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『ヒモ』の話を聴いたけど私は『ヒモ』に共感できなかった笑

澤円さんのVoicyで『ヒモ』についての話がされていました。ここでのヒモとは、働ける状態にも関わらず、恋愛関係にあるパートナーに経済的に依存している、あの『ヒモ』のことです。辞書の意味だと主に男性のことを指すようですが、今回の記事に限っては女性も対象にします。

今回のヒモの配信は、決してヒモの状態にある人を批判する意味合いは全くなく、ちょっとしたエンタメ的に取り上げられているものではありました。

番組を聴いたあと、もし私がヒモだったらと想像してみたのですが、正直なところ少なくとも私にはあまり共感できない生き方だなと思えたのは事実です。

もちろんヒモになるにしてもそのパートナーとの同意が取れていれば別に他の人がどんな生き方をしようか私には全く関係ないんですが(とはいえ納税と投票くらいは行ってくれよな!)、少なくとも以下の観点で私には合ってないなと感じました。

※専業主フの僕/私のことを否定してるのか!?との声が飛んできそうですが、ヒモと専業主フについては前提条件が違うと思うので、専業主フではなくあくまでヒモのことをお話しします。

その観点とは、何だかんだ自分は仕事が好きだということです。

理不尽な上司からのイチャモンやハラスメントは論外にしても、仕事で何か新しいことが出来るようになったり、人に感謝されたりするのは楽しいものがあります。

好きなことやりながらお金ももらえるってなかなか良い仕組みですよね?

ヒモになることを選んでしまうと、もしかしたらゲームで擬似的に仕事と似たことを体験できるかもしれませんが、少なくとも直接社会貢献できるわけではないし、お金も貰えない、『自分何やってるんだろう。。?』と私だったら自己嫌悪になりそうでヒモは向いてなさそうです。

同時に、私は自分が頑張って稼いだお金で旅行なり好きなことへゴリゴリ費やしたい人間です。また、旅行や好きなことの達成を目標にそのプロセス(仕事)を日々こなすのも結構好きですね。そのため、何かの達成感を味わう機会がヒモになってしまうと味わえないだろうなと、味気なく思えます。

『働くにしたって、会社がブラックだったり、ハラスメントする奴がいたらどうするんだ?』と突っ込まれそうですが、それは自分の人生なので異動なり、転職なりで自分で切り開いて行こうやと思います。そのプロセスもまた楽しかったりするんですけどね。

目先の楽しさ(労働せずにゲームや好きなことばかりしている)にリソースを集中させ、それ以外の楽しみ(仕事での成長、頑張って稼いだお金で旅行など)を犠牲にする人生は、ものすごく刹那的といいますか、少なくとも私には向いてないだろうなぁと、ヒモに関する放送を聞いて思った次第です。

繰り返しになりますが、『私にはヒモ的生き方は向いてない』だけであって、ヒモの生き方を批判してるわけではないので悪しからず。

それではまた!

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KASHIWA@マイノリティキャリア
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