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小野フランキスカの断捨離
断捨離ってただ単にものを捨てることだと思ってたけど、じつは断と捨と離はそれぞれ別の行いで、わたしの見るところ、小野フランキスカが苦手なのはだんぜん捨である。
もう会えないひとの形見の品とか、すきなひとから贈られたものとか、もうよれよれなのにずっと抱っこしてきたくまのぬいぐるみとか、なにかしら〈物語〉ができてしまったものを、小野フランキスカは捨てることができない。〈物語〉を捨てるってことは、わが身を削いで毟って抉って千切るようなものなのでとうてい耐えられない、のだそうだ。
「わたしが代わりに捨ててあげようか?」というと、いつも冷静な小野フランキスカは血相を変えて、「ひっ、ひとのもの捨てるなんて、それ、いちばんしちゃいけないことなんだからね! だいたいわたし、捨てたいとか思ってないし!」って慌てだすので、ちょっとかわいい。
だけど無慈悲なわたしは、小野フランキスカの喉元に〈現実〉の刃をつきつける。
――いつまでももってらんないでしょ
(もってるもん……)
――アンディだってウッディとバズを手放したじゃん
(ひとはひとだし……)
――いいおとななんだから
(おとなじゃないもん……)
――いやそれはどうなんだ、てかそもそもあんたが死んじゃったらどうなんの
(うぅ…)
――ぜんぶは棺桶に入んないよねぇ
(うぐぅ…)
――〈物語〉はじゅうぶん堪能したでしょ
(ふぐっ……)
――だいたい〈物語〉なんていってもさ、録るだけ録って安心しちゃって永遠に再生されない録画といっしょじゃん
(うっ、ぐぅ、ふぐぅ……)
と、このへんまでくると小野フランキスカは涙をこぼさず泣きながら怒ってわたしから逃げる。わたしはその遠ざかる背中にも容赦なく追い打ちの矢を射掛ける。
――終わんない〈物語〉なんてないんだよぉ
――あんたが知ってる〈物語〉よりさぁ、楽しいことあると思うんだよね〜
――わたしとさぁ、もっと楽しいことするってのもさぁ、いいと思うんだよね〜〜〜
でもわたしは知ってる。
こう言うことで、依怙地な小野フランキスカはかえって執着を強くする。
所有するモノから反対に所有され返される所有の反転。
所有の対象と自分自身が癒着してしまって、分かつことができなくなっている。
小野フランキスカが陥っているのはそういう状況だ。
「なにももたないほうが身軽でいいじゃん」
かつてそう言って飄々とふるまっていた小野フランキスカを知るからこそわたしは言うのだ。
そんなふうに自由気ままな存在になりたくて将来の夢を訊かれたときに「旅人」って答えてたわたしだからこそ言うのだ。
いまは聞く耳をもたなくても、いずれ戻ってくるときのために。
わたしが言葉を送りつづけてたっていうことを刻みつけるために。
そう、わたしもまた小野フランキスカという〈物語〉に執着してしまっている。
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