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小野フランキスカの断熱

小野フランキスカに生じた熱異常をなんとかするために、彼女の皮膚の内側に断熱材をはりめぐらすか、あるいは彼女の外皮を特別あつらえの装甲で覆ってしまおうというアイデアが提出されたが、✕✕✕✕は書類を一瞥するなりカフェテリアのテーブルの上に放り投げた。

東の果てからきたという少年が(あの子は人間だぞ!)と叫ぶ声が✕✕✕✕の脳裏に響いたが、小野フランキスカを「人間」といってよいのかどうか、じっさいのところ✕✕✕✕にはわからなかった。

(あいつの異常はあいつの体内で起こっているものだが、原因はあいつの中だけにあるわけじゃない……)

小野フランキスカの外部にあって小野フランキスカに異常をきたしている〈熱源〉から小野フランキスカを断とうというアイデア自体は、悪いものではないと思われた。
けれど、当の本人がそれを望んでいない。
「だいじょうぶ、できるから。見てて」っていう小野フランキスカの悲壮な顔つきを思い出して、✕✕✕✕はため息をついた。

さいしょに思いつき、いまだにそれが最善だと考えているのは、外部にある〈熱源〉そのものを排除することだった。
そう小野フランキスカに伝えたとき、いつも冷静な小野フランキスカは取り乱し、小さな子どものように手が付けられなくなった。その姿を見てからというもの、✕✕✕✕はこれを口にするのをやめた。
だが小野フランキスカのやっていることは問題の根本的な解決には至らない。いつかもっとよくない事態をひきおこす。そうなったらもう(手の施しようはないぞ……)と思考がいつもの行き止まりにさしかかったところで、小野フランキスカがやってくる。

「調子はどうだ?」とたずねると、小野フランキスカは「やぁ、ナオ」とこちらに寄ってきて、「だいじょうぶ、いたって平穏」と笑ってみせる。
その笑顔に無理を感じて、「そうか? そのわりに、って感じだけど」と言うと、「あは、気にしすぎ」と両手を肩のあたりでひらひら振る。

(あ、くりおね)

小野フランキスカがこの動きをしながらなにかしゃべってるときは、だいたい嘘をついているか、なにかを隠しているときだと相場がきまっている。
(何年つきあってると思ってるんだ、なめるなよ……)と思うが、まぁいい。ここは小野フランキスカの言うとおりにしておいてやろう。

「なにかあったら言えよ    聞いてやるからさ」
「ん、ありがと」と言って去っていく小野フランキスカを‪✕‬‪✕‬‪✕‬‪✕‬は見送る。

小野フランキスカの背中を見つめるそのまなざしに宿る思いを、小野フランキスカは知ることができない。


(言えるわけないじゃないか)

小野フランキスカは胸のうちでつぶやく。

外部の手助けなしに、〈熱源〉から距離をおくことは、うまくできてる。じぶんでも驚くくらいに。だって、そうしなければ、ほんとうにわたしがわたしでなくなってしまうから。

はじめは、すきなものをきらいになってしまうかもしれない、という恐怖だった。
いま小野フランキスカを蝕みはじめているのは、すきなものの名を呼んだとき、その名がいったいなにを表しているのかわからなくなってしまいそう、という恐怖だった。
そうなってしまうことはじゅうぶん予想されたことだったが、いざ実感されてくると、どうしようもなく怖くなる。
わたしが望んだ平穏って、こんなんだっけ……?

(りんかくがぼやけたものに、かたちのないおもいをぶつけたところで、なんになる?)

高温高密度ではじまった宇宙は、膨張とともに冷え、全天で均しく低温になったというが、すきとかきらいとかってヒトの思いも薄らいで冷えていくものだろうか? そうして、いずれ、熱的死を迎える?

(隔たる、とは、こういうことか)

小野フランキスカは、じぶんのなかにまだ熱が観測できるかたしかめてみる。

(まだ、ある……)

小野フランキスカはその温度をたしかめる。微かだが、たしかにのこり、ときどき揺らいでいる。それをたよりに「宇宙の晴れ上がり」の頃を思い出せるか試してみる。

(うん、まだ、思い出せる……)

けれど、次なる恐怖にどう立ち向かえばいいか、小野フランキスカは答えを見いだせない。
じぶんのなかのどこかに宿る微かな熱を逃がしてしまわないように、小野フランキスカはぎゅっとじぶんの肩を抱く。
そうして帰る場所がわからなくなった迷子のようにゆらゆらと歩いてゆく。




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玻名城ふらん(hanashiro fran)
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