SF大会だよ! 若おかみ
夏のある日のことです。
秋好旅館のおかみと真月が、春の屋にやってきました。
出迎えた若おかみのおっこと、おばあちゃんへ向かって、おかみは深々と頭を下げました。
「じつは、お願いがあります」
「なんですか?」
「週末のSF大会のことですが……」
「えすえふたいかい?」
おっこの知らない言葉です。
「知らないの?」
今日もピンクのふりふりドレスを纏ったピンふり真月は、ふん、と鼻で笑いました。
「SF大会って言うのはねえ~日本で一番古いSFのイベントなのよ。SFファン、クリエーターが一堂に集う、まさにクールジャパンが誇る一大イベント。毎年持ち回りで全国を巡っているけど、今年はここ、秋好旅館で行われるのよ」
「真月さん、ずいぶん、SFにくわしいのね」
「あら~。うちで開催されるイベントのことを調べるのは、常識じゃない」
そのとき、真月のバッグから、ポロリと本が落ちました。青い背表紙の文庫本です。
「ん……グレッグ・イーガン……? 聞いたことのない作家ね」
真月はおっこの手から文庫本をひったくりました。
秋好旅館のおかみは真月をたしなめます。
「真月。今日はお願いに来たのですよ。立場をわきまえて」
「はぁい」
「ええと、今年のSF大会は、わが秋好旅館で行うまでの話をしましたね。でもここに来て……」
「でも……?」
「先日の台風でガラスが割れたりして、一部の部屋が使えなくなったの。修繕が間に合わなくて、参加者全員をお泊めすることができなくなったのですよ。それで、この春の屋を、第二会場として使わせていただけないかしら」
「構いませんよ。お互い様ですしね」
おばあちゃんはふたつ返事でOKしました。
「ありがとうございます」
そして当日になりました。
秋好旅館には「歓迎 日本SF大会 ハナノユコンご一行様」という垂れ幕が下がり、参加者の一行が続々とやってきました。
大半は地味な出で立ちですが、かなり目立つ服装のひともいます。でも、それは真月のピンふりとは、ちょっとベクトルが違った方向なのでした。
(あのひと、プリキュアのかっこしてる……いい年した男性なのに)
おっこはちょっと引き気味でした。
対照的に、もの静かな一団がいます。
気がつくとウリ坊が宙に浮いて、一行を見渡しています。
「かーっ、これがオタクちゅうやつらか。みんなさえないツラしとるなあ。まったく、えすえふだかなんだか知らんが、いい年こいて宇宙人がどうのとかロボットがどうのとか、大人げないやつらばっかやな」
「こら、ウリ坊! お客様の悪口を言っちゃダメ!」
そのとき、女性がウリ坊の方を見て、にっこり笑ったのです。
「……?」
そのときは、偶然だと思いました。
秋好旅館のロビーは、参加者たちで大賑わいです。
「いいこと、大会のゲスト様にはくれぐれも粗相のないようにね」
真月はおっこに釘を刺します。
「この大会には、ものすごいひとたちがいらしているのよ。たとえば、あの方は、今年の日本SF大賞受賞者の作家さん。寡作だけど発表するたびにセンセーションを巻き起こしているのよ」
その方に続いて、眼鏡をかけてスマートな男性が通りがかります。
「あの方は、ポストヒューマンSFに定評のある作家さん。代表作は今度アニメになったわ」
ワイルドな、まるで戦国武将みたいな雰囲気の男性が、向こうからやってきます。
「新進作家よ。ルックスと文化人類学の造詣が深い作品とのギャップが魅力よね……あ!」
続いて入ってきた男性に、ちょっと驚いた表情をしました。
「あの方は翻訳者にして評論家。日本SF界の重鎮にして牽引車。でもなぜか、SF作家クラブには入っていないのよ」
「真月さん、ほんとにくわしいのね」
「当然じゃない」
胸を張りました。
ピンふりのドレスも、今日はいつになく上等なものを着ているようです。
