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39.≪人は自尊心で生きる!≫

あのさぁ、人って、自尊心で生きてる動物だと思うんだけどさぁ、どんな人にも自尊心は有って、みんなあまり意識していないんだけど、意外と強いんだよね。

人間関係ってさぁ、この『自尊心』が基本だと思うんだ、『自尊心』を軽視する人とは付き合いたくないなぁ。

 

同じような言葉で、『親しき仲にも礼儀あり』と言うのもあるよね。

 

≪人は自尊心を踏みにじっている人が多い?≫

周りを見渡すとさぁ、時々、自尊心を無視するのが大好きな人もいるんだよね、まぁ、他人の自尊心をぶっ壊す、それに快感を覚える人すらいるような気がするんだよね。例えばさぁ、『バカ!』、『マヌケ!』、『このノロマ!』、とかさぁ。聞きたくないよね、そんな汚い言葉。耳に入ってくるだけで気分が悪くなる。

 

言ってる方は軽い気持ちで楽しんでる雰囲気もあるんだよね、なんか人間性を疑っちゃうよね。自尊心がズタズタにされて、生きているのが嬉しい、楽しいと思う人は、この世にいないと思うんだけどね。

 

まぁ、確かにそんなの、見たくないなぁ。一見、自尊心が無さそうに見える人でも、心の奥深くにはしっかりと根を張っている、それを人はあまりに軽視している気がするね。ある日その自尊心が、突然顔を出すこともあってさぁ、それにびっくりすることも、まま、あるんだけどね。

 

≪人間組織社会では、敬意より敵意?≫

人は、人間の造った人間組織社会に生きることが当たり前なんだけど、その世界は比較、競争、闘いの世界なんだよね、容赦のない世界なんだ。とにかく、『勝つ』たもの勝ちの世界なんだよね。

そんな社会だと、『自尊心』を大切にする意識は醸成されにくい、つまり、『敬意』に満ちた人間関係は構築されにくいんだよね。どっちかと言うと『敵意』の方が醸成され易いような気がするよね。

 

≪自尊心は自主、独立性を保つ基本≫

『自尊心』てさぁ、人間が人間であるがゆえに最も崇高なもの、人が人であるがゆえに備わっている、個としての自主、独立、尊厳を保つうえで欠くべからざるものと言う気がするなぁ。エヘッ、ちょっと難しいこと言っちゃったかなぁ。

人は『自尊心』によって、自らの個性を、独立性を確保している気がするよね。

人は決して『その他大勢』ではないんだよね、『みんな一緒』ではないと考える方が妥当なような気がするよね。

 

≪人間は、本当は平等、それゆえ敬意≫

人間の『平等』とは、生物学的な価値でもなく、物理的個体としての価値でもない、強いて言えば、人として存在することの価値、のような気がするよね。個性を持ち、能力を持ち、精神を持ち、与えられた生命を一つだけ持つ、動物の身体としては同じでも、一人一人が違う、別の生命体のような気がする。

人として生きていることが、自然界にとってトテツモナク貴重な、大切な存在と言うことだよね。

自尊心てさぁ、人間は生まれた時から生体防御本能を持っていると言われるけど、その一形態あるいは派生した形が、自尊心の本質と言う気がするなぁ。

まぁ、もう少し言えば、現実世界の見せかけだけの衣を脱ぎ捨てた、自然界の心を持つ、自然界の魂を持つ人間として生まれてきたということにおいて、『平等』、それゆえに、人は人に『敬意』なんだよね。

人と人の関係は『敬意』に始まり、『敬意』で終わる、だよね。

 

≪敬意は人間関係を良好にする≫

『敬意』をもって相対する人たちだけが本当の人間関係を築ける、と断言しても良いと言う気がする。他人の『自尊心』を大切にする人たちは、本来の心地良い人間関係が構築できて、楽しい幸せな会話がはずむ、また、それぞれ各人の自律神経やホルモンのバランスも取れる。それほど『自尊心』を大事にすることは大切なことだと言う気がする。

人は、人の中で人と共に生きる動物、だからこそ、相手へ自己主張を投げつけるばかりの世界からたまには抜け出て、相手の思いに気付く感性に、つまり、これまであまり気にも留めていなかった『自尊心』『敬意』というものにもう少し目を向けると、それだけでも世界が変わるような気がするなぁ。

 

人の『自尊心』を大切にした『敬意』により、良好な人間関係が構築される、だね。『敬意』と言うものを意識して相手と相対すると、自然と人間関係は良好になって、そこに本当のシアワセがやってくる、それが今日の結論、かな。

折角の二度と無い人生、仲良く楽しく幸せに生きましょう(H/P 書窓けやき通り)

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