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『伝説のトレーダー集団 タートルズの全貌』監訳者まえがき、著者まえがき全文公開【試し読み】

全米のトレード業界を驚愕させるパフォーマンスを実現させたタートルズのトレード手法やルールなどを含めた実験の全貌を描いた異色ノンフィクション『伝説のトレーダー集団 タートルズの全貌』(マイケル・W・コベル著)、本書の監訳者まえがき、著者まえがき、謝辞を全文公開させて頂きます。


監訳者 まえがき

風の都市シカゴ
The Windy City “Chicago”

業務拡大につき人材募集:(四〇〇ドルを二億ドルに増やした)独自のトレーディング手法を教えます。投資経験者歓迎。経験不問。

あなたがこんな求人を見かけたら、どうするだろう? 当時、この奇妙な求人広告が、シカゴの大手新聞の片隅だが、実際に掲載されたのだ。ここから「タートルズ」の物語が始まった。このタートルズの物語は、世界中ですでにトレーディングに従事している人たち、あるいは、これからトレーディングでひと財産築くことを夢見る投資家であれば、少なからず聞いたことがある話だろうし、憧れでもあるはずだ。

物語の舞台は、一九八〇年代、アメリカ中西部に位置するシカゴ。日本ではあまり知られてないが、シカゴは全米第三位の人口を擁する大都市で、周辺には穀倉地帯が広がり、農作物のヘッジ目的として始まった商品先物取引の源流である。そして、世界最大級のデリバティブ取引所を有する都市でもある。「先物取引」を含め「上場デリバティブ取引」といえば、シカゴなのだ。資金調達や投資などを目的に、株式や債券などを取引する資本市場の中心地、東海岸のニューヨーク・ウォール街とは、生まれも性質も違う。そうした背景もあってか、米国でも一部の人を除けば、シカゴに拠点をおいた「タートルズ」の名前どころか、その存在すら知る者は多くなかった。

生まれか育ちか
“Nurture versus Nature”

当時、シカゴの地元っ子であり、「立会場の貴公子」と呼ばれた伝説のトレーダー、リチャード・デニスは、公募で集めたトレードの素人たちに自らのノウハウと資金を提供して運用させるという実験をおこなった。その素人集団のニックネームが「タートルズ」なのである。その由来については諸説あるようだが、デニスとエックハートがシンガポールで見たカメの養殖場が「公式」の由来となっているはずだった。しかし、初版時とは異なる本書の「あとがき」には、命名の由来は別にあったことが記されている(詳細については、「あとがき」を参照されたい)。

実験の目的は、「トレーダーとして成功するのに必要なのは才能なのか、それとも教育によるものなのか?」を明らかにすることだった。この実験でデニスは、タートルたちにさまざまな知識を与え、訓練を施し、さらには資金までも提供し、わずかな期間で大きな収益をあげる有能なトレーダー集団に育てあげることに成功した。つまりトレードは、誰でも学べるということを証明したのだ。

当時、門外不出であったトレードの手法やルールなどを含めた実験の全貌を記したのが本書である。ちなみにデニスは、わずか四〇〇ドルの自己資金をトレーディングによって二億ドルにまで増やした稀なるトレーダーだ。本書では、この伝説のトレーダー、リチャード・デニスの具体的なトレーディング手法と彼の生キャリア涯についても触れている。

サブプライムローン・バブルの崩壊
“Burst of the Sub Prime Bubble”

本書の初版である『ザ・タートル──投資家たちの士官学校』(日経BP社)が出版された時期は、米国発のサブプライムローン問題が原因となり、世界の株式市場が大暴落したタイミングと重なる。サブプライムローンで膨れあがっていた株式市場は弾け、半値以下まで一気に下落した波乱の時期であった。こうなると、ミューチュアルファンド(日本の投資信託に相当)だけなく、下落相場に強いはずのヘッジファンドでさえも運用資産を大きく減らした。「下げ相場に強い」はずのヘッジファンドが、だ。もっとも、地球上に存在する多くの資産の価値が大きく下がったのだから無理もなかろう。