「わたしは自分の持ち場に戻るから、せいぜい頑張りなさい。それから、何があっても落ち着きなさい。パニクるなBYダグラス・アダムズ」
真月は去っていきました。
大広間に、参加者が集合します。
「大変申し訳ないのですが、会場の都合で、一部の方は隣接した春の屋にお泊まりいただくことになりました」
おっこにマイクが渡されました。
「春の屋の若おかみです。第二会場の方はご案内しますので、開会式のあとはロビーに集合下さい」
おっこはぺこりと頭を下げました。
「ようこそ、いらっしゃいました」
第二会場の春の屋へ参加者を連れて行くと、出迎えた仲居のエツ子さんが、話しかけます。
「ご存じですか? ここのおかみさんは昔、宇宙戦艦に乗って14万8000光年の旅をして、地球を救ったんですよ」
おおっと声が上がります。
「そ、そうなんですか」
声優ネタはピンとこないおっこなのでした。
食事も済んで、お客様は思い思いにくつろぐ時間です。
おっこはお部屋に、サービスのプリンを持っていきます。
「春の屋名物、露天風呂プリンをお持ちしました……」
ねこやなぎの間のふすまを開けたおっこは、驚きました。
お客様が言い争いをしていたのです。
ひときわ声が大きかったのは、白髪の男と髪の毛の薄い男でした。
「だいたいねえ、ニューウェーブをSF扱いしたのが間違いの元なんだよ!」
「伊藤計劃以後? ちゃんちゃらおかしい。そんなに売りたいか!」
「だいたい、軌道計算も出来ないやつが、SF作家を名乗るなよ。何回種子島に行って、打ち上げをこの眼で見た?」
「打ち上げ? 科学主義者が」
「どうせ裸の女の子が出てくりゃ満足なんだろ、意識が低いな」
「ポリコレ棒を振りかざすか!」
「なにがポリコレ棒だ。サッドパピーズの同類が。ヒューゴー賞をめちゃくちゃにしやがって!」
「なんだって、あのときのことを覚えているだろう……」
「――――!」
ここで、白髪の男は言葉に詰まりました。どうやら、言ってはいけないことを言ってしまったようです。
「……ここ、置いときますね」
プリンをおいて、おっこは早々に部屋をあとにしました。
そこにすうっと、幽霊の美陽が入ってきました。
「なんなの、このひとたち? いい年して……」
美陽は呆れています。
続いて、もくれんの間に行きます。こちらは対照的に、何人か和気藹々と語らっていて、おっこはほっと胸をなで下ろしました。
「ねえねえ」
女性に声をかけられました。
「若おかみさん、あなた、SF好き?」
「ごめんなさい……あんまりよくわかんないです」
「だいじょうぶよ~、これから読んでいけばいいから。たとえば」
SFおじさん、おばさんたちは無垢な子供、初心者を見るとすかさずSFを布教して、隙あらば同化させようとします。抵抗は無意味なのです。
「学校の図書館で、ジュブナイルSF小説があるでしょ。ぼくらの子供の頃は、いっぱいおいてあって、隅から隅まで読んだんだ」
「懐かしいな、ゴセシケとかさ」
「ゴセシケ!」
「ゴセシケ!」
一団は口々に唱和しますが、おっこには何のことだかわかりません。
「やっぱり、最近の若い子はラノベじゃないか?」
「ダメダメ!」
いちばん年齢の高いと見える男性が、血相を変えて否定します。
「最近の投稿サイトの小説なんてダメだよ! 異世界なのにゲームで見慣れたものばかり出てきて、クリエイティビティがない。あんなの、子供に読ませちゃいけないよ!」
「頭の硬いオジサンだな!」
「なにを言うか!」
また口論です。
小学生のおっこには意味が分かりませんでしたが、分かったらこの部屋を飛び出していたことでしょう。
あんまりにもあんまりな雰囲気に、ついてきていた美陽は堪忍袋の緒が切れました。
「みんないい年して大人げない! いい加減にして!」
ぱしゃん!
