障しておるところでございまして、特に日本学術会議法にはそういう独立性を保障しておる条文もあるわけでございまして、そういう点については今後政府も特に留意してまいるつもりでございます」と述べています。
と、中曽根首相が「学問の自由」について触れている。
科学誌「ネイチャー」 の内容を伝えるやはりNHKの記事によれば、
社説では国家が学問の独立性を尊重することは、現代の研究を支える基盤の1つで政治家がこうした約束を破るなら、人々の健康や環境、それに社会を危険にさらすことになると訴え「科学と政治の関係が危機にさらされている。黙って見ていることはできない」と締めくくっています。
と、ここでは「学問の独立性」について触れている。