さらには、解約を完全に停止したり制限したりして換金できないヘッジファンドが続出した。投資家は、ファンドの値段がみるみる下がっていくのを、ただ茫然と眺めているしか他に方法はなかったのである。悪いことに、その一〇年後になっても換金できないヘッジファンドが数多く存在している。当時は、多くの市場関係者や投資家が狼狽したり足がすくんでしまったりして、寝られない夜を過ごしたはずだ。こうして、少なからぬヘッジファンドが破たんして清算に追い込まれたわけだが、業界ではすでに捨てさられた事実である。しかも、破たんしたヘッジファンドの運用成績は、ヘッジファンド・インデックスなどには一切反映されないのだ(これを生存者のバイアスともいう)。

しかし、そうした最悪の状況を絶好のチャンスととらえ、最大級の輝きを放ったのが、タートルたちが学んだトレンドフォロー戦略を駆使するマネージド・フューチャーズ、つまり先物ファンドだ。見えない底に落ちていくように下落する株式市場を尻目に、二桁の好成績をあげただけでなく、ほぼすべてのファンドが投資家の解約請求になんら問題なく応じたのである。

世界の金融市場が〝メルトダウン〟する中で、こんなことが、なぜ可能だったのだろうか? いったい彼らは、どのようにして高い運用収益をあげたのだろうか? その秘密は、タートルたちが学んだトレーディング手法にある。つまりは、爆騰だろうが、暴落だろうが、トレンドこそが収益の源泉なのだ。トレンドさえあればいい。それ以外は何も必要としない。トレンドが発生した理由を探る必要もなければ、興味もない。ただひたすら、下落する限りは売りポジションを維持し、上昇するなら買いポジションを維持するだけだ。ポジションを組む、そのサイズを決める、利食いをする、ポジションを増やし減らす、損切りをする、その他の仕掛けや手仕舞いの拠り所は、すべて価格なのだ。

当時は、多くのヘッジファンドが慣例的に、その運用内容や手法などの詳細を開示していなかった。ところが、金融危機の真っただ中に、とんでもない事件が起こった。世界中の一流機関投資家を震撼させたバーナード・マドフ事件(二兆円規模の資金が消失したヘッジファンドを利用した巨額詐欺事件)である。NASDAQの元会長でもあったバーナード・マドフは噓の運用成績をでっちあげ、世界中の一流投資家から大量の資金を集めていた。だが、金融危機が発生したことで解約が殺到すると、その巨額詐欺事件が露見したのである。

投資家から集めた二兆円もの資金は、ほぼすべてが消失していた。運用の内容や手法の詳細を開示しないというヘッジファンド業界の秘密主義の慣行を逆手に取る巧妙な手口だ。証券会社の注文伝票の段階で偽造していたため、監査法人ですらそう簡単に見破ることができなかったである。この事件は、その後のヘッジファンド業界を大きく変えるきっかけにもなった。ちなみに、その訴訟は一〇年を経過した今もなお続いている。日本未登録の海外ファンドへの直接投資が、決して甘いものではないことの一例として肝に銘じてほしい。

誰もが気軽に手を出すものでは決してないのである。しかし、そうした中でも、トレンドフォロー戦略を採る多くのファンドは透明性が高く、事件を起こすこともほとんどなかった。こんなことからも、市場参加者や投資家にその存在感をアピールしたことがうかがえる。

筆者は、それまでのトレンドフォロー戦略が、東海岸にあるウォール街と心理的な距離感があっただけでなく、その生まれや成り立ちも相まって、運用業界では偏見をもって見られていた、という印象をぬぐい切れていなかった。しかし、サブプライムローン問題を発端とする金融危機が起きた中で大成功を収めたことが、その後のトレンドフォローの地位を大きく引き上げたといってもいいだろう。その結果、トレンドフォロー型のファンドに資金が大量に集まるようになり、トレンドフォローで収益をあげる「タートル」にも改めて注目が集まったのである。

トレンドを味方に。
“Befriend with the Trend.”

二〇〇八年に多くのヘッジファンドが損失で苦しんだにもかかわらず、先物市場でトレンドフォローの売買システムを走らせている多くのファンドは二桁の利益をあげた。その秘密は、本書の中で説明されている「タートル」の売買手法を読み説くことで、より具体的にわかる。金融危機の最中でも大きな収益をあげたトレーディング手法について具体的に語られているのである。

参考までに、当時、タートルと同じトレンドフォロー戦略を採用していた主要ファンドの運用成績を以下に記しておく。

伝統的なミューチュアルファンドだけでなく、ヘッジファンドまでもが大暴落し、多くの運用者と投資家が恐怖に慄いていた際に、タートルを含めた多くのトレンドフォロワーは神がかりなほど抜群の収益をあげていたのは一目瞭然だ。 百年に一度といわれた金融危機を絶好のチャンスととらえ、見事なまでに大きな収益をあげたのだ。タートルたちは、この「トレンドフォロー戦略」の申し子だったのである。