美陽は急須を持ち上げて、みんなの頭の上でひっくり返しました。みんなはお茶を頭からかぶってしまいました。
気を取りなして、おっこはあんずの間にプリンを届けに行きます。
あんずの間は大広間ですが、障子が締め切られ、「映画上映の部屋」と張り紙がしてあります。
少しだけ開けると、画面にはタイトルが映し出されていました。おっこは読み上げます。
「なに……愛国戦隊……」
「子供は見ちゃいけませえええええええええん!!」
観客のひとりが金切り声を上げて、障子をぴしゃっと閉めました。
真夜中。
すっかり静かになったようです。
それでも、まだ起きているお客さんがいるようです。
おっこは気になって、様子を見に行きました。
やまぶきの間は、いちばん静かで、ふつうのお客様ばかりに思えた部屋です。
そっとのぞいてみると、春の屋に住み着いている魔物の鈴鬼が、お客さんが持ち込んだお菓子を、つまみ食いをしています。
「こら! お客さんのものを食べちゃだめじゃない」
入っていこうとすると、お客さんのひとりが、女性が鈴鬼の首筋をつかみました。
「だめよ」
まさか自分の姿が見えるとは思っていなかったようで、鈴鬼はあわてていました。
「ひえええ、鬼やユーレイなんて非科学的なものは、SFには合いませんよ」
「あら、『すこし・ふしぎ』もSFなのよ」
「それよりあんた、ボクの姿が見えるんですか」
「ええ」
女のひとはにっこり笑いました。
「わたし、異星人なので」
「えええええーっ!!」
おっこは腰が抜けるほど驚きました。
大学生くらいの男が続きました。
「ぼくは、未来人」
女性が続きます。
「あたしはアンドロイド。ごらんなさい」
左手の皮をぺろりと剥くと、そこには銀色の金属の地肌が現れました。
「すごい……」
おっこはただ、唖然としています。
「なにしろ、あんまり表には出られないからね。こんな機会でもないと、羽が伸ばせないんだ」
そういうと大学生ぐらいの男の背中で、ぱりぱりと音がします。そして羽根がにょきっと伸びてきました。
「西暦2500年は人体改造が流行っててね」
そのとき、「異星人」の女性が言いました。
「ねえ、わたし露天風呂に入りたいけど、大丈夫かしら」
「だいじょうぶですよ。今の時間、だれも入ってきませんよ」
彼女を露天風呂に案内すると、おっこは露天風呂の入り口に「貸し切り」と札を下げました。
女性は脱衣所で人間の皮を脱ぎ捨てて、昆虫型エイリアンそのものの姿を現しました。
「ごめんね、驚かせちゃった?」
「いえいえ。花の湯温泉のお湯は、だれも拒みません。すべてを受け入れて癒やすお湯なのです。ごゆるりと、お楽しみ下さい」
(だいたい、ユーレイや鬼がいるんだから、いまさら驚かないもん……)
おっこは心の中でひとりごちました。
そのとき、気がつきました。彼女は秋好旅館のロビーで、ウリ坊の方を見てにっこり笑った女性であることに。
翌朝。
おっこはお客様をメイン会場の秋好旅館にお送りしました。玄関では、真月が一行を出迎えました。
「大丈夫だった? あんた、おっちょこちょいだから、よけいなことしてないでしょうね?」
「いえいえ、お客様には大変喜んでいただけましたよ」
「それはよかったけど……」
ちょっと疑いのかった眼を、おっこに向けました。
そして、ロビーにはおっこと真月を遠巻きに見守り、ひそひそ話し合う一団があるのでした。
「百合だ……」
「尊い……」
「これでまだ人間を続けられる……」
「やっぱり次の特集は百合SFで決まりですね」
「百合ワイドスクリーン・バロックだ。どうですか、これで一本」
「百合角さん、こんなところで編集者根性出さないで下さいよ」
「最後にして最初の百合若おかみだ……!」
男たちはしきりにメモをするのでした。
お客様を案内し終えて、おっこが春の屋へ戻ろうとしたとき、実行委員に呼び止められました。
「おっこさん、待って下さい! 大広間にいらして下さい」
言われたとおり大広間に行くと、閉会の挨拶が始まっています。
実行委員長がマイクの前で告げます。
「今回の暗黒星団賞は……秋好旅館の事故で急遽第二会場になった、向かいの春の屋と、その若おかみ、おっこさんです!」
おっこが登壇すると、嵐のような拍手が巻き起こりました。
「これは……」
「SF大会で一番人気のあったひとを表彰するのが、暗黒星団賞なのですよ」
実行委員長は笑いかけます。
「おっこさん、ひとことお願いします」
促されてマイクの前に立ったおっこは、緊張しながらスピーチを始めました。
「みなさま、ありがとうございます。急に決まったことでバタバタしてしまいましたが、楽しめていただけたら幸いです。花の湯温泉のお湯は、だれも拒みません。すべてのひとを……」
そこで、おっこは一区切りします。
「ひと以外のかたがたも受け入れて、癒やしてくれるお湯なのです。またいらして下さい。歓迎します」
ぺこりとお辞儀をすると、大広間の参加者からは、もう一度、ひときわ大きな拍手が返って来たのでした。
会場から一行が去り、みんなは日常へ帰っていきました。
春の屋へ帰ろうとするおっこへ、真月が話しかけます。
「暗黒星団賞おめでとう」
「ありがとう」
「でも、勘違いしないで。あなたの実力じゃないわ。ちょっと珍しがられただけよ。まあ、わたしとあなたの実力差はこれから思い知ることになるでしょうね。チェスとは違い、人生ではチェックメイトの後もゲームが続いていくBYアイザック・アシモフ」
そしてまたひとつ、新しい世界を知った若おかみなのでした(ナレーション、能登麻美子)