A2Z(山田詠美)
山田詠美を読むのは初めてで、「僕は勉強ができない」と迷った結果、こちらを選んでみた。
共に文芸編集者である夫婦が、お互いに恋人を作ってしまう話。ストーリー的にはあんまり印象に残らなかった。26個の単語で物語が進んでいく形式が特徴的。発想は新しかったけど、そうする意味があったのかどうかは微妙…。
恋すると年齢とか関係なくなるんですね(笑)こんな自由すぎる夫婦のカタチもあるんだ〜と思った。結局はお互いの存在を必要としているみたいだったけれど。高校生なのでよくわかりません。
とにかく、今感じているものや自分に必要なものを、大切にしていきたいと改めて感じた一冊。以下引用&わたしの感想です。
この瞬間、私が感じていること、私が置かれている空間、私を包むもの、それらを交錯させるたったひとつの点をなんと呼ぶべきであるのか。過去のある瞬間に似ている。でも、明らかに違う。たぶん近い将来にも同じことを思うだろう。この感覚を知っているような気がする。けれども、その時とは自分を取り巻くものが違う。違うパーツで空気は形作られている。そして、何よりも、自分自身がもう同じではないのだ、と。
「今」とは「今」でしかなくて、これまでもこれからも一生訪れることのない、気温や香りや感情の粒子が複雑に混ざったものが一点に集約して凝縮された、かけがえのないものなのかとしみじみ感じる。わたしの周りにいる人の呼吸だとか、毎日通る道に咲く花の色や匂いだとか、そんなものたちに、もっともっと敏感になって、からだじゅういっぱいに吸い込みたい。それでも吸い込み尽くせないんだろうと思うと、もどかしい。
やはり寂しかった。その寂しい気持が、私に力を与えたような気がする。(中略)ありったけの暖かさや笑いや情熱を吸い込むための空洞を作ってくれた。
【寂しさ=プラスの感情を入れるための空洞】って考えたら、寂しい気持ちも受け入れる気になれそう。辛いことがあるからこそ、綺麗なものは美しく見えるってよく言うけど、それと似ているようで本質が少し違うところが魅力的な表現だと思った。
「滅多に泣きそうにもない奴が泣こうとする時って、空気が湿るから」
こんな繊細な感性の持ち主になりたかった…。感情で空気が湿るって、めちゃくちゃ詩情的じゃないですか!?
「大家と呼ばれる老作家がいる。その人は、明日、死んでしまうかもしれない。じじいだもの。ぼくは若い。でも、その若造のぼくだって、もしかしたら、明日、死んでしまうかもしれない。そうしたら、今日という日は同等だ。ぼくは、その今日という日に、いちばん注目されたい。ぼくは、そうされるものを書きたいんです」
若いとか若くないとか関係なくて、ただ今日を生きている中で輝こうとする姿に、人生を1秒も無駄にしたくないという気持ちを感じる。
言われなくても知っている。文学的だと意図されたものが、決して文学にはなれないように、叙情の存在すら知らないような男だからこそその味わいが漂って来ることを。
かっこいい表現!と思いつつ、共感できないなあ…。情緒的な人って、からだやこころの中から泉のように溢れ出てくる感情を抑えきれなくて、それがオーラにも出ているような印象なので、叙情を知らずして叙情的な雰囲気を纏えるのか疑問。
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