タートルたちのトレーディング手法は、ゴールドマン・サックスやソロモン・ブラザーズ、モルガン・スタンレーといったピカピカの投資銀行のトレーダーとは異なる。彼らは、投資銀行のトレーダーと比較すれば、驚くほど少額の資金で運用していた。しかも、数十億、数百億円相当の巨大資本や、複数の情報端末などを装備する高価なトレーディングデスクとはかけ離れた、簡素な環境でトレードしていたのである。もちろん、運用資金が大きくなれば、それなりの環境を整えなければならない。しかし、運用資金が大きくなったとしても、トレーディングの骨組みや思想はタートルたちが学んだものと基本的には同じはずである。

タートルたちの師匠であるリチャード・デニスがトレーディングを開始したときの資金がわずか四〇〇ドルであったことも、それを裏付けている。デニスが自己資金を二億ドルにまで増やすことができたという話は、もうひとつの伝説といっていいだろう。ちなみに本書では、タートル・トレーディングの具体的なルールがシンプルでわかりやすくコンパクトにまとめられている。これは、著者のマイケル・コベル氏の考えでもあろう。彼は、トレーダーとして成功するには、具体的なルールは必要条件であるが、十分条件ではないことを理解しているからだ。さらにタートル・トレーディングでは、シンプルさも重要視されている。

インターネット上では情報が氾濫しているが、一見するだけではその情報の真偽をつかみにくいのが現実だろう。大手の出版社が出している書籍であっても同様だ。大手だからといって、その情報を絶対に鵜呑みにはできない。トレードに関しての情報も同じだ。よくあるのは、「私はこうして利益をあげた」という類の触れ込みだ。そもそも自己資金を運用して十分な結果を残しているトレーダーが、わざわざ他人にその秘儀を伝授する必要があるのか?という点をよく考えるべきであろう。実際、トレーダーとして成功を収めたタートルたちの多くは、その手法をいまだに一切公開してない。筆者の知る限り、この「実験」で得たノウハウを公開しているタートルは、ラッセル・サンズとカーティス・フェイスだけである。ちなみに、彼らがどのような存在であったかも本書を読むとわかるだろう。

また、この実験の発案者であるリチャード・デニスは、自らの貴重なノウハウをタートルたちに実際に伝授することに少なからずためらいがあった、と後に語っている。 本書で紹介しているのは、まぎれもなくタートルたちが実際の売買で使い、実績をあげたトレーディング手法だ。これは、著者のマイケル・コベル氏がタートルたちを長年かつ多面的に調査・研究してきたからこそ、客観的に書くことができたといえよう。投資にまつわるさまざまな環境は大きく変化している。タートルたちが特に活躍していた時代は、インターネットも高頻度取引(High Frequency Trade)もアルゴリズム売買(AlgorithmTrade)も普及していなかった。また、トレンドフォロー戦略の実力も、実感としては伝わっていなかった。

物事は変わっても、人は変わらない。
“Things Change, People don’t.”

トレード環境が大きく変わったことから、タートルズの手法やトレンドフォロー戦略はもう役に立たなくなったのではないか、という声もある。しかし、相場は多数の市場参加者の合意の結果であり、投資家は人間なのだ。物事が移ろい変化しても、人間の考えや行動は変わっていない。市場は、参加している人間の考えや行動が反映される。だから、市場の動きも、本質的にはそれほど変わらないのだ。そして、「歴史は繰り返す」のである。

今後も、タートルたちのトレーディング手法を含むトレンドフォロー戦略で際だった収益をあげられるトレンド相場が訪れるであろう。そんなうねりをとらえるべく、トレーダーやトレーダーを志望する方はもちろん、さまざまな方に本書を読んでいただきたいと思い、筆者の視点で対象となる読者を考えてみた。

一. 市場でトレードしている人、これからする人
二. ファンダメンタルズ分析のファンド・マネージャー
三. 一般および富裕な投資家、資産家
四. 学生、学校関係者
五. ファイナンシャルプランナーなど運用に関係のある職業の方
六. その他、一般の読者

