小野フランキスカの断線
わたしが気づいたときには小野フランキスカは体のあちこちから煙をあげていて、当の本人は平気な風を装っていたがもう手遅れなのは素人目にも明らかだった。
そんな羽目になったのは、どうも、本来なら繋がっているべき線が切れ、繋がるはずのない線と線が繋がってしまっていたから、ということだった。
応急処置ということでブレーカーをオフにしてまちがった配線からの供給を絶ったのだったが、小野フランキスカは配線自体を修理することをいやがった。
曰く、かりに配線を直したとしてもうまく作動できる自信がない……長らく不良作動をつづけてきたことによる(さまざまな)影響まではもとに戻せない……回路そのものを取り替えてしまうのは(それが正常に戻るのだとしても)じぶんがじぶんでなくなるような気がしていやなんだ、ということだった。
ぜったい修理してもらったほうがいいと言うわたしに対して、小野フランキスカが提案したのは、次のようなことだった。
① 現在の環境はそのまま残すが、そこから積極的な供給を受けることはこれを絶つ。
②自身の作動のために本来の配線に復元することはせず、まちがえた配線のまま「正しく」作動できるようになる。
これで小野フランキスカはわたしをなだめすかしたつもりだったが、①「積極的な供給を受けることは絶つ」というのはつまり消極的には受け取るということであり、②「まちがえたまま正しく」などほかのだれが聞いても甘ったるい子どもの言い訳と変わらなかった。
わたしが呆れているとみて、小野フランキスカは三つ目の案を提示する。
③また同じようなことになったときには、小野フランキスカの存在そのものを処してほしい――
普段ひとと目を合わせて話すことのない小野フランキスカは、じっとこちらを見据えながら意思表示をすることで相応の覚悟を示したつもりなのだろう。だが、自らの処断を人任せにしている時点で、やはり「甘い」としか言いようがなく、どうせわたしに小野フランキスカを〈消す〉ことはできないだろうという打算が見え透いている。
だが、わたしは、やる。
そのときが来れば、淡々と依頼を実行してみせる。
眉間に銃口を突きつけられ、まさかそんなと目を見開いている小野フランキスカの顔が浮かんでは、消える。
「わかった」というわたしの胸のうちも知らず、小野フランキスカは安心したのだろう、体の強張りがほどけてゆくのがわかる。
(つくづく甘い……)
たぶんわたしは怒っているのだ。
小野フランキスカに。
小野フランキスカを変えてしまったなにものかに。そのなにものかの正体がわからない以上、怒りのエイムは小野フランキスカに合わせるしかない。
あの日の約束からひと月以上が経った。
幸か不幸か、小野フランキスカは約束を違えることなくすごせている。そう、見た目には。
「いたって平穏」と言う小野フランキスカの内部でなにが生じているのかは、じっさいわからない。おかしな脈絡で配線が組まれ、これまで以上に歪になっているのだとしたら……? 手のつけようがない化け物の生成にわたしも加担しているような気になって、いっしゅん身震いする。
わたしはなにを願ったらいいのか、もうわからない。
このまま「平穏」が続くことを?
小野フランキスカが正気を取り戻すことを?
それとも、彼女を処したあと、わたしも一緒に消えることを?
とりあえず、このひと月来ずっとそうしているように、胸のうちでつぶやく。
(苦しまないようにひと思いにやってあげるね)
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