要は、すべての人が対象なのだ。本書は、投資ではなく、「短期的な鞘ぬき」、つまりトレーディングに興味を持つ人だけが読むものと思われがちだが、決してそうではない。トレーディングは単なる投機と見られがちだが、タートルズが駆使するトレンドフォロー戦略は投機的手法に終始するものではない。人間の思惑や行動が詰まった単純なシグナルが価格であり、これをいかに分析して読み取り、将来につなげるか、という思想が根底に流れているのである。

さらには、規律を守ることの重要性も説いている。「規律」が読者の人生において重要な位置を占めていることは、改めて言うまでもないだろう。「規律」という言葉は、とても奥の深い言葉である。読者自身がその意味を調べ、その理解を深めることをお勧めしたい。リチャード・デニスはインタビューに対して、「トレンドフォローのトレーディングにおいて規律を守ることが最も重要で難しい」と答えている。

一九九〇年代にアメリカ東海岸に留学をした経験のある筆者の個人的なこだわりで、当時のアメリカ文化をできるだけ踏まえた訳にした。三〇年以上も前の話だが、その内容は色あせていない。本書では、リチャード・デニスがシカゴ出身ということもあってか、東部やエスタブリッシュメントに少なからぬ反発心があり、政治的にはリベラルな思想の持ち主であることも触れられている。それが、デニスのトレーダーとしての原点であり、タートルズの文化的背景にもなっているはずだ。

アメリカ人は日本人以上に保守的で原理主義的な側面があり、基本的には物事の本質を探究し評価しようとする姿勢を持つ。したがって、人種、年齢、性別、出自などよりも(もちろん影響がないわけではないが)、基本的には自分の価値観と自由な発想で本質をとらえ、人や物事を評価しようとする。本書の読者も先入観を持たずに、自分で考えて自由な価値観で読んでほしい。批判的な見方をしてもいいと思う。ただ、決して鵜呑みにはしないでほしい。

本書は、タートルズというトレーダー集団を中心に据えたトレーディングの俯瞰書である。同時に、人生を生き抜くための俯瞰書でもある。なぜなら、勝ち馬への乗り方、つまり大きなトレンドの種を見つけ、それを逃さずに乗るという考え方は、どの世界にも通用するからだ。そして大切なことは、リスクを恐れないことだ。タートルたちが選抜されたのは、リスクを厭わないという理由だった。そのような視点で本書を読むと、また別の発見があるかもしれない。なお、この復刻版には、アメリカでのペーパーバック化に伴い、『ザ・タートル──投資家たちの士官学校』に掲載されていなかった新たな内容のあとがきが加えられている。一度読んだことのある読者には、特に興味深いあとがきに注目してほしい。

本書を、トレードはもとより、人生のあらゆる場面にも役立てていただければ、幸甚である。

監訳者 ㈱ジェイ・ケイ・ウイルトン・インベストメンツ
マイ・ウエルス・マネジメント㈱ 代表取締役 遠坂 淳一

著者 まえがき

「トレーディングを人に教えることは、想像していたほど難しくはなかった。そんなことを考えるのが私ひとりだったとしても……その大それた想像以上にたやすいことだった」
リチャード・デニス

本書は、ウォール街での実務経験がない寄せ集めの集団が、訓練を受けることよって、いかに億万長者へと変貌していったのかを綴ったストーリーである。ドナルド・トランプのテレビ番組「アプレンティス(見習い)」を実社会でやってみるようなもので、本物のお金を使い、人を雇ったり、クビにしたりするということだ。見習いたちは、ただちに戦場に送り込まれ、数百万ドルもの元本を、短期間のうちに何倍にも増やさなければならない。もちろん、マンハッタンの路上でアイスクリームを売るわけではない。株式や債券、通貨、原油などといったあらゆる市場で短期売買をすることによって、何百万ドルという金額を稼ぎ出すのである。

この話は、世間一般で信じられてきたウォール街のイメージ︱名声やコネがない普通の人間には市場を打ち負かすことができない︱を覆すことになった。伝説的な投資家であるベンジャミン・グラハムによれば、アナリストやファンドマネジャーでさえも、市場を打ち負かすことができない。なぜなら、ある意味では、彼らが市場そのものだからだ。経済学者の学説をみても、効率的な市場についての長年の議論を経て、いまでは市場平均を上回ることはできないということが暗黙の了解事項になっている。

けれども、大多数の人たちに追随せず、既成概念にとらわれなければ、大金を稼ぎ、市場に打ち勝つことは不可能ではない。マーケットというゲームで勝つためには、正しいルールと正しい態度が必要になる。もっとも、〝正しいルールと正しい態度〟というのは、人間の本質に反するものなのだ。

本書は、私がフィナンシャル・ワールド一九九四年七月号の特集記事「ウォール街のトッププレーヤー」を偶然目にすることがなければ、陽の目を見ることはなかったかもしれない。この号の表紙には、かの有名な投資家ジョージ・ソロスがチェスに興じている姿が掲載されていた。その年、ソロスは一一億ドルを稼ぎ出した。その特集記事には、前年(一九九三年)にウォール街で高年収を得た上位一〇〇人が、どこに住み、どれだけ稼いだか、そして、どのように稼いだかが詳しく書かれていた。トップのソロスに次ぐ第二位はジュリアン・ロバートソンで五億ドル。ブルース・コフナーは二億ドルを稼ぎ、第五位。投資ファンドKKRの創業者ヘンリー・クラビスは五六〇〇万ドルで第一一位にランクされていた。トレーダーとして有名なルイス・ベーコンやモンロー・トラウトもリストに名を連ねていた。

このランキング(と収入)を見れば、誰が〝宇宙を支配する〟ほどの大金を稼いでいるかが一目瞭然だった。疑いもなく、彼らはこの「ゲーム」におけるトッププレーヤーだったのだ。

ところで、ランク入りしているうちの一人に、私の家から車で二時間ほどの距離にあるバージニア州リッチモンド郊外に居を構え、そこで仕事をしている人物がいた。第二五位のR・ジェリー・パーカー・ジュニア(チェサピーク・キャピタル)で、三五〇〇万ドルを稼いでいた。まだ四〇歳になっていなかった。プロフィールを見ると、リチャード・デニスなる人物のかつての教え子で、「タートル」と呼ばれる集団の一員として訓練を受けたとある。一九八三年、当時は会計士として働いていた二五歳のパーカーは、「トレンド・トラッキング・システム」を学ぶためにデニスの学校に入ったのだという。そのうえ、パーカーはランキング第三三位のマーティン・ツバイグなる人物の教え子でもあった。そのときの私にとって「デニス」や「ツバイグ」が誰なのか皆目見当がつかなかったが、どうやらこの二人のおかげでパーカーが大金持ちになったということは想像できた。

ランキングを注意深く調べてみたが、上位一〇〇人のなかで他人から〝訓練〟を受けた人物はパーカーしかいないようだった。私のように大金を稼ぐ方法に関心を持つ者にとって、パーカーの経歴は十分に魅力的に映った。彼は「バージニアの田舎」出身だと誇らしげに語り、カントリーミュージックを愛し、ウォール街から、いろいろな意味で、できるだけ距離を置こうとしている。それまでに私が目にしてきた典型的なサクセスストーリーとは、だいぶ様子が違っていた。

巷では、ニューヨークやロンドンや香港、あるいはドバイにそびえる八〇階建ての超高層オフィスで働くことが成功への近道だと思われているようだが、そういった既成概念はまったく当てはまらなかった。ジェリー・パーカーのオフィスは、リッチモンドから三〇マイル離れたバージニア州マナキンサボットという辺鄙な場所にあるのだ。私は雑誌を読み終わるとすぐに彼のオフィスへと車を走らせてみたのだが、正直なところ、駐車場に車を止めたまま途方に暮れてしまった。「本当にこの場所で、あれほどの大金を稼いでいるのだろうか?」

マルコム・グラッドウェルの有名な言葉に、「一瞬脳裏をよぎる閃きには、理詰めで何ヵ月も考え続けるのと同じだけの価値がある」というものがある。私にとってはパーカーのオフィスを目にした瞬間がこれで、体に電流が走るようなショックを受けた。そして、オフィスの場所などまったく問題ではないということを悟った。とはいえ、この時点の私には、フィナンシャル・ワールド一九九四年七月号に書かれていた事実以外は何もわからなかった。パーカーのほかにも教え子はいるのだろうか? いったい何を教わったのだろうか? どうやって教え子になったのだろうか? 何よりも、パーカーたちを指導したデニスとはいったい何者なのだろうか?

リチャード・デニスという人物は、大手投資銀行やフォーチュン五〇〇企業とはまったく無縁で、因習にとらわれない、型破りの商品トレーダーだった。シカゴのローカルズ(取引所の会員)の言葉を借りるなら、デニスは「左の睾丸を賭ける」ような投機でのし上がってきたという。一九八三年、デニスは三七歳にして数億ドルを稼ぎ出したが、元手はわずか数百ドルだった。誰からも正式な訓練や指導を受けず、まったくの自己流で一五年ほど売買を続けた結果だった。リスクを計算しながらも、積極的にレバレッジをかけるのが、デニスのやり方だった。勝てると思えば、可能な限りの資金をつぎ込んだ。彼はマーケットを住処に、〝賭けること〟を生業としてきたのである。

デニスは、学者たちの説教染みた理論がノーベル賞を受賞するずっと前から、行動ファイナンスを理解し、現実の世界で利益をあげてきた。ライバルたちは、あらゆるマーケットに存在する不合理な振る舞いを利益に結びつけてしまう彼の能力を見抜くことができなかった。確率と収益についての洞察力は、尋常ではなかった。

デニスは、他人とは違うやり方をしていただけだった。マスコミが大々的に憶測を書きたてるなかで、いくら稼いだのかを自分から口外することはなかった。彼はただ、「歪みを発見した」と言った。自分の運用能力がとくに優れているわけではないことを示したくて、稼ぎについては口を閉ざしたのかもしれない。適切な指導を受ければ、誰だってトレーディングを学ぶことができると思っていたからだ。

こうしたデニスの考え方に異を唱えたのが仕事仲間のウィリアム・エックハートだった。二人は議論の末に、それならトレーダー志望者を公募して実験してみようということになり、一九八三年と一九八四年の間に二回の〝トレーディング教室〟を開くことにした。そのときの志望者が「タートル(亀)」と呼ばれたわけだが、これはデニスが思いついた愛称だった。かつてシンガポールに旅行したときに〝競争亀〟の養殖場を訪れる機会があった。デニスは、大きな樽に投げ込まれ、格闘している亀を眺めながら、「この亀のように、トレーダーを育ててみよう」と思いついたのだ。

二人はジェリー・パーカーのような初心者を相手に、数百万ドルを稼ぐ方法を教えた。〝教室〟が終了すると、この実験の話は、事実の裏づけがない伝説として語りつがれるようになった。そして一九八九年、まるでナショナル・エンクワイアラー(ゴシップ記事で有名なタブロイド紙)ばりの噂話がウォール・ストリート・ジャーナルに掲載された。「トレーディングで成功する方法は人から学べるものなのか?それとも、選ばれた者のみが持つ生まれつきの〝第六感〟なのか?」

一九八〇年代といえば一昔前のことなので、いまさらタートルの話をすることに意味があるのかと疑問に思うかもしれない。それが大アリなのだ。デニスが教えたトレーディングの哲学や法則は、数十億ドルもの利益をあげるヘッジファンドの運用手法にも通じるものがある。このことは、CNBCのテレビ番組で株の情報を収集している素人投資家には知られていないが、ウォール街で大金を稼いでいるプロには周知の事実だった。

タートルに関する裏話が一般に広まらなかったのは、リチャード・デニスがこれといった有名人だったわけでもなく、また、ウォール街ではほかにもさまざまな出来事が起きていたからだろう。実験が終わると、教師の二人とタートルたちはそれぞれ別々の道を歩みはじめ、その意義深さとは無関係に、ほとんど忘れられてしまった。私が、この実験のことを本にしようと考えたのは、初めての作品『トレンドフォロー入門(Trend Following)』
の出版を記念して、運用会社レッグ・メイソンの本社(ボルチモア)に招待されたときだった。昼食のあと、私は本社ビル最上階のセミナールームでビル・ミラーと同席した。ミラーは、運用資産一八〇億ドルを誇る「レッグ・メイソン・バリュー・トラスト・ファンド(LMVTX)」のファンドマネジャーだ。S&P五〇〇指数を一五年連続で上回るリターンを記録し、ウォーレン・バフェットに引けをとらないほどのカリスマ投資家である。ミラーもデニス同様、通常では考えられないほど高い(けれども計算し尽くされた)リスクをとり、平凡な投資家には魔法に思えるような運用手法で利益をあげ続けていた。ミラーはその日、セミナールームを埋め尽くした熱心な聴衆を前に講義を行った。

思いがけないことに、ミラーは演台に上がるようにと私を誘ってくれた。そして、一緒にいたマイケル・モーブッサン(レッグ・メイソンのチーフ・ストラテジスト)とともに、「リチャード・デニスとタートルについて聞かせてもらえないか」とリクエストしてきた。このとき私は、この二人のような投資のプロでさえ、デニスやタートルの実験について知りたがるのなら、この話に興味を持つ人がもっと大勢いるに違いないと確信した。

もっとも、私自身は一九八三年当時の現場に立ち会ったわけではない。数多くの当事者が事実を公表するかもしれないという状況のなかで、第三者としての立場から一冊の本を完成させるのは困難な作業になると感じていた。リアルな物語を書き上げるためには、実験に参加した人々からの体験談をこつこつと集め、探偵のように執拗な調査を積み重ねるほかに方法がなかった。タートル出身者のなかには裏から手を回してでも出版を阻止しようとした人物もいたのだが、そんなテレビドラマのような出来事が起こること自体が、このテーマのややこしさを物語っている。

また、本書のように投資に関して書く場合にいつも問題となるのが、一般の人たちは、この道のプロがどのような手段で大金を稼いでいるのかをきちんと理解しようとしないことである。たいていの読者は、金持ちになるための近道を知りたいだけなのだ。たとえば、ジム・クレイマー︱デニスやジェリー・パーカーとは正反対の人物︱がいかに大衆に人気があるかを考えてみればいい。クレイマーは、たしかに頭がいい人物だが、彼が主宰する有名なテレビ番組「マッド・マネー」にチャンネルを合わせると、まるで交通事故を眺めているような気分になるはずだ。クレイマーの分析による買いシグナルや、その滑稽なアクションに対して、生放送のスタジオに詰めかけた観客がヤジったり、叫んだりする。

一言でいってしまえば〝くだらない見世物〟だ。 それにもかかわらず多くの人たちが、そして教養の高い人たちでさえもが、クレイマーのように取引すれば儲かると思っている。統計的に正しい方法を採用する代わりに、気まぐれな直感に任せて売買注文を出し、不安定な感情に命運を預けているのだ。挙げ句の果てに、利益が増えそうな局面では過剰なまでにリスクを避けようとし、損失が増えそうな局面では大胆にリスクをとろうとするという、悪循環に陥ってしまうのである。

初心者が投資で成功するのは至難の業だ。たいていの初心者は、友人がやっているから自分も始めようとする。高値になってからでは儲からない、買うならいまのうちだとマスコミが書きたてる。だから、彼らは〝安値〟の銘柄を選んで〝投資〟を始める。そして、ひとたび価格が上昇して評価益が出ると、暴落するなどという考えは頭から消えてしまう(みんなが買っているのだから下がるわけがない!)。目の前の相場が、過去のバブルとなんら変わらない状態だというのに、自分が犠牲になるとは微塵も思わないのである。

平均的な投資家は、リスクについてある程度理解しているといわれるが、実際は、かなり起こりそうな出来事を無視しながら、ほとんどありえない出来事を心配しているようだというのも、損をするかもしれない直感を頼りに大金を賭けたり、手仕舞いすべき局面で投資額を倍に増やしたりするからだ。おそらくは一生かかっても、正しい取引方法を覚えることなどないのだろう。けれども、なかにはごく稀に、超人的な技能を備え、売買のタイミングを的確に判断し、リスクを冷静に評価できる人間が存在する。

リチャード・デニスは二〇歳そこそこの年齢で、そうした超人的な技能を身につけた。一般の投資家が直感に頼って取引するのと違い、デニスは数学的な手法を使ってリスクを計算し、それを強みとした。彼が学び、教え子に伝授した知識は、ジム・クレイマーががなり立てているような銘柄選びとは一線を画している。市場で利益をあげる能力が決して運によるものではないということを、デニスは証明したのだ。彼の教え子は、大半が投資の初心者であったにもかかわらず、デニスと自分たちのために数百万ドルを稼ぎ出してみせた。

タートルたちは、いったいどのような教育を受け、その特別な技能を身につけたのだろうか? 彼らが教わった取引のルールを、一般の投資家がポートフォリオ作りに生かすにはどうすればいいのだろうか? 実験が終わったあと、彼らはどうしているのだろうか? デニスや教え子から話を聞けるかどうかはともかく、私は一九九四年以降、これらの疑問を何とか解き明かしたいと考え続けてきた。

好奇心をそそられたのは、私一人ではなかったようだ。最近、作家のスティーブ・ガブリエルがヤフー・ファイナンスに投稿した記事には次のような記述がある。「実験が証明したのは、われわれは誰でも、望みさえすれば、取引方法を学び、それによって生計を立てられるということだ。だからこそ〝タートル〟は関心の的になるのだ」。タートルの存在は、昔から議論されてきた「生まれか? 育ちか?」という問題に対する答えであり、ウォール街に唯一存在した〝金儲けの教室〟なのである。

謝辞

「ルールについて、とやかく言うべきではない。これは戦争だ。クリケットのような紳士のスポーツではない」
斉藤大佐(映画『戦場にかける橋』より)

ジャスティン・ヴァンデルグリフトは、タートルの取引ルールをまとめ上げ、関連する図表を作成する作業に尽力してくれた。編集者のセリア・ストラウスは、本書の出版に際して並外れた才能を発揮してくれた。ジャスティンとセリアの示唆に富んだ指摘のおかげでどれほど助けられたか、言葉では言い表せないほどだ。私に執筆の機会を与えてくれたショーン・ジョーダンと、貴重な助言を授けてくれたアート・コリンズに感謝したい。最後まで作業を続けることができたのは、サラ・シア、トリシア・ルセロ、マリア・シントのおかげでもある。また、本書の出版にあたり、以下に紹介する人々にもたいへんお世話になった。

マーク・エイブラハム、サラム・エイブラハム、ジョディー・アーリントン、クリスチャン・バハ、ランディー・ボーレン、ピーター・ボリッシュ、ケン・ボイル、サラ・ブラウン、ウィリアム・ブルベイカー、リンジー・キャンベル、マイケル・カー、マイケル・カヴァーロ、エヴァ・チャン、レベッカ・クレア、ジェローム・コベル、ジョアンナ・コベル、ジョナサン・クレイヴン、ゲーリー・デモス、サム・デナルド、ジム・ディマリア、アダム・エレンド、エリザベス・エレン、チャールズ・フォークナー、イーサン・フリードマン、マイケル・ギボンズ、ジェフェリー・ゴードン、ローマン・グレゴリッグ、クリスチャン・ハルペル、マーティン・ヘア、エスモンド・ハームズワース、ラリー・ハイト、グレイス・ハン、ウィザー・ハーレー、ケン・ヤクブザク、アジェイ・ヤニ、エルレ・キーファー、ビーター・クライン、ジェフェリー・カピウォダ、エリック・レイン、チャールズ・ル・ブー、エレノア・リー、ジェフ・マークス、ハワード・リンゾン、マイケル・マーティン、マイケル・モーブッサン、ビル・ミラー、ブライアン・ミクソン、アーチー・ムーア、ロバート・モス、ジェリー・マリンズ、ロバート・パルド、ジェリー・パーカー、T・ブーン・ピケンズ、ポール・レイバー、バリー・リソルズ、クリス・ロバーツ、ジェームズ・O・ロールバッハ、トム・ロリンガー、ジェイ・ロッサー、ブラッドリー・ロッター、マイク・ランドル、ジョージ・ラッシュ、ジャック・シュワッガー、ポール・スクリヴンズ、エド・スィコータ、トム・シャンクス、マイケル・シャノン、マーク・ショア、バリー・シムズ、アーロン・スミス、ピーター・スパーバー、ボブ・スピア、セリア・ストラウス、ランドール・サリバン、ジセッテ・テイ、アーブ・タワーズ、ジョン・バレンタイン、デイビッド・ワクテル、ソル・ワクスマン、ロバート・ウェブ、ハーシェル・ワイングロッド、ジョエル・ウエストブルック、ポール・ウィグドー、トーマス・C・ウィリス、そしてトーマス・R・ウィリス。

本書では幅広い文献から引用した。引用元の表記がない記述(タートルたちのコメントなど)は、本書のために行ったインタビューにもとづく。

▼ 他【試し読み】 ▼

『伝説のトレーダー集団 タートルズの全貌』監訳者あとがき全文公開!【試し読み】

▼ 続きは本書にて ▼

伝説のトレーダー集団 タートルズの全貌』は、FPOより好評発売中。【Amazon.co.jp】にてご購入いただけます。どうぞよろしくお願いいたします。



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